第30話 冷酷な判断
「おい、上原……」
沢田は助手の名を呼ぶ。
いくら待っても反応はない。
歯噛みした沢田は、さらに声を張り上げて呼んだ。
「上原っ、どこだ!? さすがに笑えねえぞ! 返事しろッ!」
「分かってんだろ。あの嬢ちゃんは攫われた」
「……うるせえ」
沢田は早足で部屋から出ようとする。
松本が手で制して尋ねた。
「どこへ行くつもりだ」
「決まってんだろ。上原を助け出す」
「危険だ」
「じゃあ、見捨てろって言うのか!」
沢田は怒鳴りつけた。
今にも銃を向けそうな剣幕だった。
対する松本は冷徹に返答する。
「最上階に向かうのがお前の目的だろう。多少の犠牲は受け入れろ。それがこのビルでの掟だ」
「掟だと? そんなクソルールなんざ知るか」
「今度こそ死ぬぞ」
「気合で生き延びてやるよ」
強気な沢田を見て、松本はため息を洩らす。
彼はおもむろに葉巻を取り出すと、ライターで着火して吸い始めた。
紫煙をゆっくりと吐き出した後、松本は静かに語る。
「……人喰いを支配する殺人鬼がいる。通称はグール。人肉好きの変態だ。嬢ちゃんを助けに行けば、必ず戦うことになる」
「それがどうした。あんたほど強けりゃ、誰だって殺せるだろ。俺だって銃を持ってるし」
「相手は数十人のカニバリズム集団だ。死を恐れず、食欲のままに襲いかかってくる。グールに挑むということは、さっき以上の攻撃を受けるわけだ。その脅威を理解できるか?」
「…………」
諭された沢田は、床を見つめて黙り込む。
彼自身、どれだけ無謀なことをするつもりなのか認識していた。
故に反論する言葉を持たない。
松本の主張が正しいのだと分かっていたのである。
「そもそもグールとの喧嘩はつまらん。何度か殺したことがあるが、別の人喰いがグールを名乗るだけだった。いくら勝っても意味がない」
「襲名制か。人喰いのくせに、そういう所は文化的じゃねえか」
「不満か」
「助手を拉致されたんだ。嫌味くらい言わせろよ」
沢田は落ち着きのない様子で髪を掻き毟る。
コートから煙草を取り出すも、少し迷ってからポケットに戻す。
やがて沢田は盛大に舌打ちをすると、松本を見上げて告げた。
「悪いが無駄話は終わりだ。俺は上原の救出に向かう」
「そうか。俺は最上階に到達するまでの手助けはするが、寄り道には付き合わない。残念だが――」
松本が言い切ろうとしたその時、沢田は凄まじい勢いで土下座した。




