第11話 得られるもの
四階の奥まで来た上原は、開いたままの部屋を恐る恐る覗く。
そこには砂と埃で汚れた部屋があった。
棚やソファ等の半壊した家具が置かれて、最低限の居住スペースを作っている。
端では小さな冷蔵庫も稼働していた。
大男は沢田をソファに投げ落とすと、上原を手招きする。
「入れ」
「ひゃ、ひゃいっ」
背筋を伸ばした上原は室内に入り、差し出された座布団で正座をする。
大男は床で胡坐を掻いて名乗る。
「松本だ。お前は?」
「う、上原ですっ」
「そうか」
頷いた松本は、近くに転がっていた未開封の缶コーヒーを掴み取る。
それを上原に見せて尋ねた。
「飲むか」
「えっ、あっ……大丈夫、です」
「ジュースがいいか。酒もあるぞ」
松本は小さな冷蔵庫を開いて漁る。
いくつかの飲み物を勧められるが、上原は首を横に振ることしかできない。
冷蔵庫を閉めた松本は、再び胡坐を掻いて問う。
「このビルに来た目的は?」
「え、えっと、実は……」
ひとまず攻撃されないことに安堵した上原は、緊張しつつも現在に至るまでの経緯を説明した。
事情を知った松本は薄く笑う。
「たった一千万とは、随分と買い叩かれたな」
「一千万円ですよ? 大金じゃないですか」
「朽津間ビルの二十五階には、それ以上の価値がある。十倍や百倍じゃ効かないだろう」
そう断言する松本に、上原は戸惑う。
松本はウイスキーの瓶を手に取り、そのまま傾けて飲み始めた。
中身が半分を切ったところで、彼は話を再開する。
「二十五階に行けば、すべての願いが叶う……俺はそう聞いた」
「すべての……そんなことありえるんですか?」
「さあな、興味ない。俺はただ喧嘩がしたくてここに住んでいるだけだ。願いは自分の力で叶える」
松本は拳を握り締めて語る。
その双眸の奥では、ぎらついた闘志が飛び出さんばかりに滾っていた。
強靭な筋肉が赤いスーツを引き裂こうと隆起する。
上原は反射的に「ひっ」と悲鳴を洩らした。
彼女はすぐさま逃げ出したかったが、腰が抜けて動けない。
己が死なないことを涙目で祈るしかなかった。
残るウイルスキーを飲み干した松本は、瓶でソファの沢田を指し示して言った。
「そいつが起きたらビルから出ていけ。お前らでは半日と持たず死ぬだろう」
「断る……俺達には依頼があるんでな」
沢田がむくりと起き上がる。
彼の持つ拳銃が松本を狙っていた。




