第23話 一攫千金
イリエが両手を広げてカトウの前に立った。
彼女は勇気を振り絞って懇願する。
「撃たないでっ!」
「…………」
カトウはぼんやりとイリエを見ている。
銃を向けられる恐怖に晒されながらも、イリエは真摯な態度で頭を下げた。
「助けてもらったのに、本当にごめんなさい。ほら、ナベも謝って」
「え? ああ……すみませんでした」
促されたナベは遅れて謝罪する。
二人の行動をどう解釈したのか、カトウは散弾銃を下ろした。
僅かに発していた殺意も鳴りを潜めて消える。
イリエは安堵して床に座り込んだ。
そこにナベが近寄って耳打ちをする。
「このオッサン、どうして銃を使えるんだ? 殺しにも慣れてるっぽいし、マジで何者だよ」
「分かんない……敵ではなさそうだけど……」
「とにかく、武器を探すぞ。丸腰じゃ何もできねえ」
「う、うん」
イリエとナベは室内を探索する。
死体に触れることに抵抗があったが、なりふり構っていられない状況なので我慢した。
イリエは肉片に埋もれたケースから中華包丁を見つけた。
ナベが横から覗き込んで笑う。
「へえ、いい武器じゃん」
「そっちは何か見つかった?」
問われたナベは自慢げに山刀を掲げた。
彼はこれ見よがしにポーズを取ってみせる。
「どうだ。かっこいいだろ」
「そんなことより肩の傷……応急処置しようよ」
イリエは死体から衣服を剥ぎ、ナベの肩の傷を縛り付けた。
ある程度止血できたことを確認してから、シャツで吊るして固定する。
「不衛生だけど我慢してね」
「ちっ……仕方ねえよな」
ぼやくナベは、死体の着けるショルダーバッグに注目する。
彼が何気なくジッパーを開くと、中から紙幣の束が溢れ出した。
いずれも一万円札で、合計で三十枚ほどあった。
「こ、これ、本物か!?」
「……たぶん?」
「探せ! 他にもお宝が紛れてるかもしれないぞ!」
イリエとナベは片っ端から死体を漁り、現金と貴金属を集めた。
宝石付きのネックレスや指輪を前に、ナベは傷の痛みも忘れて大笑いする。
「はっはっは! 最高だ……!」
「大儲けだね」
「あの都市伝説……二十五億の埋蔵金も本当かもしれねえ」
ナベは収集した物品をショルダーバッグに詰め込むと、不敵な笑みを湛えて宣言する。
「脱出は後回しだ。最上階を目指すぞ」
「えっ……もう十分でしょ。アサバも殺されたんだし、早く通報しなきゃ……」
弱音を吐いたイリエをナベが睨みつける。
彼は怒気を露わにして反論した。
「警察に連絡したら全部没収されるだろうが。俺達は被害者なんだ。迷惑料として埋蔵金を貰うまで帰らねえぞ」
「でも……」
「大丈夫だって! こっちには銃があるんだ。どんな奴でも瞬殺だろ!」
ナベは調子づいてイリエを説得する。
極限状態によるものか、彼の正常な感覚はとっくに麻痺していた。
現実逃避から友人の死を忘れ、一攫千金のチャンスに目が眩んでいる。
イリエの不安は増すばかりであったが、それを主張する気力も残っていなかった。




