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龍と血と…【The dragon's blood go into overdrive】  作者: 西順


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空を翔ける

「ぜえ……、ぜえ……、ぜえ……、やった! 10キロを、50分以内で走り切ったぞーー!!」


 400メートルトラックを10キロ25周終えた大福は、終えた達成感と共に、グラウンドに大の字になって寝転がる。


「おめでとう、大ちゃま!」


 と走り切った大福へ、拍手を贈るエンマ、シュラ、ラセツに、コーメイの4人。


「お……、おう。んぐっ、本当に、最後まで押してくれるとは、思わなかった。助かった」


「いやいや、大ちゃまの頑張りあっての事だよ」


 などとにこにこ顔のエンマが、しゃがんで大福の頬をツンツン(つつ)く。


「まあな。俺様だって、やれば出来るんだよ!」


 微笑ましい。頑張った大福を見遣るエンマの顔は、コーメイには慈愛に満ちて見えた。


(きっと本当に頑張ったと思っているんだろうなあ)


 そうやって皆がにこにこした状態が続いていたが、


「エン兄、そろそろ走り始めたら?」


 とラセツがエンマに、残り20キロ残っている事を思い出させる。


「ああ、そうだったな。んじゃ、ラセっち、カウントよろ!」


 エンマは完全に忘れていた。と言った感じに、ハッと目を開くと、ラセツにカウントを頼んですぐに走り出す。


「お、おい、大丈夫なのか?」


 と上体を起こしてエンマの姿を見送ろうとした大福。残り20キロ50周。ここまで10キロに50分掛かったのだ。普通に考えれば1時間40分掛かる計算だ。ここまで大福の背を押してきた分、本来の速度を出せなかったとは言え、単純計算で1時間以上は掛かる計算になる。それを危惧してエンマの姿を探したが、既にそこにエンマの姿はなかった。


「え? 何? 大ちゃま呼んだ?」


「うわっ!?」


 大福が驚くのも無理はない。前へ走っていったと思ったエンマが、後ろから声を掛けてきたのだ。


「いや? え? はや! ええ? 今、走った?」


「走ったよー。それじゃ、まだ残っているから」


 とエンマは軽い感じで駆け抜けていく。それは、大福からしたらあり得ない速度で、まだ走っている1年生や支援科の学生の隙間を、風の如く通り抜けていく。


「マジか……?」


 呆気に取られつつ、ぽつりと呟いた瞬間、エンマが目の前を通り過ぎていった。


「大ちゃま、ここだと邪魔だから、向こう行ってようぜ」


 未だに信じられない光景に、目が離せない大福の脇の下を、シュラとラセツが抱えて、トラックから離れた場所へ移動させる。


 ◯ ◯ ◯


「…………」


 エンマが走る姿に、その場にいる誰もが目を奪われていた。『駆ける』と言うより、『翔ける』と言う表現が適当なその姿は、鳥が低空飛行するかのようで、風を伴い、空を翔けるその姿は、心を圧倒する程に美しかった。


「何だあれ? 空飛んでいるみたいだぞ?」


 大福の呟きに、シュラが苦笑する。何がおかしいのか、と大福はシュラへジト目を向けた。


「ああ、悪い。別に大ちゃまを笑った訳じゃないんだ。今、エン兄がやっているのは、円月流・歩法━━羽撃(はばたき)と言ってね、歩法━━浮羽を連続して行う技なんだけど、空を飛んでいると言うのは、言い得て妙だから。良く観察しているなあって」


