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知らない天井

 パチリと目を覚ましたエンマが最初に思った事は、知らない天井だった。


 むくりと身体を起こせば、そこが6床のベッドが並ぶ大部屋であり、鼻をくすぐる消毒臭から、恐らくここは病室で、自分が一番窓側のベッドで病衣を着て寝かされていた事を知った。


(格子窓? 病院から脱走しない為か?)


 窓を見ればがっちりと鉄鋼で組まれた格子が、病院のイメージと似合わず、首を傾げる。そんなエンマの耳へ、複数の小さな声が鼓膜を揺らす。


 顔を窓から反対側、入口の方へ向けると、小さな子供たちが、エンマの様子を覗っていた。しかしエンマを釘付けにしたのは、ここは小児病棟なのか? とかそんな些末な事ではなく、子供たちの風貌が普通と違うからだった。


 髪の色が青や赤、紫、緑など鮮やかなのはまだ可愛い方で、ある子供には額から角が生えていたり、またある子供の皮膚には鱗が貼り付き、またある子供は瞳が金や銀や虹色で、縦に割れ目が付いている。それは明らかに龍血を注入された人間を示すサインであり、しかも身体に変化があるとなると、かなり強力な龍血を注入されている事を示唆していた。龍血の注入は15歳からと定められている現日本国において、あり得ない光景に戸惑うエンマ。


 暫く互いに凝視し合うエンマと子供たち。そんな状況を打ち壊すように、廊下の方から大人の女性の声が聞こえてくる。


「どうしたの? みんな?」


 その声に対して振り返った子供が、「お兄ちゃん、目を覚ました」と告げる。


「本当?」と廊下から顔を出したのは、長い髪を首の後ろでまとめた看護師であった。


「良かった。目を覚ましたのね?」


「はあ。えっと〜〜」


 今自分がどんな状況に置かれているのか分からず、困惑しているエンマに、看護師は安心させるように笑顔を振り撒き、


「目が覚めてこれじゃあ、訳が分からないよね? 今、先生呼んでくるわね」


 とそれだけ告げて、看護師は引き返して行ってしまった。そして残されるエンマと子供たち。またにらめっこが始まった。


 ◯ ◯ ◯


「ルリ先生、例の患者さんが目を覚ましました」


 研究室を想起させる診察室で、パソコンと難しい顔でにらめっこをしている、青縁の眼鏡を掛けたまだ若い『ルリ』と呼ばれた女性医師に、先程の看護師が声を掛ける。


「本当? 良かったわ。最悪目覚めないかと思っていたから。すぐにそっちへ行くわね」


 振り返った女性医師は、心底ホッとしたように破顔し、直ぐ様立ち上がってエンマのいる病室を目指す。それに付いていく先程の看護師に、別の、ショートヘアの看護師が声を掛けてきた。


「何かあったの?」


「ほら、この間意識不明で運ばれてきた患者さんが目を覚ましたのよ」


「ああ、あの人工龍血一号で昏倒したって言う?」


「そう」


「ふ〜ん」


 これに思案顔をするショートヘアの看護師。その視線の先は、もぬけの殻となった診察室へ向けられていた。


 ◯ ◯ ◯


「やあやあ少年。目を覚ましたそうで、目出度(めでた)いね」


 病室に顔を出すなり、そう口にした女性医師であったが、病室に人影はなく、部屋を間違えたかと、病室の表札へ目を向けるも、表札の場所には確かに司馬エンマと記載された表札が掲げられている。これに対して看護師と顔を見合わせる女性医師。


 まさか脱走? とそんな言葉が女性医師の頭を過ぎったが、そこへどこかから聞こえてくる賑やかな声。看護師と共に女性医師がそちらへ歩いていくと、そこは遊戯室であった。声はここから聞こえてきていた。女性医師が少しだけ扉を開けて、中を覗くと、


「エン兄、オセロやろうぜ!」


「エンマお兄ちゃんは私とおままごとするの」


「ご本読んで」


「あやとり……」


 子供たちから大人気で取り合いされているエンマがいた。


「分かった分かった、順番にな。まずは……、飛行機だあ!」


 と近くの子供を頭上まで持ち上げて、遊戯室を動き回るエンマ。それにキャッキャと追従する子供たち。何ともほっこりする光景が女性医師と看護師の眼前で繰り広げられていた。そしてそんな2人に気付いて、エンマが足を止める。


