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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋愛対象

周助(しゅうすけ)の視線の先……廊下の向こうには、ひとりの男の先輩の姿。

ずっと目で追いかけているのを俺は隣で見ていたけれど、視線を逸らして窓の外を見る。曇り空。


俺は周助が好き。でも周助が好きなのは俺じゃない。三年の、誰が見ても可愛い男の先輩。


中学一年で周助と出会った。別の小学校から上がった俺と周助は同じクラスになり、一回目の席替えで席が前後になって仲良くなった。


周助を好きになったきっかけは、よくある恋のパターンと言われればそれまでだけど、中二のとき、校外学習のアスレチックで、俺が木の段差を踏み外して足を捻りうずくまっていたら、おぶって集合場所まで連れて行ってくれたこと。ただでさえかっこよくてモテていた周助のその行動は目立って、男子は冷やかしたけれど周助はまったく気にせず、ただ俺を気遣ってくれた。


その日から俺の頭の中は周助でいっぱいになった。


男の友達を好きになったことに戸惑ったけれど、気持ちは止まらない。校外学習の件から周助は、女子からこれまで以上に騒がれるし告白される。これじゃすぐに彼女ができる、とひやひやした。でも、周助は告白をすべて断るので、俺はほっとしながら不思議に思った。

中三で周助から「俺は男しか好きになれない」と打ち明けられた。驚いたけれど、それ以上に胸が高鳴り、期待した。それなら、もしかしたら俺にもチャンスはあるかもしれない、と。

俺は女の子も好きになったことがあるけれど、そのときにはもう周助以外考えられなかった。


「こんなこと話せる友達は理津(りつ)しかいない」


続いた言葉に、俺は恋愛対象じゃないんだ、と知った。

それでも周助の相談に乗れる友達でいられるなら……と、周助が男しか好きになれないと知る前から決めていた、卒業式に告白するつもりだった決意を打ち消してそばにいた。


同じ高校に進み、周助のことをどんどん好きになっていく。周助は相変わらずモテる。そして、俺が周助の友達なのも変わらない。


高二に上がり、夏休み前に周助が真っ赤な顔をして「三年の先輩を好きになった」と、こそっと話してきた。ショックだけど、隠さず話してくれたことは嬉しくて……複雑で。

応援したい……でも、できない。だからただ話を聞く。


周助は先輩に話しかけるでもなく、告白するでもなく、自分の存在も知らせず、ただ先輩の姿を見つめるだけ。それで満足だと寂しそうに笑う。絶対叶わないから、と。その気持ちは俺にもわかった。絶対叶わない恋、俺もしているから。


先輩は可愛い人。周助は可愛い男の人が好きなんだと知った。俺はどこからどう見ても平凡顔なので絶対恋愛対象にはなれない。だから、俺も見つめるだけ。先輩を見つめる周助を、ただ隣で。






いつものように先輩を見つめる周助を隣で見ているだけ。なんとなく先輩のほうを見ると、また違う男子生徒と仲良さそうにしている。先輩は交友関係が広いのか、色んな男子生徒と一緒にいる。たまに校門のところで他校の男子生徒と一緒にいることもある。


周助と俺の横を通っていく、たぶん三年生だと思う女子生徒三人がこそこそと囁き合っているのが耳に入った。


岸田(きしだ)くん、また違う人といる」

「ほんと、人目気にしないよね」

「あの見た目なら選び放題だろうけど、誰とでも寝ちゃうっていうのはわからない」


周助を見ると、廊下の向こうを見て固まっている。その視線の先の岸田先輩は、さっきまで仲良さそうにじゃんけんをしていた男子生徒とキスをしている。唇を離した先輩は隣にいる別の男子生徒と笑いながらじゃんけんをして、男子生徒が勝つと、次にその生徒とキスをした。