「そうだったのか……」


 羽撃と言われれば、それこそ言い得て妙だ。と大福は思った。正しく今のエンマは空を羽撃いている。それ程に地に足を付けている時間は短く、殆ど空中にいるのだ。


「と言うか、あんな速度で走っているが、20キロをあの速度で走り切るつもりか?」


「ぶふっ」


「くくっ」


 大福の素朴な疑問に、ラセツとシュラは笑いを漏らす。


「そんなにおかしい?」


 自分の主を侮辱されたと感じたコーメイが、不快感を目に乗せて、2人に詰問する。


「いやあ、だって、地元にいた時は、2000メートル級の山、1万5千段を超える石段を、往復10回ダッシュが、日課だったからな。まさか天下の第一特別高等学校の早朝ランニングが、たった10キロとか言う温いものだとは、こっちが思わなかったよ」


 シュラの説明を聞いて、大福とコーメイだけでなく、その周りで耳を傾けていた学生たちまで驚愕に固まる。


「温過ぎて、このままだと身体能力が落ちると思って、放課後走り込みするのが日課になっちゃたよね?」


 とラセツはシュラに同意を求め、それに対してシュラが首肯した。確かに、この2人が放課後に走っている姿をコーメイは良く見掛けていたので、本当なのだろう。と当たりが付いた。


 などと走り終えた面々で話しているうちに、


「ラセツ、もう50周いったんじゃないか?」


 とシュラがラセツへ振ってきた。それにハッとなり、ラセツは半自動的にカウントしていた腕時計を見ると、既に52周となっている。


「エン兄! もう50周超えている! 終わり終わり!」


 トラックの反対側にいたエンマに向かって、ラセツは大声で教えた。


「え!? もう!? 分かった!」


 既に50周走り終えていた事に驚いたエンマだったが、なら終わらせよう。とトラックを戻ってきたところで、最後に側転からバク転、更にバク宙2回転をして、シュタッとスタートラインを踏んだ。これには学生たちから拍手が上がる。


「どうもどうも〜」


 と拍手に応えながら、シュラとラセツの下へ歩いていくエンマ。


「お疲れ〜」


「お疲れ様」


「いやいや、これくらいで疲れる鍛え方してないだろ?」


 シュラとラセツの歓迎に、苦笑するエンマ。これには大福とコーメイは閉口してしまう。エンマの息がまるで乱れていないところから、それが嘘ではない事が近くにいる2人には分かったからだ。


「さてと……」


 30キロ走り終えたエンマは、丁度ランニング終了のチャイムが鳴る中、学生会長の仁々木と、寮長である菅原の下へ足を運んだ。


「罰走20キロ終わりましたよ」


「…………」


「…………」


 報告したエンマに、2人は掛ける言葉がなかった。


「それにしても非効率ですね、この早朝ランニング」


「何だと! この早朝ランニングは、創立以来連綿と続いている修練だぞ!」


 これには聞き捨てならない。と仁々木が憤る。


「だって、10キロ20キロって距離と、1時間って言う時間制限が付いていたら、それに合わせて、一定の体力までしか付かないじゃないですか。実際お2人は、さっさと20キロ走り終えて、残った時間休憩していた訳ですし。それなら、10キロを最低ラインとして設定して、1時間丸々、終了のチャイムが鳴るまで走り続けて、20キロで終わりにせず、30キロでも40キロでも、自分の限界まで走り込みをする方が、建設的だと思いますけど?」


 これには仁々木は口をあんぐり開けて、何も言い返せない。このランニングが伝統あるものであるのは確かだが、エンマが言ったやり方の方が、確かに体力を付けるのには合理的だからだ。対して菅原は、


「…………はあ。司馬、君の今の意見、下級生からの上申として、教官らに話を通しておくよ。通るかどうかは分からないけどね」


「菅原!?」


 仁々木が驚く横で、菅原はとりあえずこの場を切り上げようと、エンマの申し入れを教官たちに伝える事を約束すると、


「全員、朝食の時間だ! 走り終わった者は、すぐにこの場から立ち去り、制服に着替えて寮の食堂に向かえ!」


 菅原はこの場でのエンマの突撃に、驚いて立ち尽くしている学生たちに解散を指示し、これに我に返った学生たちが、千々に寮へ戻っていった。


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