第29話 切り裂く光
沢田と上原は駆け出した。
先頭を走る松本は、行く手を阻む人喰いを殴り飛ばし、見つけた階段を駆け上がる。
「死にたくなければ足を止めるなッ!」
「分かってる!」
怒鳴り返す沢田のコートを人喰いが掴んだ。
沢田は肘打ちで振り払いつつ、短機関銃を発砲した。
「触んじゃねえッ!」
被弾した人喰いは悲鳴を上げて転げ落ちる。
傷口から垂れた血を別の人喰いが群がって啜り始めた。
追跡の勢いが緩まったのを見て、沢田は大急ぎで逃げる。
十四階まで上がったところで、松本は足を止める。
階段が崩落し、それ以上は進めなくなっていた。
「……昨日までは梯子があったんだが」
跳びかかってきた人喰いを投げ飛ばした松本は、周囲のガラクタに目をやる。
真っ二つに折られた梯子を発見し、彼は仕方なく別の道を探すことにした。
廊下に移動した松本は手前の部屋から順に調べていく。
そのたびに人喰いが襲いかかってくるも、彼の拳の前では等しく無力だった。
次々と肉塊を量産しながら、松本は片っ端から扉を開いていった。
やがて彼は最奥の部屋に辿り着いた。
そこは糞尿が撒き散らされた部屋で、これまでの数十倍の悪臭が蔓延していた。
彼は引き返そうとするも、追いついた沢田とぶつかる。
背後には数十の人喰いが殺到しており、もはや戻る道が存在しなかった。
息を切らした沢田は焦る。
「おい! どこにも逃げられねえぞ!?」
「慌てるな。十秒だけ時間を稼げ」
「はあ!? 何言って――」
「任せたぞ」
会話を打ち切った松本は、糞尿の部屋の奥へと進む。
廊下から押し寄せる人喰いを前に、沢田は悪態をついた。
「くそがァッ!」
沢田は短機関銃を乱射する。
銃弾が人喰いを引き裂くも、全滅させるには至らない。
あっという間に弾切れになった銃を捨てて、沢田は拳銃を掴む。
しかし、人喰いに押し倒されて噛み付かれた。
防刃ベスト越しなので出血しないものの、強烈な痛みに彼は叫ぶ。
そこに次々と他の人喰いも集まり、沢田の視界が埋め尽くされた。
渾身の地下で拳銃を撃つも、状況の打破には程遠い。
(不味い、このままじゃ――)
沢田が絶望を感じたその時、背後から眩い光が差し込んだ。
人喰い達は甲高い声を上げて逃げ出す。
ものの数秒で沢田の視界から一人残らず消えてしまった。
「な、なんだ」
上体を起こした沢田は状況を確かめる。
部屋の窓を塞いでいた鉄板の一部が無くなり、そこから日光が差していた。
松本が歪んだ鉄板を持っている。
納得した沢田は、短機関銃を拾って立ち上がった。
「なるほど、鉄板を剥がすための十秒だったのか」
「奴らは直射日光を嫌う。追い払うにはこれが最善策だ」
「はは、まるで吸血鬼だ。なあ、上原――」
呼びかけた沢田の顔が青くなる。
部屋には松本と沢田の二人しかいなかった。




