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陸の孤島

「はあっ!? 他の場所に人員を割いているから、ここに応援を呼べないっ!? ふざけた事言わないで!!」


 診察室の緊急回線から、軍の司令部に応援要請を打診したルリだったが、司令部からは、他にも龍の襲撃を受けているからと、この医療院に今すぐには応援を差し向けられないとの回答だった。


「他の所って、国の要人!? 大臣だろうが官僚だろうが、兵役経験者でしょう! ここにいるのは国の宝である子供たちなのよ! 襲って来ているのは100匹を超える龍! しかもその半分は兵等級なの! すぐに……!」


 ルリの請願も、しかし司令部からの回答は変わらなかった。


「先生……」


 不安そうにルリに声を掛ける看護師。その後ろで、他の医師や看護師たち、そして子供たちも不安そうにしていた。


「今現在、都内各所で龍が暴れ回っているから、こちらへ応援を送れないの一点張りよ。海神の奴! ふざけんじゃないわよ! ここに何かあったら、遍家の威信に懸けてその地位から引きずり下ろしてやる!」


 医療院は現在進行形で多数の龍による襲撃を受けていた。龍共はまるで示し合わせたかのように医療院を執拗に襲い、医療院は今や陸の孤島と化していた。対抗するのは2人の門衛で、それなりに武装してはいたが、流石に多勢に無勢。エントランス前を死守するので精一杯と言う状況だ。


「もう! 何でこんな時に結界装置が作動しないのよ!」


 ルリは先程からパソコンを操り、医療院周辺の結界装置を起動させようと、マウスを何度もクリックするが、まるで反応がなかった。医療院自体は頑強に作られ、エントラスは鉄格子のシャッターが降りているとは言え、それもいつまで持つか分からない。何より外の門衛たちの命も心配だ。医療院は絶体絶命に陥っていた。


「どうしましょう、先生」


「どうしましょうって言われても」


 どうにも出来ないのが現状だ。医療院のトップであるルリが返答を避けた事で、その不安が伝播して、子供たちが1人また1人と泣き出してしまった。それが更に他の子供たちを不安にさせ、皆泣き出しそうだ。ルリとしても他の大人たちにしても、泣き出したい気持ちは同じだった。


「大丈夫だよ」


 そんな皆の不安を和らげるかのように、1人の子供が声を上げる。その声の主に、全員の視線が集まった。


 ウサギのぬいぐるみを両手で抱えた男の子は、全く不安を感じさせない、普段と変わらぬ様子であった。


「大丈夫、って?」


 何を根拠にこの子はそんな事を口にしたのか、ルリは思わず聞き返していた。


「エンマお兄ちゃんが助けに来てくれるから」


「司馬くんが?」


 意味が分からない。エンマが来るかなんて分からないし、根拠がない。そもそも、エンマが来たところで、この状況を打開出来るとは到底思えない。あの少年はイレギュラーではあっても、人工龍血一号なのだ。兵等級の群れに勝てる訳ないのだから。しかし、


「お兄ちゃんが来てくれるの!?」


「やった! エン兄が来てくれるなら、きっと何とかしてくれるよ!」


 と子供たちはエンマさえ来ればどうにかしてくれると、まるで希望の光が射し込んだかのように顔が晴れやかになる。それでもまだ不安そうな子供たちはいたが。


『ルリ先生……! 応援要請はどうなりましたかっ!?』


 焦った声が診察室に響く。門衛の1人が、現状の確認の為に通信機で連絡してきたのだ。その向こうでは、銃撃音や龍の恐ろしい咆哮が漏れ聞こえてきていた。


「ごめんなさい。応援は……」


 マイク越しのルリの消沈した声に、全てを察したらしい門衛は、それ以上何も聞いてこなかった。ただ、銃撃音と龍の咆哮だけが診察室に木霊する。


『ぐああっ!』


 攻撃を受けたのだろう。門衛の悲鳴に皆が縮み上がる。


『くっ! この野郎!!』


 反撃を試みているのだろうが、状況は芳しくないのだろう。そしてそう遠くない未来に、門衛2人は命を失う。そうなれば…………。大人たちはもう諦観の域に入っていた。ただ子供たちだけでも守れない事だけが心残りだった。


