話題をさらう
「握力かあ」
準備運動を終えた後、学校の先輩らしい係員たちの誘導で、握力計の列に皆で並ぶ。
「ぬがああああっ!!」
特一学級男子学生で集まったエンマたち。タガ、大福、コーメイ、エンマ、シュラ、ラセツの順に並び、現在、大福が顔を真っ赤にしながら握力計を握っている。
「右、101kg」
その結果を興味なさそうに係員が確認して、記録係に伝える。
「どうだ!」
と結果に対して誇らしげな大福。何が「どうだ!」なのか分からず、エンマたちが困惑していると、
「この学校に入学したての1年生の平均握力は、100kgだそうだよ」
エンマの前に並ぶコーメイが、指標を解説してくれた。成程。平均を超えたから、誇らしげなのか。と納得するエンマたち。
「うん、頑張れ」
「どう言う感想だ!」
思っていた感想と違う感想がエンマたちから返ってきて、不服そうな顔をする大福。
「握力って男女共に?」
それをさして気にせず、エンマはコーメイに尋ねた。
「そうだね。龍血の能力とかで上下するから、一概に女子だから低いと言う訳ではないね。逆に男子だから高いと言う訳でもないんだけどね。それにこの学校の握力計は、500kgまで計れるらしいから、かなり振れ幅はあると思う。稀に誰某が150kg出したとか、200kg出した。なんて噂も流れるけどね」
「へえ、最高500kgか。なら大丈夫そうだな」
エンマの言葉に首肯するシュラとラセツ。何が大丈夫なのか分からず、コーメイは首を傾げるが、それで答えが出される訳でもない。まあ、やってみれば分かるか。とこの場ではスルーして、コーメイは自分の番になったので、まず右手で握力計を握った。
「右、112kg!」
係員がそのように声を張ると、周りの学生たちからどよめきが起こる。どうやらこれは結構凄い記録であるらしい。とエンマ、シュラ、ラセツは認識しつつも、首を傾げる。
「左、110kg!」
またもどよめきが起こる。それを成したコーメイは、「ふう」と一息吐いて、エンマたちを見遣り、こんな感じだよ。と行動で説明した。
「では次」
「はーい」
とエンマが間延びした返事をした事に、眉根を寄せる係員の先輩たち。しかしここで注意して進行を遅らせるのも面倒なので、「こいつは後で指導する」と決めて、さっさとエンマに握力計を渡した。
「ふん!」
エンマが右手で思い切り握力計を握り、それが終わったところで係員に握力計のデジタル面を見せると、ピシッと固まる係員。
「どうした? 計れなかったのか? エラーか?」
記録係の係員が、デジタル面を見て固まった係員に尋ねると、
「エラーかどうかは分からないが、188kgって出ている」
これに記録係の係員だけでなく、周囲の1年生たちまでがざわつく。いくら500kgまで計れるからと言って、エンマが人工龍血一号である事は、朝のランニングで広まっている。そんな人間が、こんな数値を出せるものなのか、係員は判断出来ず、その場を監理していた教官に視線を向けた。
向けられた教官は、少し思案した後、エンマから握力計を受け取り、己で試してみる。
「…………普通に計れているな。左で試してみて、同じような数値なら、そのまま記入しろ」
と教官の判断に基づき、エンマは返された握力計を左手で持ち、これを強く握る。見逃せない場面に、シンと静まり返った体育館で、デジタル面を見た係員が声を上げる。
「ひゃ、187kg……」
今度は体育館が沸いた。エンマの記録が間違いではなかった。と証明されたからだ。しかしそんな周囲の熱視線など気にする事なく、エンマは次のシュラに握力計を渡した。
「やっぱりちょっと強くなっていたね。前に計った時は、エン兄、160くらいだったでしょ?」
「ああ。これも龍血の力なのかねえ」
とシュラに対して、何故か複雑そうな顔を見せるエンマ。エンマの事情を知らないシュラからしたら、もっと喜ぶかと思ったので、何となく肩透かしを食らった気分だったが、今は計測が先だと、握力計を握る。
「…………に、263kg」
シュラの記録に、驚き過ぎた学生たちが、逆に静まり返る。
「やっぱり抜かされたか。王等級はズルいって」
「ははっ。それを俺に言われても困るよ」
などと軽口を交わしながら、シュラはさっさと左手も計り終えると、次のラセツに握力計を渡した。
「はっ!!」
今度はどんな結果が出るのか。体育館中の視線がラセツに集まる中、その結果は彼ら彼女らの予想を超えるものであった。
バキッと言う異音が握力計から聞こえたと思えば、デジタル面を見るまでもなく、握力計は壊れていた。それはつまりラセツの握力が500kgを超えると言う事を示していた。これにはその場を取り纏める教官も目を点にして、数秒固まると、
「ちょ、ちょっと待っていろ!」
とラセツをその場に待機させ、体育倉庫に向かい、別の握力計を持ってきた。
「これなら1000kgまで計れる。これで計れ」
教官に差し出された握力計は、500kgの握力計よりもゴツく、一回り大きかった。それを手にしたラセツが握ると、
「ろ、ろろ、698kg」
係員も驚愕の数値に、体育館が今日一番沸いた。そんな光景を複雑そうに見遣る大福の横へ、スススとエンマがやって来て、
「約7倍かあ」
とこれ見よがしに呟く。
「……本当に司馬は性格が悪いな。と言うか、お前ら、本当に人間か?」
大福は苦虫を噛み潰したような顔で、エンマから顔を背け、今日一番の話題をさらったラセツを複雑な表情で見遣るのだった。




