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朽津間ビル25階3号室  作者: 結城 からく


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第31話 逸り

 土下座する沢田に、松本は厳しい視線を向ける。


「何をしている」


「見て分かるだろ。必死に頼み込んでるんだ」


 糞尿塗れの床に額をつけて沢田は言う。

 彼は絞り出すような声で話を続けた。


「上原……あいつは天涯孤独で、ガキの頃の記憶も曖昧なんだ。俺にとっちゃ娘みたいなもんでな。今回の報酬も、あいつの将来のための金にするつもりだった」


「同情を誘っているつもりか? 娘同然の人間をこんな場所に連れてくるな」


「その通り。甘く見ていた俺の責任だ。だけどあいつは悪くねえ。ただついてきちまっただけなんだ」


 指摘を受けた沢田は苦しそうに答える。

 彼は何度も床に頭をぶつけながら懇願した。


「どうか頼むっ! 上原の救出を手伝ってくれ!」


「…………」


 松本は渋い顔で黙り込む。

 じっくりと葉巻を吸いながら、土下座をやめない沢田を見つめた。

 やがて松本は、沢田の襟首を掴んでひょいと持ち上げた。

 宙に浮いた沢田は突然のことに驚く。


「お、おい」


「人喰いの王の証として、グールは骨の仮面を着けている。拠点は一つ下の階だ。そいつを殺せば、人喰いどもはパニックになる。その混乱に乗じて嬢ちゃんを助け出せるだろう」


 説明を済ませた松本は沢田を下ろす。

 そして彼の背中を優しく押して告げた。


「時間が惜しい。すぐに向かうぞ」


「……すまねえな」


「謝罪はいらん。その代わり、嬢ちゃんを救出したら、すぐにビルを出て行くと約束しろ。ここは半端な覚悟の人間が来る場所じゃない」


「そ、それは……」


 沢田が目をそらして言葉を濁す。

 この期に及んで諦めない態度に、松本は心底から呆れ果てた。

 しかし彼は叱責せず、己の過去を明かして聞かせた。


「俺にも息子がいる。だから心配する気持ちは、分かる」


「このビルで子育てか!?」


「外にいた頃の子供だ。別れた女が妊娠しててな。顔も声も、どこで何をしているかも知らん」


「会いたくならねえのか」


「穏やかな人生を送ってるのなら、それでいい。俺みたいな父親とは会うべきじゃない」


 二人は部屋を出て廊下を覗いた。

 暗闇に包まれた廊下には誰もいない。

 人喰いの息遣いも聞こえてこなかった。


「妙に大人しいな。ビビってんのか?」


「新鮮な獲物を手に入れたんだ。欲張らずに食事の準備をしているんだろう」


「畜生っ、やらせるか!」


 突如、沢田が短機関銃を構えて走り出した。

 限界寸前だった焦りが爆発したのだ。

 彼は廊下を駆け抜けると、猛スピードで階段を下りていく。

 松本が呼び止めるも、一切従わずに突き進む。


 沢田の進路に人喰いが現れる。

 僅かなシルエットを視認した瞬間、彼は短機関銃を連射した。


「邪魔だ、どけッ!」


 ばら撒かれた銃弾が人喰いを蜂の巣にした。

 沢田は死体を飛び越えて十三階の廊下に突入する。

 木の板で塞がれた道を潜り抜け、人喰いを撃ち殺して走り続けた。


「上原ァッ!」


 目についた部屋に入る際、沢田は小さな金属音を聞いた。

 足元に違和感を覚え、彼は下を向く。

 床に置かれたトラバサミが作動し、沢田の脚を挟み込んだ。

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