カプセルホテルについて思う
僕は思い出していた。
家の中を元妻が歩いていた記憶を。彼女が洗濯ものを抱えて居間から洗濯機のある洗面所へ、洗面所から物干し場へと歩く。元妻が洗濯をしていた光景を僕は思い出していた。柔軟剤のいい匂いが僕のいる居間にまで漂った。元妻の笑顔とシャンプーの髪の匂いも。その時、我々は石川県の金沢へ旅行に行く計画を立てていた。五月のゴールデンウィークを待っていた、あのあたたかな家庭の空気を僕は思い出した。
その時、元妻は女子テニスの大坂なおみ氏の話をしていた。学生時代からの友達があの人の髪型を見て、昔みたいなソバージュに戻したいと言ったのと。でも今さらソバージュはないよねとは言えなかったと。
へえ、そうかと僕は答えた。新宿のオナベがあの髪型にしてた気がするなと。僕は大坂なおみ氏からは女性アスリートのメンタルの弱さ――『精神的な月のもの』を負うことへの脆さ――しか感じないのだが。元妻は上機嫌にふんふんと鼻歌を唄った。
僕は選挙に落選した政治家のような空元気で心療内科の待合室の椅子に座っていた。うつ病の薬は効かなかった。おそらく元妻は僕にずっと不満を溜めていたのだろう。元妻は口下手な僕よりも喋りが闊達な大阪人の元上司を求めたのだろう。わざわざ僕の上司と不倫したのは僕への腹いせもあっただろう。
僕は中年にしては女性の関心を魅きすぎるかもしれない。元妻は僕の浮気を本気で疑ったかもしれない。『僕は元妻の思い通りにはならなかった』という事実。そして妻は意趣返しに浮気をし、我々は別れた。
元妻の狙い通り、僕は郵便局の職場に居たたまれず仕事を失って墜落した。だが僕は元妻が洗濯をしていた時のあたたかな家庭を思い出す。行けなかった金沢への旅行のことも。
僕はふとカプセルホテルについて思った。日本中、世界中からの旅人たちがカプセルに隣り合わせて一日を過ごす。思えば奇妙な設定だと思った。彼らは特定の他者が隣のカプセルで一日を明かすことになると予期していただろうか。僕は元妻と元上司と耳鼻科の松本さんとカプセルが隣り合わせると予想していただろうか。僕はカプセルの内壁に静かに掌を当てる。きっと我々は互いの胸の内を慮ることをせずには暮らせなかった。
僕は眼鏡を外した。眼鏡がなくなると郵便配達夫っぽさがなくなって哀愁のある中年男の顔になる。女の関心を魅きがちな中年男の姿がある。私の夫は他の女と浮気しているのではないか、と元妻に疑わせ、口下手なために元妻とまともな話し合いもできなかった男がいる。元妻は僕に疑念を抱き、不満を溜め、それから僕に期待することをあきらめたのかもしれない。僕はマラソン競技のような毎日の郵便配達に疲れて元妻の気持ちを聞き出すことをしなかった。妻に一言、いま伝えられるとしたら『ごめん、赦してください』という言葉と涙だけだ。
僕は自分以上に神を大切に思っている。僕はクリスチャンだから。神とともにうつ病を歩む。元妻は僕を裏切った。より精確には元妻がそうしないではいられないような態度を僕は取り続けた。それが元妻と僕が毎日、とんとんと音を立てて機織りをした結婚生活という布地だった。その布地の致命的な乱れと解れを――互いの憎しみの応酬を――僕は越えられる。『赦しなさい』とイエスは言った。
人は布地をいつでも作り直す準備ができるし、放棄することもできると僕は思う。そしてこの一年、人生を歩み進めながら、この言葉がいつでも胸にあったと気づく。そうだ、いつもこの言葉があった。胸に深く刻まれたその言葉は。
僕は元妻を愛している。今もずっと――。
≪了≫




