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朽津間ビル25階3号室  作者: 結城 からく


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第46話 退院

 葛城は晴れやかな表情でナベの肩を叩いた。


「ナベ君のアップデートにより、君達が最上階に到達できる可能性は大幅に上がった。邪悪なビルの住人を蹂躙するといい」


「はい、ありがとうございます先生!」


 ナベはきびきびとした動きで頭を下げる。

 豹変した彼の態度に、イリエは悩ましい顔になった。


(大金を手に入れて脱出すれば、ナベを元通りに戻せるかもしれない)


 イリエは中華包丁を握り直す。

 刃にこびり付いた血の跡を見つめ、ゆっくりと頷いた。

 松本が彼女に声をかける。


「覚悟は決まったようだな」


「はい、なんとか……こうなったら後戻りできませんし」


「そうだ。迷いを捨てて行動すれば、望む結果を手にできる」


 松本は己の言い聞かせるように述べた。

 励まされたイリエは礼を言う。

 そんな彼女の顔を葛城がじっと覗き込む。

 異様な目つきにイリエは怯んだ。


「な、なんですか」


「よければ君も施術しようか。今より十倍は強くなれるが」


「遠慮しておきます! 松本さん! 早く出発しましょうっ!」


 イリエは逃げるように出入り口へと走り出した。

 スーツの襟元を正した松本は、愉快そうに笑う葛城を一瞥した。


「世話になったな」


「これくらいお安い御用さ。ところで、お父さんの目撃証言があったよ」


「何階だ」


 真顔になった松本が葛城に詰め寄る。

 普段の冷静さを欠いた、怒気に近いものを纏っていた。

 対する葛城は笑みを深めて悠々と答える。


「二十二階。相変わらず暴れ回っているそうだね」


「……そうか」


「倒しに行くのかな」


「ああ」


「死ぬよ」


「その前に殺す」


 忠告を意に介さず、松本は殺気を漲らせながら歩き出した。

 葛城はその背中に声援を投げる。


「まあ止めはしないがね。頑張りたまえ」


「では行ってきます、先生!」


 ナベがモーター音を鳴らして走る。

 出発した三人は、十七階の出入り口を抜けて、最寄りの階段を上がった。


「何を話してたんですか?」


「情報収集だ」


 イリエの質問に松本は淡々と返す。

 並々ならぬ雰囲気を感じ、イリエはそれ以上何も訊けなかった。

 一方、空気を読まないナベは、義手を高速で回転させながら叫ぶ。


「前方の警戒は任せてくれ! どんな敵でも俺が倒してみせる!」


「あっ、うん……」


 張り切るナベを見て、イリエはため息を吐いた。

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