第46話 退院
葛城は晴れやかな表情でナベの肩を叩いた。
「ナベ君のアップデートにより、君達が最上階に到達できる可能性は大幅に上がった。邪悪なビルの住人を蹂躙するといい」
「はい、ありがとうございます先生!」
ナベはきびきびとした動きで頭を下げる。
豹変した彼の態度に、イリエは悩ましい顔になった。
(大金を手に入れて脱出すれば、ナベを元通りに戻せるかもしれない)
イリエは中華包丁を握り直す。
刃にこびり付いた血の跡を見つめ、ゆっくりと頷いた。
松本が彼女に声をかける。
「覚悟は決まったようだな」
「はい、なんとか……こうなったら後戻りできませんし」
「そうだ。迷いを捨てて行動すれば、望む結果を手にできる」
松本は己の言い聞かせるように述べた。
励まされたイリエは礼を言う。
そんな彼女の顔を葛城がじっと覗き込む。
異様な目つきにイリエは怯んだ。
「な、なんですか」
「よければ君も施術しようか。今より十倍は強くなれるが」
「遠慮しておきます! 松本さん! 早く出発しましょうっ!」
イリエは逃げるように出入り口へと走り出した。
スーツの襟元を正した松本は、愉快そうに笑う葛城を一瞥した。
「世話になったな」
「これくらいお安い御用さ。ところで、お父さんの目撃証言があったよ」
「何階だ」
真顔になった松本が葛城に詰め寄る。
普段の冷静さを欠いた、怒気に近いものを纏っていた。
対する葛城は笑みを深めて悠々と答える。
「二十二階。相変わらず暴れ回っているそうだね」
「……そうか」
「倒しに行くのかな」
「ああ」
「死ぬよ」
「その前に殺す」
忠告を意に介さず、松本は殺気を漲らせながら歩き出した。
葛城はその背中に声援を投げる。
「まあ止めはしないがね。頑張りたまえ」
「では行ってきます、先生!」
ナベがモーター音を鳴らして走る。
出発した三人は、十七階の出入り口を抜けて、最寄りの階段を上がった。
「何を話してたんですか?」
「情報収集だ」
イリエの質問に松本は淡々と返す。
並々ならぬ雰囲気を感じ、イリエはそれ以上何も訊けなかった。
一方、空気を読まないナベは、義手を高速で回転させながら叫ぶ。
「前方の警戒は任せてくれ! どんな敵でも俺が倒してみせる!」
「あっ、うん……」
張り切るナベを見て、イリエはため息を吐いた。