うわ……! と思ってすぐ目を逸らす。どうしよう、と思ったけれど、ちょうど予鈴が鳴ったので、固まったままの周助の腕を引っ張って教室に戻る。


大人のじゃんけんを見てしまった……。今見たシーンがぐるぐる頭の中で回り、刺激が強くて倒れてしまいそうだった。




周助はショックのあまり力が入らないようだ。放課後の教室で机に伏せて唸っている。


「そんなー……」

「俺もびっくりした……」


しかもキスシーンまで見てしまった……。初キスもまだの俺には強刺激すぎる。しかも学校の廊下でなんて……思い出すとまだ頬が火照る。周助はうーうー言っている。


「……好きだったのに。まあ、片想いだけど……」

「……」


俺も好きだよ、片想いだけど。

なんだか胸がじりじりして、焦げていくようだった。苦しい。すーっと息を吸う。


「誰とでもするなんて……」


はぁ、と周助の大きな溜め息に、勇気を出して口を開く。


「……俺は、好きな人としかしないよ」

「え?」


周助が顔を上げて俺を見るので、俺もまっすぐ見つめ返す。


「だから、……俺じゃ、だめ?」






昨日、「俺じゃだめ?」なんて言ってしまったけれど、だめに決まってるよな……落ち込む。どんな顔で会えばいいんだろう。ていうかあんな告白の仕方はないだろう。最悪だ。


「……学校行きたくない」


でも行かなくちゃ。足が重い。歩いているはずなのに前に進んでいる感じがしない。ああ、今すぐ帰りたい。


「おはよう、理津」

「!」


駅で周助に会ってしまった。会いたいけれど会いたくなかった。


「お、おはよう、周助……」

「理津? どうした?」


どうした、って……なんかいつもどおり? 一緒に電車に乗るけれど、周助の様子に特に変わったところはない。

……そうか。周助は可愛い人が好きだから、恋愛対象じゃない俺が告白してもスルーされたのかもしれない。それなら、俺もいつもどおりにしないと。

うまくできているかわからないけれど、頑張って“いつもどおり”をやる。昨夜のテレビの話とか、宿題の話とか。……先輩の話は出なかった。


このまま俺の告白はなかったことになって忘れられていくんだな、と思ったらそれも寂しいけれど、でも仕方ない。恋愛対象じゃないってところから、始まるものも始まらないんだから。


学校に着いて靴を履き替えようとしたら、周助が上履きを落として俺のほうに転がってくる。


「わ!」

「て、手が滑った」

「びっくりした」


珍しい。

階段に向かう。


「うわ!」

「えっ!?」


周助が一段目で躓く。


「あぶな……」

「びっくりした……大丈夫?」

「……緊張しすぎてもう限界」

「緊張?」

「なんでもない」


先に階段を上がって行ってしまう周助。でもまたすぐ躓く。本当に大丈夫かな。

下校まで周助はずっとそんな様子だった。

帰宅して自室で一日の周助の様子を思い返し、うーん……と唸る。


「もしかして、スルーはされてない……?」


急に胸がどきどきし始める。

もしかして、もしかして……いや、そんなことない? ちょっとくらい、意識してくれている?

どきどきが激しくなってにやにやが止まらない。






翌日も周助は同じだった。その次の日も。

観察していたら、本人が言っていたように緊張している様子。

……少し落ち込む。俺の告白は間違っていたんじゃないか。友達でいられなくなるんじゃないか。自分の言ったことを後悔し始める。


周助は様子がおかしい。俺は落ち込んで溜め息ばかり。

そんな日が続いて、一週間が経った。


「話を聞きたい」


周助が真剣な表情で俺を自宅に誘った。俺は逃げ出したい思いで、でも逃げるなんてできないから頷いた。




周助の部屋で隣り合って座る。いつもと同じなのに、変に緊張してしまう。


「理津、ごめん」

「!!」


振られるのか……。そのために自宅にまで呼ぶ? 案外周助も残酷だな。その辺でぱぱっと言ってくれたらよかったのに。


「俺、ずっと自分の相談ばっかりで理津の相談に乗ってこなかった」

「え……?」

「一方的に自分のことばっかり相談して、理津の悩みを聞いたりとか、全然しなかった」

「……」


そういえばそうだっけ。

……相談に乗ってもらったところで、俺の気持ちは周助には言えなかったけど。だって、俺がそこまで悩むことって周助のことだけだから。


「だから、理津の話を聞きたい」


真剣な強い瞳にどきどきする。急にそんな風に言われても、俺もどうしたらいいかわからない。でも、周助が望むなら。


「……うまく話せるか、わからないけど」

「うん」


優しく微笑んでくれる周助に心臓がぎゅっとなる。好きだ、すごく好き。


「うーんと……俺が周助を好きになったのは、中二の校外学習のとき」

「そんな前?」

「うん」


周助がモテて不安だったこと。

告白をすべて断ってほっとしていたこと。

ずっと周助だけを見ていたこと。


ひとつひとつ丁寧に話を聞いてくれる周助に頬が熱くなる。思いつく限りの俺の好きな周助の話をしていると、徐々に周助の様子がおかしくなっていく。あっちを向いたりこっちを向いたり、上を向いたり下を向いたり。立ち上がろうとしてすぐ座ったり。謎な動きをする。


「周助……?」


呼びかけると、びくっと肩を上下させて俺を見る。


「えっ、あっ……あの」

「どうしたの?」

「あ、あ……あの……、ちょっと考えさせて……ください……」

「はい……」

「よ、よろしくお願いします……」

「……?」


なに……?


その後ずっと周助は壊れた状態で、突然赤くなったりもとに戻ったりまた赤くなったりを繰り返したり、謎な動きをして、かなり怪しかった。


夜、俺は周助が話を聞きたいと言ってくれたことが嬉しくて眠れず、ベッドでごろごろと転がっていた。


「周助、好き……」


幸せが一生分訪れた気分だった。






「おはよう、周助」

「っ!」

「? 周助?」

「……あ、ああ……おはよう……」


視線を逸らされる。周助の態度がぎこちない。

なんで?


