詭弁、方便、嘘万遍
「ところで……」
朝食も中頃と言ったところで、センジュがカツ丼を掻っ込むエンマ、味噌ラーメンのチャーシューを食べるラセツ、生姜焼き定食を食べるシュラを見て、マジックハンドで眉間を揉む。
「お前ら、仏僧だよな? 肉を食べて良いのか?」
単純な疑問をぶつけたセンジュに対して、エンマが、そんな事か。と答える。
「嫌だなあ、先輩。俺たちが食べているのは、肉じゃなくて花ですよ」
まるでセンジュが見間違っているかのように、ラセツとシュラも首肯する。が、センジュとカルラ、大福の顔には、「こいつら、何言っているだ?」と書いてあった。1人理由を察したコーメイが、3人に説明する。
「あれじゃないですか? 馬肉をサクラと呼んだり、猪肉をボタンと呼んだりするあれ」
コーメイの説明を聞いて、納得する3人。
「じゃあ、豚肉は何なんだ?」
センジュの質問に目を逸らすエンマ、ラセツ、シュラ。それをジト目で見るセンジュ、カルラ、大福、コーメイ。
「お得意の詭弁か」
「詭弁じゃなくて、方便です」
センジュの誤りを正すエンマの横で、
「詭弁、方便、嘘万遍」
とシュラが呟くなり、
「ぶふっ!」
とラセツが吹き出す。
「何だ、そりゃ?」
ラセツが笑った理由が分からず、センジュが胡乱な目をエンマたちに向ける。
「うちで一番偉い梅ばあ様が、エン兄を叱る時に良く言っている言葉です。「あんたはいつも、詭弁、方便、嘘万遍で周りを煙に巻くね」って」
これに口を押さえたラセツが、うんうんと深く頷く。
「何とも、エンマを良く表した成句だな。百遍じゃなく、万遍な辺りが如何にもそれっぽい」
センジュの言葉に、エンマ以外が頷く。どうやらエンマと言う人間の人物像は、ものの数分同じ空間を過ごしただけで伝わるようだ。
「酷いなあ。こんなに真摯な人間、今時見掛けませんよ?」
と自分を売り込むエンマに対して、
「確か、仏教徒が守るべき五戒とやらには、不妄語戒とか言う、嘘を吐いてはいけない戒律があるんじゃなかったか?」
とセンジュがエンマを詰める。
「ま、嘘も方便って事で」
これにはシュラとラセツもジト目である。
「ま、まあ、そんな事言ったら、龍を殺すのは、五戒の不殺生戒に当たらないのか? って話になるんですけど、そこはこの世の生き物じゃないから。って、どの宗派も見逃しているんですよねえ」
これを聞かされては、嘘も方便の真実味が増して、センジュも言い返す事が出来なかった。
「人間なんて、自分に都合が良いように、言葉を曲解する生き物ですから、こちらにどれだけ正当性があろうと、相手が納得しなければ、馬の耳に念仏ってやつですよ」
これにはその場の全員から、乾いた笑いが起こる。本当にエンマは普段軽口ばかりなのに、たまに核心を突いてくるから油断ならない。とセンジュは嘆息を漏らすのだった。
「でも、俺たちだって、本当の肉ばかり食べている訳じゃないんですよ?」
とここでエンマが言い返してきた。
「精進料理とかあるじゃないですか? あの中には、もどき料理と言って、湯葉をハムに見立てたり、こんにゃくを刺身に見立てたり、椎茸をアワビに見立てたり、有名どころだと、がんもどき。あれは豆腐と野菜を使って、鳥肉、雁を表していますね。最近では大豆ミートなんかも食べますね」
「ほ〜ん。工夫はしているんだな」
センジュの言に頷くエンマ。
「でも、うちは武芸寺なので、やっぱり身体が資本ですからねえ。なのでうちの寺では、月に2度、満月と新月の夜に、懺悔としてお焚き上げをしますね」
「懺悔なんてするのか?」
「しなければ日本語として存在しませんね」
これには、仏教に詳しくない4人も心の内で驚いていた。
「大豆ミートかあ」
様々な考え方が、それぞれの心の内で顕れる中、大福がぽつりと呟くや、寺育ちの3人だけでなく、センジュやカルラまで眉間にシワを寄せる。これに気付いた大福は、何か? と首を傾げる。
「宝来食品の大豆ミートは、うちの寺では扱っていないなあ」
言葉を選ぶエンマに対して、
「宝来食品は、征龍軍にも糧食を卸しているんだが、あの不味さはどうにかしろ」
とセンジュは直接的に大福に文句を言う。これにきょとん顔になる大福。
「え? もしかして大ちゃま、自分ん家の会社の商品なのに、食べた事ないの?」
エンマに指摘され、確かに自分はいつも家では専属の料理人による豪勢な食事しかしてこなかった事に思い至り、周りから「信じられない」と言わんばかりの顔を向けられ、何だか申し訳ない気持ちになりながら頷いた。
「はあ……」
これにはコーメイ以外の全員が溜息を吐く。
「宝来財閥は、欧州のコングロマリットと歩調を合わせて、世界進出しているから、宝来食品は味を二の次に、栄養価の高い非常糧食の生産をしているんだよ」
とカルラが説明し、実家の商品が、世間で不味いと思われている事に、ここで初めて気付き、コーメイへ視線を送ると、苦渋の顔をしたコーメイが頷く。
「そんなに、なのか?」
恐る恐る尋ねる大福に、
「普通に出回っている食品は、まあ、普通に美味しいんだけど、大豆ミートとか、非常食とか、そっち方面はそれらから見て、二段三段と格が落ちるかな」
「壊滅的だな。下手に海外と歩調を合わせたせいで、日本人の口に合わないものに仕上がっている。日本人は非常時でも、いや、非常時だからこそ、美味しいものを欲するからな」
エンマとセンジュの説明に、宝来財閥の御曹司である誇りが、ガラガラと崩れていく大福。しかし大福も、それで挫ける漢ではなかった。
「コーメイ。朝食を終えたらすぐに、父上にメールを出すぞ。メール文を考えておいてくれ」
「分かりました」
沽券に関わる問題発生に、眼の中に闘志を燃やす大福だった。




