第17話 最悪の目覚め
イリエは必死に逃げる。
震える身体で足場から足場へ飛び降りる。
彼女は、子供の頃に遊んだアスレチックを思い出したが、今の状況は微塵も楽しめるものではなかった。
「な、なんで……私がっ……こんな目に……!」
イリエは、ここが朽津間ビルの中だと本能的に理解していた。
だからこそ地上を目指して大急ぎで下りていく。
彼女はスマートフォンのライトで周囲を照らし上げる。
明らかに目立つ行動だが、暗闇のまま進むのは困難だったので、リスクを承知で使用していた。
(最悪……動画なんかのために、こんな所に来るんじゃなかった……)
すすり泣くイリエは、深い後悔に苛まれていた。
続けて込み上げてきたのは、強烈な責任転嫁の感情だった。
彼女は撮影メンバーに対する恨みと怒りを膨らませる。
(そもそもナベが心霊スポット企画とか馬鹿なことを言い出して! アサバも何も考えずに賛成するし! 私は反対したじゃんっ! 大体ありえないでしょ、こんなビル――)
思考の最中、イリエは足首を掴まれて転倒する。
彼女は顔を強打して呻いた。
「痛っ……」
イリエのすぐそばで、不気味な息遣いが発せられる。
彼女の倒れる足場の裏に、小男が張り付いていた。
小男は粘質な笑みを湛えて言う。
「おんなぁ」
小男は四肢を蜘蛛のように操り、足場の上に這い上がった。
起き上がろうとしたイリエを押し倒すと、おもむろに衣服を掴んで破る。
相手の意図を悟り、イリエは半狂乱になった。
「嫌っ、やめてぇ!」
「おおおお、おんなぁっ!」
興奮する小男がズボンを脱ごうとする。
その動きがぴたりと止まった。
小男の首筋に小刀が突き刺さっていた。
ぐりぐりと抉るように動いた後、勢いよく引き抜かれる。
傷口から鮮血が噴き出した。
「お……あぁ、あ?」
小男はきょとんとした顔で、土下座のような姿勢になって絶命した。
その背後で小刀を握るのはカトウだった。
イリエは思わぬ助けに驚愕する。
「カトウ……!」
「うえ……うえ……」
カトウは小刀を持って佇む。
立ち上がったイリエは焦りを露わに詰め寄った。
「ねえ、出口分かる? 案内してほしいんだけど」
「にじゅう……ごかい……うえ……」
「その話はどうでもいいから! 地上まで連れて行けって言ってんの! 逃げなきゃ殺されるんだよッ!」
口論する二人の頭上で物音がした。
少し離れた場所からひょこりと顔を出したのはマナカとヒヨリだった。
「あっ、いた!」
「まだ生きてるよ」
「ちゃちゃっと捕まえよう」
「はーい」
マナカとヒヨリは身軽な動きで足場を下ってくる。
その驚異的な速度を見て、イリエは再び走り出した。
「話は後! 一旦逃げるよっ!」
「うぅ……ああ、あああ……」
カトウはふらつきながら後を追った。




