第24話 鉄拳制裁
遠くで鳴り響くチェーンソーの音に、沢田は眉を寄せた。
「物騒だな」
「ここでは銃声や爆発音だって珍しくない」
「ははは、戦場かよ」
「戦場の方がマシだろう」
先導して階段を上がる松本は、前を向いたまま軽口に付き合う。
鋭い光を帯びた双眸は、油断なく進路を睨んでいた。
最後尾を歩く上原は落ち着きがない。
浮かない表情に気付いた沢田が声をかける。
「どうした」
「いえ……なんとなく、ここの光景に見覚えがある気がして……」
「どうせホラー映画とかだろ。こういう場所で殺人鬼に追われるって、よくあるストーリーじゃねえか。映画マニアのお前のことだ、それで既視感があるだけだろう」
「そ、そうなんですかね」
上原は自信なさげに応じる。
彼女の不安を払拭するように、沢田は別の話題を投げた。
「映画と言ったら、この前の新作はどうだったんだ?」
「あっ、割とよかったです。続編としてしっかり楽しめましたね」
「俺もチェックしてみるか」
「絶対オススメですっ!」
上原はすっかり元気になって笑う。
一連のやり取りを聞いた松本は呆れ果てていた。
次のフロアを覗きつつ、彼は深々とため息を吐く。
「緊張感がねえな……状況を理解しているのか?」
「気晴らしだよ。別に警戒心は解いてない」
「本当か?」
「証明してやるよ」
沢田が松本の前に進み出る。
次の瞬間、近くのボロ布に隠れていた男が跳びかかった。
身構えた沢田は、素早い動きで男を投げ飛ばす。
そして股間を踏み潰して意識を奪った。
「ほらな? 意外とやるだろう」
「…………」
誇る沢田に対し、松本は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
その後も三人はビル内を上がっていく。
階段や手作りの抜け道、壁の中といった様々な経路を使って進む。
「このビルは破壊と増築が常に繰り返されている。だから内部構造を完璧に把握する者はいない」
「迷宮になってるってわけか。面倒だな」
「住人が縄張りにしている場所もある。気を抜くな」
途中、殺人鬼が襲いかかってくる場面があったが、松本が一撃で沈めていく。
相手がどんな武器を持っていようと、彼の拳が等しく粉砕した。
瞬殺された殺人鬼を見て、沢田は率直な感想を洩らす。
「弱いな」
「強い奴ほど慎重になり、俺には挑んでこない」
「なぜだ?」
「殴り殺されると確信しているからだ」
松本は血に濡れた拳を見せて述べる。
驕りではなく、経験に基づく絶対的な自信が込められていた。
その逞しい姿に感心しつつ、沢田は興味本位で尋ねる。
「このビルであんたが最強なのかい?」
「今のところ負けたことはない……が勝負がつかない奴もいる。そういう輩とは何度も殺し合っている」
「そいつは遭遇したくねえな」
沢田は苦笑気味にぼやく。
彼の頭上から、音もなく人影が落下してきた。




