第44話 なおされた男
待合室のネームプレートが貼られた部屋で、松本とイリエは長椅子に座っている。
イリエは処置を施した脇腹に触れて心配する。
「薬とか包帯とか、勝手に使っちゃっていいんですかね……」
「問題ない。代金は既に払っているようなものだ」
「ど、どういうことですか」
松本の発言にイリエは首を傾げた。
彼女の疑問に答えず、松本は水を飲んで言う。
「手術にはまだ時間がかかるだろう。今のうちに寝ておけ」
「松本さんは休まないんですか」
「見張りが必要だろう。ここは葛城のテリトリーだが、馬鹿な輩が乗り込んでくることもある」
「なるほど……」
「これから休息すら取れない状況が続く。体力の温存と回復を優先しろ」
ブランケットを押し付けられたイリエは、壁際のソファに寝転がる。
埃臭いが柔らかなクッションで、彼女はすぐさま眠気に襲われた。
目を閉じたイリエは、ふと抱いた想いを吐露する。
「私……ここから生きて出られますか……?」
「お前次第だ」
「松本さんは死ぬのが怖くないんですか?」
「退屈な人生を漫然に過ごす方が遥かに恐ろしい。だから家族を捨ててこのビルにやってきた」
「えっ」
イリエは上体を起こす。
天井を仰ぐ松本は、彼女に背を向けて沈黙していた。
胸に手を当てたイリエは、身体を震わせる。
「さっき、初めて人を殺したんですよ。まだ感触が残ってるんです。血の臭いも残っている気がして……」
「ただの錯覚だ。慣れて克服しろ」
「もっと人を殺せって言うんですか」
「死にたくなければ殺すしかない。それが朽津間ビルのルールだ」
冷酷な言葉を受けたイリエは、何も言えずソファに横たわる。
松本の意見が正しいと理解していたのだ。
脇腹がずきずきと痛み、彼女はブランケットを頭まで被る。
(最上階では何が待ってるんだろう……)
悩むイリエだったが、極限状態による疲労で数分も経たずに眠る。
彼女が目覚めたのは数時間後だった。
ブランケットを引き剥がした葛城が、嬉々として告げる。
「待たせたね。手術が完了したよ」
「ナベはどうなりましたか!?」
「百聞は一見にしかずだ。その目で確認するといい」
血の付着した白衣を翻し、葛城はカーテンに仕切られたスペースへと歩いていく。
寝起きのイリエも慌ててついていった。
カーテンを掴んだ葛城が自信満々に笑う。
「なかなかの作品になったよ。さあ、刮目したまえ」
葛城がカーテンを引き開く。
そこには車椅子に座るナベがいた。
彼の全身には夥しい量と種類の機械が埋め込まれていた。




