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わっちゃわちゃ

 朱と黒の扇子で口を隠した和美人が、にっこり笑顔でエンマに話し掛けてきた。


「むむ? その要の五芒星は!」


 エンマが扇子の要の五芒星を、目敏く見付けた事に、和美人の口角が扇子の後ろで上がる。


「悪魔のシンボル!」


 と腕を十字にするエンマ。


「……清明桔梗やわ。あんさん、ホンマに芸人なんちゃう?」


 呆れながら扇子を閉じる和美人。


「いやあ、高度な冗談に付き合って貰って、ありがとう!」


「いや、低俗やで?」


「ありゃりゃ」


 とエンマが舌を出すと、「ぶふっ」とラセツが吹き出す。これがエンマたちにとってはいつものやり取りなのだが、普段無口なラセツが吹き出した事に、他の級友たちは驚き、目を見開く。


「ふむ。訂正するわ。面白いもの見せてもろたわ」


 和美人は笑顔を取り戻し、扇子でもう片方の手の平を叩きながら、値踏みするようにエンマを見遣る。


安賀(あんが)七星(ななせ)や。陰陽師しとります」


「でしょうね」


 と得心顔のエンマ。陰陽師は明治に官職から外され、第二次世界大戦までは迷信だとして、政府から御布令(おふれ)が出されていたが、世界が征龍歴に変わり、陰陽術と龍血との相性の良さから、現在は復興の兆しを見せている職業だ。


「それにしても、孔明と仲達が揃うなんて、うちの学級、鬼に金棒どころか、鬼に神算鬼謀やねえ」


「あたぼうよ!」


 と七星のボケに対して、腕捲りするような仕草をするエンマに「ぶふっ」とどこかから声が漏れる。まあ、学級の学生たちは、どこからそれが聞こえてきたのか分かっていたが。


「ま、これからよろしゅうね、司馬くん」


「そんな、他人行儀な。もう同じ学級の仲間だし……、ななやんと呼ばせて貰おう」


 エンマの距離の詰め方に、思わずボケッと驚きに目を見開く七星。しかしすぐに「ふふっ」と笑みを見せると、


「そなら、私は司馬やんと呼ばせて貰おうか?」


「うん。よろしくねえ」


 自然な流れで渾名を付けられても、エンマに動じる様子はなく、そのままそれを受け入れた姿に、七星は中々に胆力があるとエンマを評するのだった。


「あ、ごめん、タガっち。すぐに般若心経書くから!」


 七星との話に時間を取られ、エンマはタガを放置していた事を思い出し、振り返って頭を下げる。そしてさり気なくタガにも渾名を付けていた。


「大丈夫です。そんなすぐに書いて貰わなくても、帰りまでに見せてくれれば」


 遠慮がちにエンマの謝罪を受け入れるタガ。だが、エンマはそれを許さない。


「ほらほら、ななやんにも言ったけど、俺たちもう仲間なんだぜ? 敬語はなしでいこうよ」


 とエンマはタガと肩を組む。


「え? あ? うん。ありがとう」


 くしゃりとした笑顔を見せるタガ。タガは飛び地出身と言う事で、これまで周りから色眼鏡で見られてきて、肩身の狭い思いをこの学校生活で強いられてきた。が、横にいる級友は、そんなものを軽く吹っ飛ばすような人物で、タガの心の中にあったもやもやも吹っ飛ばしてくれたのだった。


「んじゃ、ちゃちゃっと書いちゃおうかなあ。…………」


 と般若心経を写経しようとしたところで、足が止まるエンマ。


「エン兄、どうしたの?」


 それに気付いてシュラが声を掛けてくる。


「俺の席ってどこ?」


 これには学級の全員が「ああ」と言う顔をする。


「どこでも良いよ。席は余っているから」


 シュラの説明に、成程と納得するエンマ。確かに、級友たちはまばらに座っている。


「大ちゃまが1番後ろの窓際の席を陣取っているのは……」


「譲らんぞ」


 とがっちり机を握る大福だったが、エンマは、そこが良い席だと思っているのは、厨二感出ているよ。と喉まで出た言葉を飲み込み、大福の隣りにいるコーメイに視線を送ると、微妙な顔で頷くのだった。


「まあ、普通にシュラっちとラセっちの隣りに座ろうかな」


 エンマは、真ん中ら辺を陣取っているシュラとコーメイの下まで歩いて行こうとして、また動きを止める。何故なら、その通路の先に犬が居座っていたからだ。体長が150センチはあろう大型犬だ。雪灰色をしたその大型犬はお座りの姿勢を崩さない。思わず教官である戸隠の方へ目を向けるが、特に注意する様子もないので、ここに犬がいても問題ないのだろうとエンマは意思を汲んで、犬に近付いていく。


 するとしっかりお座りをしている犬の横の席に、少女が座っている事に気付いた。赤茶髪を三つ編みにした大人しそうな少女で、しかもその肩には(ふくろう)が留まっている。柄は猫で言えばキジトラとかサバトラのような柄で、立派な眉のように張り出した羽毛の下の瞳は鋭い。


「何だ人間?」


 エンマに話し掛けてきたのは、何と梟の方だった。鋭い眼光で睨んでくる梟に、これまた驚き目を見張るエンマ。


「こら、コタンコㇿ! 相手が驚いているじゃない!」


「ふん。チセへいやらしい視線を向けてくる向こうが悪い」


 と首を後ろへ向ける梟。それに対してチセと呼ばれた少女は、


「そ、そんな、いやらしい視線とかっ……!!」


 火照る顔に両手を当てながらエンマを見遣る。が、エンマの方はピンときていないようで、首を傾げるばかりだ。それを見て脈なしと判断したのだろう。俯くチセ。


春楡(はるにれ)チセです。北海道出身です。こっちのシマフクロウがコタンコㇿで、こっちのエゾオオカミがイオマンテです」


 と恥ずかしそうに自己紹介するのだった。


「そっか! よろしくチセちー!」


「ち、チセちー!? ふ、ふふふっ……」


 エンマに渾名を付けて貰った事が嬉しいのか、俯きながら肩を揺らすチセ。それに呆れて溜息を吐くコタンコㇿ。


「イオマンテもよろしくな! おお、これが狼の毛皮かあ」


 とエンマがイオマンテの顔をわしゃわしゃすると、イオマンテは気持ち良さそうに目を細め、腹を丸出しにする。そしてその腹もわしゃわしゃするエンマを見て、驚くチセとコタンコㇿ。


「何をしておるイオマンテ! チセの眷属たる誇りを失ったか!?」


 怒鳴るコタンコㇿの事などまるで気にせず、イオマンテは腹丸出しで嬉しそうにしている。


「凄いですね」


「え? 何が?」


「イオマンテは警戒心が強いから、私以外には触らせないんですけど……」


 とのチセの言葉に、目下、腹をわしゃわしゃされているイオマンテに視線を移しつつ、首を傾げるエンマ。


「私も警戒されて、触れんかったわ」


 七星が前の席からそんな事を言ってくる。


「エン兄って、昔から犬には懐かれるんだよねえ。猫は逃げるけど」


 シュラの言葉にジト目を向けるエンマ。


「そんな目をされても、エン兄が犬派でなく猫派だからって、事実は覆らないよ」


 と肩を竦めるシュラに、「ぶふっ」とラセツが吹き出すのだった。


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