第3話 前途多難
絶叫する男が二人に襲いかかる。
沢田は上原を突き飛ばすと、拳銃を構えた。
しかし、狙いを定める前に男に衝突され、押し倒されてしまう。
「あああっ、うああ、あああいああああッ!」
馬乗りになった男が、掲げたナイフを振り下ろす。
沢田は拳銃を捨てて男の手を掴んだ。
ナイフの刃は、沢田の眼球に触れる数ミリ手前で止まった。
「……このッ!」
沢田は必死に抵抗し、ナイフを押し返そうとする。
ところがそれは敵わず、切っ先はほんの少しずつ彼に迫っていた。
ナイフに体重をかけながら男は笑う。
「あっはっはっは、ひひはっ」
「やめて!」
制止の声と同時に、鈍い打撃音が響く。
鉄パイプを拾った上原が、男の後頭部を殴ったのだ。
不意の一撃を食らった男は白目を剥いて倒れる。
死んではいないものの、完全に気絶していた。
「先生、大丈夫ですか?」
「ああ……助かった。素晴らしい歓迎だな」
拳銃を回収した沢田は、倒れた男を睨みつける。
その手からナイフを盗んで彼はぼやいた。
「まともな依頼じゃないとは思ってたが、こいつは本格的にヤバそうだ」
「あ、諦めて帰った方がいいですかね……」
「いいや、二十五階を目指す。依頼主に文句を言わねえとな。それと一千万も奪い取る」
沢田は強気に宣言する。
上原はこれ見よがしに拍手をした。
「さすが先生! 守銭奴探偵の名に恥じない強欲ぶりですねえ」
「おいなんだその異名は?」
「私が今考えました!」
「ぶっ飛ばすぞ」
茶番じみたやり取りで平常心を取り戻したところで、二人は開いたエレベーターに注目する。
内部は赤黒い染みが異臭を放ち、人間の指や内臓、眼球らしき物体が散乱していた。
おぞましい光景を目撃し、上原は今にも吐きそうな顔で呻く。
「……ど、どうします? 乗りますか?」
「罠の可能性が高い。こんな場所じゃ逃げ場もねえ。別の手段を探すぞ」
エレベーターのそばには階段があった。
埃だらけでゴミが転がっているものの、人体の一部は見当たらない。
拳銃を構えつつ、沢田は一歩ずつ上がり始めた。
「ここから先、何があるか分からん。おかしなことに気付いたら、すぐに報告してくれ」
「わかりましたけど……ああ、怖いなぁ……」
「やっぱりお前だけ帰れよ」
「先生だけ置き去りにはできません! 絶対にお供します!」
「……勝手にしろ」
探偵と助手は、慎重に階段を上がっていく。
遥か頭上から何者かの断末魔が反響して聞こえてきた。