縁起物
「ほら、お前ら、もう時間だ。さっさと移動しろ」
「もう!?」
エンマがイオマンテをわしゃわしゃしている間に、どうやらホームルームの時間は終わってしまったらしい。
「まだ、3人としか挨拶してないんですけど?」
とエンマが戸隠に訴えるも、
「それは能力測定の時間にでもやれ」
とのすげない返事。これにしゅんとしたエンマは、ハッと何かを思い出したかのように目を見開き立ち上がると、
「シュラっち、ラセっち、折り紙持ってる?」
と周りからしたら意味の分からない事を口にする。が、シュラとラセツには、それだけで意味が通じたらしく、
「はい」
「これも」
とラセツが折り紙を出すと、シュラの方はボールペンを取り出し、エンマに差し出した。
「タガっち、ちょっとだけ待ってて、今すぐ般若心経書いちゃうから!」
エンマはタガにそう言うと、ラセツの左横の席に座り、凄い早さで般若心経を書いていく。それを覗き込むタガは、
「……物凄い達筆ですね」
と感嘆していた。
「まあね。短い人生で1億回くらい書いてきたからね」
エンマの言に、それは言い過ぎだろう。とタガは横のラセツとシュラを見遣るが、
「エン兄、梅ばあ様に叱られる度に1万回とか10万回とか書かされてきたから、多分合計したら、本当にそれくらい書いてきたかもね」
とシュラが肩を竦める。それには開いた口が塞がらなくなる級友たち。何をやらかしたらそれだけ書かされるのか、逆に興味が湧くが、今はそんな場合ではなく、更衣室へ移動しなければならない。何なら般若心経なぞ書いている場合でもない。
なのでタガがエンマに、「後にしよう」と声を掛けようとしたところで、
「はい、書き終わった!」
「もう!?」
とエンマがそう口にした事に驚くタガ。いくら短い経典とは言え、こんな短時間に書き終わるものなのか? とタガがその文を覗こうすると、エンマは般若心経が書かれたその折り紙を三角形に折り始めた。
「え? それで終わりじゃないの?」
タガが尋ねれば、
「もうちょっとだけ待ってて」
とエンマは折り紙を慣れた手付きで鶴に折っていく。
「はい、完成!」
表面に般若心経の書かれた折り鶴が、エンマの手で完成し、「はい」とエンマはそれをタガに渡そうとしてくる。が、これを受け取って良いものなのか、タガには分からず、またもラセツとシュラの方へ視線を向ける。
「縁起物だから、貰っておくと良いよ。うちの寺では、エン兄が般若心経を書いた折り鶴は、稀に寺務所で売りに出される大人気品なんだよ。これのお陰で願いが叶った。なんて話が出回ってて、年末は梅ばあ様に凄い数書かされてるぐらいだからね」
それは確かに1億回くらい書いている事になりそうだ。とタガは思いながら、ぴっしりと綺麗な折り目の折り鶴を、エンマの手から丁重に受け取った。
「ほら、お前ら、さっさと更衣室行け! 遅刻するぞ!」
エンマのあまりの早業に、驚いてその場で足を止めていた特一学級の級友たちだったが、戸隠の言に慌てて更衣室へ向かうのだった。
◯ ◯ ◯
体育館で他の学級の学生たちが整列する中、遅れてきてその横に並ぶ特一の学生たち。
「いやあ、何とか間に合ったなあ」
「司馬のせいで、危うく遅刻する事になりそうだったがな」
ふうっと額の汗を腕で拭うような仕草をするジャージ姿のエンマの後ろから、大福がチクチクとエンマの罪を口にする。
「あっはは、間に合ったんだから、ギリセーフ」
とエンマはそれを軽く受け流し、そんなエンマに嘆息をこぼす大福だった。
「全員揃ったな! 今日は午前中に皆の能力測定をし、午後には、1年では初の、擬似戦闘訓練室を使った各学級対抗戦をして貰う! 午後の対抗戦だけでなく、この能力測定も皆の査定、点数に入るので、そのつもりで行動するように!」
『はい!』
戸隠教官が、他の教官たちより1歩前に出て、今日のスケジュールの説明をする。その姿から、エンマはどうやら戸隠が学年主任なのだろうと当たりを付けた。
(まあ、特一の担任だもんな。それなりの能力と地位があって当然か)
などとエンマが考えているうちに、他の学生たちは三々五々動き出す。どうやら仲の良い級友で集まり、体育館とグラウンドで行われる能力測定を回るらしい。
「どこから行こうか?」
特一の男子学生たちは、シュラとラセツがエンマの下に集まったのを見て、自然と皆エンマの下に集まってきた。そうして、どこへ行くかシュラがエンマへ尋ねてきた。
それに対してエンマが教官たちから手渡された用紙に目をやると、握力、背筋力、長座体前屈、反復横跳び、立ち幅跳び、垂直跳び、100メートル走、5000メートル走、と上体反らしが背筋力に変わっているくらいで、中学でやっていた体力測定と変わらない項目が並ぶ。が、そこに龍気量と言う、見慣れない項目を見付けた。周囲を見渡せば、何やら排気量を測る機械のようなものに、息を吐いている場所があり、そこで龍気量を測るのだろう。それにしても、
「流石はこの高校に入学を許されただけあり、皆、普通の高校生とは比べられないな」
とエンマは体育館内で行われる能力測定を行っている1年生たちを見回し、素直な感想を漏らす。
「まずは体育館での測定が終わらせよう。それから外のグラウンドで100メートル走と、5000メートル走。その後、休憩を挟み、場所を訓練館へ移動して、近距離攻撃、中距離攻撃、遠距離攻撃の測定だな」
口を開いて間抜け顔で体育館を見渡していたエンマに、大福が説明してくれた。エンマは成程と頷きつつ、
「近距離とか中距離とか遠距離って、武器は何でも良いの?」
とエンマが大福に説明を求めると、大福はその説明をコーメイにパスした。
「武器の指定はないよ。既に持っている自分の武器を使用しても良いし、訓練館にある武器を試してみても良いみたいだね。まあ、最初だから、お試しも兼ねているんじゃないかな? どんな武器が自分に合っているのか、分かっていない学生もいるだろうし」
これに納得するエンマ。ちらりと見れば、特一の女子は女子で固まって行動するようだ。
「まあ、項目順に上から埋めて行けば良いんじゃない? 特に急いでいる訳でもないし」
「ま、そうだね」
とエンマの意見にシュラとラセツが首肯する。ここら辺は寺育ちだからか、周囲で測定を行っている学生たちが、自分が龍血でどれだけ能力が向上したかで騒いでいるのに対して、特に競争意識もないらしく、穏やかだった。
「そうだな。俺たちの凄さを見せ付ける意味でも、堂々と最後に回れば良いか」
大福からしたら、エンマたちの落ち着き具合は、強者のそれに見えたらしく、これに同調するように首肯する。コーメイもそれに倣い、タガは自分を仲間と言ってくれたエンマと、行動を共にする気のようだ。
「では」
とエンマたちはまず、握力測定へ向かった。




