第4話 撮影開始
鬱蒼とした木々に囲まれた獣道。
そこに一台の軽自動車が停まっていた。
運転席に座る青年は、冷めた目でカメラをいじっている。
後部座席に座る黒髪の若い女が声をかけた。
「ナベ、撮影の準備できた?」
「あー、うん。大丈夫」
ナベと呼ばれた青年は気だるげに返事をする。
彼はバックミラーで女の顔を確認すると、不機嫌そうに指摘した。
「イリエ。メイク濃すぎ」
「えー? こんなもんでしょ」
「男の視聴者は清楚系が好みなんだよ。遊んでる感じを出すな」
「はーい」
イリエは渋々とメイクポーチを取り出し、化粧を直し始めた。
ナベはスマートフォンを使おうとして、圏外の表示に舌打ちする。
仕方なく彼はイリエに話を振った。
「そういえばアサバは?」
「トイレだって」
「遅くねえか」
「お腹壊したんじゃない? ティッシュ持って行ってあげよっか」
「いや、その必要はなさそうだ」
ナベが前方を指差した。
小太りの男アサバが「おーい」と言いながら近づいてくる。
その隣には汚れた衣服に身を包む老人がいた。
伸び切った髪と髭で顔はほとんど窺えない。
アサバに袖を掴まれた老人は、片脚を引きずりながら歩いている。
ナベはエンジンを切って車外に出た。
アサバが汗を拭きつつ謝る。
「悪い悪い、遅くなっちまった」
「それはいいけど、誰だよそのオッサン」
「近くのゴミ山で寝てたホームレス。動画に使えると思って連れてきた」
「へえ、いいじゃん」
ナベは値踏みするように老人を観察する。
老人は地面を凝視し、ぶつぶつと何事かを呟いていた。
ナベは自分の財布を開きながら話しかける。
「よう、オッサン。俺らの動画に出演させてやるよ。もちろん金も払うからさ」
彼が財布から出したのは千円札だった。
それを見せびらかすように差し出す。
突如、老人は頭を抱えて喚いた。
「だ、だめだ……いやだ……」
「おい。何言ってんだ。返事しろって」
苛立ったナベが突き飛ばすと、老人はあっけなく転倒した。
尻を強打した老人は苦しそうに呻く。
その様子をナベはケラケラと嘲笑った。
「なんだこいつ。動画が盛り上がりそうだな」
「大丈夫? 炎上しない?」
車から顔を出したイリエが心配そうに言う。
千円札を財布に戻したナベは、自信に満ちた顔で断言する。
「炎上するからいいんだよ。注目集めて大儲けするぞ」