「あ、えっと〜、今、お話大丈夫かしら?」


 この宴を妨げるのは、女性医師としても気が引けるが、医師にも説明責任がある。エンマに恐る恐る声を掛けた。


「俺は別に良いんですけど……」


 エンマが周囲を見渡すと、明らかに不満顔の子供たち。


「はいはい。みんなは私と遊びましょうねえ。お兄ちゃんは先生とお話があるから」


「ええ〜〜」と声を上げる子供たちであったが、直接的にこれを邪魔しようとは思わないようだ。普段からこのような状況に慣れているのが見受けられた。


「ごめんなあ。話が終わったら、また遊んでやるから」


「本当!?」


「やった!」


「わ〜い!」


 とエンマの提案に大喜びの子供たち。これは約束を破ったら、後が怖いなと思うエンマだった。


 ◯ ◯ ◯


「凄いわね? あの警戒心の強い子供たちと、一瞬で仲良しになるなんて」


 診察室へと向かう途中、女性医師がエンマに話し掛けてきた。


「まあ、地元じゃあ、餓鬼どもと遊んでばっかりいますから」


「へえ」


 それにしてもこれは一種の才能だと、女性医師には感じられた。この病院に勤めていても、子供たちに懐かれない医師や看護師をこれまで多く見てきたからだ。


「じゃあ、座って」


 診察室に着くなり、自分の椅子に座りながら、エンマに席を進める女性医師。エンマが座ると、先程のショートヘアの看護師が、2人へお茶をお出ししてくれ、それが終わるとススっと部屋の隅に引っ込む。


 何だあれ? と思うエンマだったが、今はそれどころではないと思い出し、女性医師へと向き直る。


「さて、司馬エンマくん。で合っているわよね?」


「はい」


「私は(あまね)ルリ。この国立特殊医療院で医師をしているわ」


「はあ」


 ルリの言葉がエンマの耳を素通りする。何より、何故自分がこんな場所にいるのかから理解が追い付いていないからだ。


「さて、司馬くんはどこから記憶がないのかしら?」


 ルリの問いに、記憶を手繰るエンマ。


「人工龍血を注入された後……、はもう記憶がありません」


「そう。想像通りね」


 とカルテに書き込んでいくルリ。


「君は、都内の病院で人工龍血一号の注入を受けた後に昏倒し、その原因が分からず、まず都内の大学病院に運び込まれたんだけど、そこでも原因が掴めず、龍血を研究しているこの医療院に運び込まれたの」


「はあ。そうなんですか」


「気のない返事ねえ。ここに運び込まれた時、君は死にかけだったのよ?」


「え?」


 自分がそんな危険な状態だった事を知り、しかしピンピンしている現状の為、ルリの言葉を聞いても現実感が湧かないエンマだった。


「龍血効果の抑制剤を何本も打って、ようやく安定したんだから」


「はあ、そうだったんですね。えっと〜、治療費とかどうなるんでしょう?」


 恐る恐る尋ねるエンマに、ルリは少し驚きはしたものの、首を左右へ振る。


「運が良いわね。大学病院でそのまま治療を受けていたら、何百万と払わされただろうけれど、ここは国立で、しかも研究所の側面もあるの。今回のケースは初めての事で、こちらとしても貴重なサンプルが手に入ったから、治療費は要らないわ」


「えっ!? 本当ですか!?」


 再度確認するエンマに、首肯で返すルリ。これに小さくガッツポーズをするエンマ。そしてお金の心配がなくなれば、気になるのは今回昏倒した理由だ。


「それで、俺はどう言った症状だったのでしょう?」


 エンマの問いに、ルリの顔が真剣なものへ変わる。


「それに付いて、確認しておきたい事があるのだけど、君、自分の出自がどのようなものか知っているかしら?」


 これを突かれ、普段から笑顔でいるエンマも、眉間にシワを寄せるのだった。


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