第40話 医者
落下した冷蔵庫がマナカとヒヨリに直撃した。
「あだっ」
「ぶみゃっ」
二人は為す術もなく潰された。
さらに衝撃と重みで部屋の床ごと崩れて落下する。
砂煙が舞い上がる中、イリエは穴を覗き込んで言う。
「私、あいつらに攫われたんです。気絶させられて、ビルの中まで運び込まれて……」
「死なずに済んだのは幸運だったな。あの二人……マナカとヒヨリはビル内でも有名な殺人鬼だ。狙われると逃れるのは難しい」
「で、でも今ので倒せましたもんね」
「いや、おそらく生きている。重傷は負ったろうが、すぐに俺達を追ってくるだろう」
「えっ……」
イリエは絶句する。
一方、松本は追加でいくつか家具を投げ落とすと、険しい顔でため息を吐いた。
「あの二人に狙われた状態で一階まで戻るのは難しい。どこかに隠れてやり過ごすか、上の階に逃げることになるが」
「びょ、病院……早く、病院に行かねえと、俺の目が……」
血涙を流すナベが情けない声で言う。
しかし、松本は冷淡に応じた。
「我慢しろ。最上階を目指すんじゃなかったのか。この程度のリスクすら覚悟していなかったのか」
「だ、だって……」
「そんなに苦しければ、今すぐ楽にしてやれるが」
松本がナベの首を無造作に掴む。
その指に力が込められる寸前、イリエが手を添えて止めた。
彼女は勇気を振り絞って告げる。
「……やめてください」
「この先、失明した人間は足手まといになる。本人のためにも死なせるべきだ」
「それでも、どうかお願いします……」
イリエは震える声で懇願する。
彼女は殴られる予感がして目を閉じた。
松本は眉間を揉んで考え込み、深々と息を吐き出す。
「十七階に医者がいる。そいつに診てもらえば、目も治るかもしれない。元通りにはならないだろうが……」
「医者!? もうなんでもいい! つ、連れて行ってくれ!」
ナベが松本に縋り付いた。
イリエも「お願いします」と言って頭を下げる。
二人を交互に見た後、松本は部屋の出入り口へと向かう。
「急ぐぞ。ついてこい」
「ありがとうございますっ」
イリエが礼を言い、ナベの手を引く。
部屋を出る際、松本は振り返ってカトウに注目する。
いずれの会話にも参加せず、カトウは髪を掻き毟っていた。
何を考えているか分からない様子で最後尾にいる。
松本はじっと目を細め、無言で歩き出した。




