第19話 血肉の宮殿
変わり果てたナベを見て、イリエは目を見開いた。
彼女は悲鳴を押し殺して涙を流す。
「ナ、ナベ……どう、して……」
「ううぅ……」
ナベが微かに声を洩らす。
口から血を垂らし、苦痛に顔を歪めた。
彼の身体を吊るすフックは、右肩を貫通していた。
体重がかかったことで傷口が広がり、血が滲み出している。
ナベは消え入りそうな声を発した。
「イ……リエ、ごめ……た、すけ……」
「ま、待って……すぐに、下ろすから……」
イリエは近くの台に乗り、ナベの下半身を持ち上げた。
何度か失敗しながらもなんとかフックを外し、彼を床に横たわらせる。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫なわけ……ねえだろ、うが……」
「そ、そうだよね。ごめん」
イリエは周囲を見回し、傷口に当てるための布を探す。
しかし室内には死体しかなかったので、適当な衣服を破って拝借した。
衛生面が気になったものの、他に代用品もないのでナベの肩に巻き付けてきつく縛る。
ナベは痛みに呻き、弱々しく悪態をついた。
「痛え……くそ、ふざけ……んな……」
「ねえ、何があったの」
「壁の中を、上がって……いきなり……捕まって、気付いたら……」
荒い呼吸を繰り返すナベは、焦点の合わない目でイリエを見つめた。
彼は懇願するように訊く。
「なあ……痛み止め持ってないか?」
「ごめん、無い」
「出口は……どこだ?」
「それも分からない。本当に、ごめん」
「ちくしょう、役立たずめ……」
ナベが力なく罵る。
普段のイリエなら腹を立てるところだが、今は言い返す気力も湧かなかった。
ただ静かに謝りながら、彼の身を案じることしかできない。
一方、蚊帳の外になったカトウは、室内をふらついて巡回していた。
やがて彼はスライド式の扉に手をかけて開けようとする。
それに気付いたイリエが駆け付けて注意した。
「ねえ、勝手に進まないで。ナベがまだ動けないから」
「ああああ、うああ……」
イリエの言葉も聞かず、カトウは無理やり扉を開ける。
扉の先には、やはり死体だらけの血生臭い部屋が広がっていた。
中央部には傷だらけのアサバがフックで吊るされている。
彼の前には、エプロンを着けた巨漢が立っていた。
頭部に段ボールを被り、手にはチェーンソーを持っている。
けたたましいモーター音と共に、赤く錆びた刃が高速回転していた。




