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「婚約破棄されましたが、神が“この娘こそ真の聖女”とお告げになったので、皆さん土下座してください」

作者: ねこラシ

「リリアーヌ=アストレア嬢。あなたとの婚約を、ここに破棄する!」


 それは、王宮の大広間で開かれた新年度祝賀パーティーの最中、突然響いた声だった。


 第一王子アレクシオの高らかな声に、会場が凍りついたように静まり返る。


「……まあ。では、その理由を伺ってもよろしいかしら?」


 私はグラスを置き、優雅に微笑んでみせた。王子はそれを“開き直り”と受け取ったのだろう。さらに声を強める。


「理由など明白だ! 君はセレスティナ嬢に対し、度重なる嫌がらせを働いた! 暴言、魔力の暴走、さらには貴族令嬢としての侮辱まで……!」


 王子が横に立つ青髪の少女――セレスティナを手招きする。彼女は震えながら涙をこぼし、王子の背中に隠れた。


「わたくし……何度も耐えましたの。でも、リリアーヌさまが怖くて……魔力を封じられて……」


「ご覧の通りだ! この優しき令嬢を苦しめた君が、我が妃など到底許されない!」


「……」


 あまりにも典型的な“断罪イベント”の様式美に、逆に笑いそうになる。いや、本当にこれはどこかの劇なのでは?


 だが、ここで私がすべきことは一つ。


 すべてを“本物の真実”によって覆すこと。


 



 


「なるほど。ですが一つ、確認させてくださいませ」


「……なんだ?」


「その断罪と婚約破棄は、貴族会議における議決を得たものですか? また、婚約破棄にかかる法的手続きは?」


「い、今まさに手続き中だ!」


「では、仮に私が潔白だった場合、第一王子殿下は王家の名誉を傷つけた罪に問われることをご存知ですか?」


「っ……!」


 静かに告げると、王子の表情がわずかにひきつる。だがもう引き返せる段階ではない。


「よろしいですね、アレクシオ殿下。では――“神託”を受けましょうか」


「……は?」


 その場の空気が一変する。


 神託――それは、光の神ルメナにすべてを委ねる最後の審判。人間の裁きが及ばぬ時、女神の光は唯一無二の真実を示す。


 逃げられない。抗えない。覆せない。


 ――だからこそ、私にとって最も確実な勝利の手段だった。


 



 


 神託の間。


 白い大理石に覆われた聖堂の中心には、神々の言葉を告げる神官長が待っていた。


「第一王子アレクシオ殿下、公爵令嬢リリアーヌ・アストレア嬢、およびセレスティナ嬢。光の神ルメナの御前に立つことを許可します」


 私たちは三人、円形の祭壇の上に立たされる。周囲には王族、貴族、学園関係者たちの姿。あの場にいた者全員が招かれたのだ。


 神官長が腕を掲げ、厳粛に告げる。


「神よ。我らが真実を見失いし時、汝の導き給え。光をもって正しき者を照らし、偽りの者を打ち払いたまえ――!」


 その瞬間、天井の神窓からまばゆい光が降り注いだ。


 ひと筋の神光が、リリアーヌ――私のもとにまっすぐに届く。


《――この者こそ、真の聖女なり》


 女神の声が、全員の頭に直接響いた。


 



 


 会場が、凍りついた。


 神の声に異議を唱える者など、いない。誰一人として。


「な……っ、そ、そんな……どういうこと……」


 セレスティナの膝が崩れ落ちる。彼女の頭上には、光ではなく“影”が差していた。


「こ、これは何かの間違いだっ! セレスティナは、聖女に選ばれし存在のはず……!」


「記録によれば、神殿が正式に彼女を聖女と認定した事実はございません」


 神官長の言葉に、王子の顔が青ざめていく。


「まさか……すべては、偽装だったのか……!?」


 それでも王子はあがいた。


「だ、だとしても! セレスティナは……とても優しい子で……! リリアーヌ、お前だっていろんな者に嫌われて――!」


「“誰かに好かれているから正しい”とおっしゃるのですか? それは正義ではなく、ただの人気投票ですわ」


 私の声に、王子の顔から血の気が引いていった。


「……リリアーヌ。……許してくれ」


「それは神にお許しを乞うべきかと」


 



 


 その後の王国の動きは早かった。


 第一王子アレクシオは聖女への冒涜罪で王位継承権を剥奪。セレスティナは追放。アストレア公爵家の名誉は回復され、私は“聖女リリアーヌ”として新たな身分を得ることになる。


 だが――


「では、その称号は辞退させていただきます」


 私は女王陛下の前で、深く一礼した。


「わたくしはただ静かに本を読み、香り高い紅茶を嗜む日々を望んでおります。聖女であるか否かは、神がご存じでしょうから」


 そう言って、私は王都を離れ、遠く辺境の村へと旅立った。


 私を取り巻く人間関係も名誉も、今ではどうでもいい。ただ、一人の人間として、自由で在りたい。


 その願いが、神に届くことを――私は祈っている。


 


【完】


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