第28話 人喰いの階層
囮の男の鎖は、沢田が持つことになった。
準備を終えた一行は、上階へと続く扉の前に集まる。
そこは壊れた家具をバリケードにして出入りできないように封鎖されていた。
松本が家具を軽々と押し退ける。
扉を解錠した古賀は、手を振ってあっさりと告げた。
「それじゃ、健闘を祈ってるよ」
「古賀さんは来てくれないのか?」
「年寄りをこき使おうとするんじゃないよ。ほら、さっさと行った」
沢田、上原、松本、そして囮の男の四人は扉の先へと進む。
扉が再び閉まった瞬間、彼らの視界は暗闇に覆われた。
光源は存在せず、すぐそばの人間の輪郭すら認識できない。
沢田は懐中電灯を使おうとする。
それを察した松本が忠告した。
「灯りは使うな。奴らに勘付かれる」
「暗闇を進めっていうのか」
「我慢しろ。じきに目が慣れる」
沢田はその場を動かず、じっと周囲を観察する。
黙って見回すうちに、ぼんやりと室内の様子が視認できるようになった。
彼らが立つのは、およそ三メートル四方の部屋だった。
正面には長い通路が続いている。
通路には複数の人影が這っていた。
荒い息遣いを繰り返し、ぴちゃぴちゃと舌を鳴らしている。
全身から滲み出す悪臭は、十数メートル離れた場所に立つ沢田が顔を顰めるほどだった。
彼らこそ人喰いだった。
獣のような唸りを発し、縄張りに侵入した沢田達を凝視している。
警戒しているのか、不用意に接近してくることはない。
ただし逃げ出すほど臆病でもなかった。
暗闇の中、妖しく目を光らせている。
両者は無言で睨み合う。
その緊張感に耐えられず、上原が沢田にしがみ付いた。
「せ、先生……」
「大丈夫だ。騒ぐなよ」
沢田は前を見据えて励ます。
その時、囮の男が呻きながら走り出した。
男は壁に激突して転び、手足を振り回して暴れる。
「くそっ、あいつ……ッ!?」
舌打ちした沢田が咄嗟に鎖を引こうとする。
しかし、その前に人喰い達が動いた。
彼らは一斉に囮の男に跳びかかると、嬉々として噛み付いた。
群がる人喰いが男を喰い始めた。
肉を噛み千切り、骨をしゃぶり、耳や舌、眼球を奪い合う。
おぞましい光景が暗闇の中で繰り広げられていた。
ほぼ同時に松本が走り出し、進路上の人喰いを蹴り飛ばした。
彼は振り返って叫ぶ。
「走れ! 突っ切るぞ!」