 ◯ ◯ ◯


 左肩から血を垂れ流しながらも、門衛は龍の攻撃で動けなくなったもう1人を守るように、残る右手で突撃銃を構え、見境なく銃を撃ち続けていた。しかしそんな門衛の攻撃を嘲笑うかのように、一ツ目の龍共はその包囲網を狭めていく。大きさは小さくても3メートル。大きいものは5メートルを超えている。二足歩行の肉食恐竜を思わせる体躯でありながら、その目玉が顔の中央に1つである事が大きな違いであった。


「グガアアアアッ!!」


 1匹の隷等級の龍が、右を向いた門衛の後背から襲い掛かる。それに気付いた門衛であったが、時既に遅く、もう噛み殺されるのを覚悟するしかないと眼をギュッと瞑る。


「グガアアアッ!?」


 が、龍の顎が門衛を噛み砕く事はなく、逆に龍の悲鳴が辺りに響いた。何事か!? と門衛がそっと眼を開けると、龍の一ツ目に何かが刺さっていた。驚きと共にそれを凝視すると、それが仏僧の錫杖である事に気付く。


「大丈夫ですか!?」


 その声は正門入口から聞こえてきた。門衛がそちらへ視線を向けると、夕方に挨拶を交わした少年がこちらへ声を掛けてきていた。


「何しているんだ! すぐに逃げなさい!」


 兵士として当然の反応であったが、そんな忠告を素直に聞くエンマではなかった。そもそも、龍の1匹を攻撃した事で、エンマは既に龍共の攻撃対象として認定されていた。


「今そっちへ行きます!」


 何を言っているんだ? 混乱で呆ける門衛の眼前には、龍が大挙して押し寄せており、門衛とエンマの間を塞いでいる。どう考えてもエンマが門衛の下までたどり着ける訳がなかった。そのはずであった。


 ゆらりと揺れた。その初動以外、門衛にはエンマの動きを捉える事が出来なかった。ただ眼前で揺れるそれは、龍の間をすり抜けるように、ふらりゆらりとこちらへ近付いてくる。


 円月流・歩法━━花舞川葉(かぶせんよう)


 それは風に舞う花弁の如く、また渓流を流れる木の葉のように。襲い来る龍共の攻勢を、エンマはふわふわゆらゆらくるくるりと躱していく。そしてまるで街中を歩いてきたかのように、傷1つなく門衛たちの下へとたどり着いたのだった。


「大丈夫……、ではなさそうですね」


「あ、ああ、済まない」


 驚きながらも、応援が来た事にホッとする門衛。


「ルリ先生と連絡取れますか?」


 エンマの言葉の意図は分からないが、真剣な眼差しに、門衛はエンマに、耳の後ろに貼っていた薄型骨伝導の通信機を渡した。


「ルリ先生」


『司馬くん!? 本当に来たの!?』


「え? はい」


 何故自分が来る事を知っていたのか知らないが、今はそんな事を詮索している場合ではない。


「ルリ先生、恐らく病院内に龍を呼び寄せるような龍骸装置が設置されているはずです。まずそれを壊して下さい」


『龍を呼び寄せる!? 何でそんなものが!?』


「昼間に診察室で話した時にいた看護師が、外で龍神教の信徒と密会していました」


『……!』


「捕まえて警察に突き出しましたけど、多分こちらにも何か仕掛けているはずです。それを壊して下さい。それまでエントラスは俺が死守します!」


 通信機の向こうから逡巡が窺えた。がそれもほんの少しの間。


『…………分かったわ。ごめんなさい、君に頼るような状況になってしまって』


「気にしないで下さい。ここに何かあったら、俺の寝覚めが悪いですから」


 言ってエンマは通信機を門衛に返すと、こちらの様子を窺っていた龍共の方へ振り返るのだった。


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