第12話 無法の楽園
「てめえ、人を思い切りぶん投げやがって……」
沢田が恨みがましい目で凄む。
対する松本は怯まない。
それどころか顔を寄せて静かに告げた。
「撃てよ。外した瞬間、お前の頭を叩き割る」
「上等だ……あの世に送ってやる」
両者は殺意を込めて睨み合う。
それを食い止めたのは上原だった。
彼女は大慌てで沢田の頭を引っ叩いて叱りつける。
「ちょ、ちょっと先生! この人……松本さんは私達を助けてくれたんですよ!? 何してるんですかっ」
「だけどな……」
「言い訳しない! ほら、まずはお礼と謝罪っ!」
上原に促された沢田は、ばつが悪そうに拳銃を下ろす。
そして頭を掻きながら言った。
「あー……命を救われたことには、まあ、感謝してる……それと、銃を向けてすまない」
「気にするな。この状況では仕方のないことだ」
松本は淡々と応じ、缶コーヒーを投げ渡した。
空中でキャッチした沢田は一口飲む。
一触即発の空気が霧散したことで、松本は改めて話を続けた。
「このビルは国内最悪の無法地帯……無数の罠と殺人鬼がひしめいている。派閥を作って殺し合う連中もいる」
「あんたは? 喧嘩好きだって言ってたが」
「俺はただの喧嘩師だ。二年前、ここの噂を聞いてやってきた。それ以来、俗世を捨てて入り浸っている」
そう語る松本の顔や首、腕には夥しい量の古傷が刻まれていた。
刃物だけでなく銃創らしき痕もある。
明らかに喧嘩の領域を逸脱していたが、沢田と上原は指摘せずに黙る。
「ビルの住人はそれぞれ縄張りを作っている。四階全体は俺のものだ。他の階に散歩しては喧嘩するのが日課としている」
「ははっ、狂ってやがる。チープな漫画か映画の世界じゃねえか」
「このビルで生きるのに正気は不要だ」
松本は大真面目に返す。
缶コーヒーを飲む沢田は、大げさに嘆いてみせた。
「まったく……ここまでヤバい場所だとは」
「怖気づいたか?」
「まさか。一千万円の信憑性も高まった。いや、あんたの話が本当なら、もっと良い報酬も期待できそうだ」
沢田はソファから立ち上がる。
彼は目の前に座る巨漢の名を呼んだ。
「なあ、松本さん」
「何だ」
「見たところあんたは友好的だ。喧嘩が好きなだけで、裏も無さそうなのも良い。最上階まで上がるための力を貸してくれ」
沢田は手を差し出す。
じっと考えた後、松本は尋ねた。
「見返りは?」
「楽しい殺し合いを提供する。きっと刺激的だろうさ」
沢田は皮肉っぽく笑う。
すると松本も同じような笑みを見せた。
「――悪くないな。その口車に乗ってやろう」
松本が沢田の手をがっしりと握る。
その力が強すぎるあまり、沢田は指の骨が折れそうになった。