「周助……?」


あからさまに俺から視線を逸らす周助に、心が固まる。

もしかして昨日の話がまずかった……?

……もし、友達でいるのも嫌だと思われていたらどうしよう。

ショックで目の前が真っ暗になって立ち尽くしてしまう。周助は俺を見ない。


「……周助……」

「っ……!」


名前を呼ぶと、周助はびくっとする。明らかに様子がおかしい。

昨日話したなにかがまずかったんだ。きっと、なにかが周助には無理だったんだ。どうしよう……話さなければよかった。


「……迷惑かけてごめん」

「え……」

「ごめん!」


泣きたくなってその場から走り去る。もう消えたい。告白なんてするんじゃなかった。最初から恋愛対象じゃないってわかっていたんだから、諦めるべきだったんだ。それなのに俺は……なんてばかなんだろう。

どこに行くでもなく、廊下を走る。注意されたけどお構いなしに走った。


「理津、待って!」

「!?」


なんで追いかけてくるの!?

と思っていたら周助に捕まった。校舎の端で手首を掴まれてしまった。


「なんで……」

「……」

「周助……?」

「……今日もうち来て」


真剣な表情の周助に不安になる。本当に友達でいられなくなるのかもしれない……。頷けない俺を、周助は強い視線で見つめていた。




学校帰りに昨日と同じように周助の家に寄る。周助はずっと黙ったまま。


「……ごめん」


周助の部屋に入った途端、謝られた。怖い。


「理津、友達やめよう」

「……」


やっぱり、そういう話だ。泣きそう……だけど泣いちゃだめだ。もともと俺が告白なんてしたのが悪いんだから。そう思って涙を堪えていたら、周助に手を握られた。温かい手の感触にどきりとする。


「俺、理津にどきどきしてる」

「……?」

「俺、可愛い男の人が好きだった」

「……知ってる」


だった、って今もそうだろう。だから俺は恋愛対象じゃない。落ち込んで視線が足元に落ちる。


「……俺の話をする理津、すごく可愛い」

「は?」

「俺の名前を呼ぶ理津、誰よりも可愛い」

「……」


周助がなにを言ってるのかわからない。可愛い? 俺が? 目がおかしくなったか。


「でも、可愛いから理津がいいんじゃない」

「……言ってることがよくわからないんだけど」


周助がちょっと笑って、それからまた口を開く。


「最初は理津の気持ちに全然気づいてなかったから戸惑ったけど、理津が俺のことたくさん好きだって思ってくれてるのを知って、嬉しかった」

「え……」

「理津の気持ちが嬉しくて……人を好きになるのって見た目じゃないんだって、恥ずかしいことに昨日気づいた」


嬉しかった……? 無理だったんじゃないのかな。だから様子がおかしかったんじゃないの?


「俺も理津をたくさん喜ばせたいって思った」


どういう意味……? 周助の言ってることが全然わからない。

俺が疑問符だらけになっていると、周助に抱き寄せられた。心臓が大きく飛び跳ねる。


「理津にどきどきしちゃうの、昨日からずっと止まらないんだよ」


なにこれ、なにこれ! どういうこと!?

心臓がものすごい勢いで脈打つ。


「周助……? 俺、状況がまったくわからないんだけど……。周助の様子がおかしかったのは、俺が無理だったからじゃないの?」


周助が首を横に振る。


「違うよ。どきどきしすぎて、どうしたらいいかわからないから困ってたんだ」

「えっ」


そうなの!?


「理津、ずっと隠してたんだよな。言えない状況を俺が作ってた。片想いが辛いの、俺だって知ってる。俺なんて三か月くらいだけど、理津は三年だもんな」

「……でも、周助を好きでいられる時間はずっと幸せだよ?」

「すごいな、理津は。それに比べて俺はばかだな……理津は友達だって思ってた。こんなに俺を想ってくれてたのに」


よしよし、と言うように髪を撫でられて心臓が暴走してしまう。このままじゃ心臓が壊れる。でも、やめないで。


「こんなに心臓ってどきどきするのかってくらい、理津のこと考えるとどきどきする」

「……俺だって周助にどきどきしてる」

「すごい嬉しい」


ぎゅっと抱き締められて、おずおずと周助の背中に軽く手を回してみる。制服越しに触れた身体が見た目よりしっかりしていて、血液が沸騰してしまいそう。


「理津、友達以上になろう?」

「……ほんとに?」

「ほんとに」


こんな夢みたいなこと、あるんだろうか。視界がじわじわしてくる。


「俺、周助の恋愛対象になれるの……?」


少し身体を離して周助の顔を見上げて聞くと、優しい笑みが返ってきた。


「もうなってる」


隣で見ていられるだけでいいと思っていたのに、周助の心に触れることができた。

友達を超えられる日がくるなんて思わなかった。




END

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