第43話 朽津間クリニック
木材の重ね張りで作られた壁を、大きな拳が突き破る。
穴を作った松本は十七階に侵入した。
イリエとナベもそれに続く。
そこは白を基調とした小さな部屋だった。
薬品棚が所狭しと並び、壁には無数のカルテが貼られている。
イリエは強烈な消毒液の臭いを感じ、思わず鼻をつまむ。
(なんかすごい……ずっとここにいたら、気持ち悪くなりそう)
間もなく部屋の扉が開き、白衣を羽織る女が現れた。
目元は銀色の前髪で隠れており、口は薄い笑みを浮かべている。
四肢はすらりと長く、全体のプロポーションはモデルにも見劣りしない。
イリエは白衣の女を眺めて思う。
(綺麗……だけど作り物みたい)
松本が前に進み出て、白衣の女に話しかけた。
「また若返ったな。今度はどんな手を使ったんだ」
「女性にそういうことを訊くものではないよ」
苦笑した女は三人を見回す。
それから手を打って挨拶をした。
「やあ、諸君。朽津間クリニックへようこそ。私は院長の葛城だ。患者は……君だね」
葛城はナベの肩に手を置き、全身の状態をじっくりと観察する。
薄い笑みが、徐々に、深まっていく。
「――いいじゃないか。やり甲斐がありそうだ」
「俺の目……治る、のか……?」
「安心したまえ。以前より視えるようにしてあげよう」
葛城は優しく告げて、ナベの手を引いて部屋を出る。
その際、己の脇腹の傷を見たイリエは、おずおずと挙手した。
「あの、私も……」
「やめておけ」
松本がイリエの手を握って下げさせた。
止められたことに彼女は困惑する。
「いや、でも……」
「お前の処置は俺がする。後悔したくなければ何も言うな」
「こ、後悔?」
予想外の表現にイリエが戸惑う。
一方、戻ってきた葛城が提案する。
「やれやれ、患者の横取りとは感心しないね。私なら二人まとめて診てあげるよ」
「す、すみません。やっぱりやめておきます」
「ふむ、そうか。気が変わったらまた言いたまえ。私はいつでも歓迎しているからね」
特に気を悪くした様子もなく、葛城はナベを連れて行った。
二人はカーテンで仕切られたスペースへ入る。
すぐに扉を閉めて施錠する音がした。
残されたイリエは不安そうに言う。
「あの、ナベって大丈夫ですよね……?」
「少なくとも死ぬことはない。その一点だけは断言できるが、他は保証しない」
松本の返答に、イリエの不安は強まるばかりだった。




