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杜黙詩撰

(ふう。これで洗濯物はオーケー)


 脱衣所の洗濯機にセンジュの洗濯物を突っ込んだエンマは、まだまだやる事が多い。と次に寮監室へ向かった。


 1階の寮監室のドアホンを鳴らすと、すぐに返答がある。


『はい』


「先程は制服ありがとうございました。司馬です」


『あれ? 司馬くんの方から来ちゃたな』


 ん? とまるでエンマに用があったかのようなウカの発言に首を捻るエンマ。寮監室からは誰かが動くような気配があり、すぐに寮監であるウカがドアを開けた。


「はい、何か用があるのかな?」


「ゴミ袋ってありますか? あと雑巾と掃除機も。バケツもか。ああ、それから、俺のベッドに布団がないんですけど。それと洗濯かごってありません?」


「ああ、布団か。ゴミ袋はここにあるけど、掃除機は各部屋に置いてあるはずだよ。布団と洗濯かごはリネン室だね。雑巾はうちの学校では伝統として、使い古したタオルを、それぞれが雑巾に縫って使う事になっているんだ。バケツと一緒に用具室にあるから、一緒に行こう。どちらも鍵を掛けているからね」


 とウカは寮監室に引き戻ると、ゴミ袋を指定の場所から持ち出し、それと自身の机の上から、懐中電灯と、何やら小箱を手に取り、エンマのところまで戻ってきた。


「待たせたね、行こうか」


「いえ、全然」


「そうかい。じゃあこれ、ゴミ袋と、あとこっちも」


 ウカはエンマにゴミ袋と、先程手にした小箱を渡してきた。


「これは?」


 ゴミ袋は分かるが、小箱の方は何なのか分からず、首を傾げながら、エンマはウカに尋ねる。


「盾鱗徽章だよ」


「じゅんりんきしょう?」


 名前を聞いてもそれが何なのか、エンマには分からなかった。とりあえず、小箱を開けてみると、中に入っていたのは銅で出来た盾の形をした小さなバッジであった。


「制服には、必ずそれを装着しておく事。それは軍事随行資格を持っている証明だからね」


 軍事随行資格。先程部屋に戻る時に、センジュが話していた資格だ。


「俺、資格試験的なものを受けていないんですけど、良いんですか?」


「確かに異例の待遇だけど、司馬くんは既に龍との戦闘経験があるうえに、それを撃破しているからね。随行資格としては充分と、軍は判断したんだろう」


 成程、そう言う事もあるのか。とエンマは小箱を下ジャージのポケットに突っ込んだ。


「じゃあ、行こうか」


「はい」


 ウカが懐中電灯で廊下を照らしながら、2人はリネン室へ向かった。


 ◯ ◯ ◯


「ありがとうございました」


 同じく1階にあったリネン室と用具室で、布団一式と洗濯かご、使い古したタオル、バケツを手に入れたエンマは、ウカに礼をして、用具室を後にする。


(しかし、1階から布団を持ちながら3階の部屋まで戻るの、結構めんどいな)


 などと心の中で愚痴りながら、布団の上に置いた洗濯かごやバケツのせいで、更に視界が限られている中、エンマは3階の部屋に戻っていった。


 ◯ ◯ ◯


「今、戻りましたあ」


 エンマが部屋に戻ってくると、センジュは顕微鏡とにらめっこをしている最中だった。


「おう、お帰り。洗濯はもう終わったのか?」


「いえ、とりあえず、俺の布団を貰ってきたので、これから洗濯物を取りに戻ります」


 布団? とセンジュが振り返ると、エンマが2段ベッドの上に、セイヤと持ってきた布団一式を投げ入れている。


「そうか、布団もなかったのか」


「ええ」


 今は布団を敷くのは後にして、洗濯物を取りに戻ろうと、エンマはローテーブルにゴミ袋と徽章の入った小箱を置く。


「その小箱は?」


 それを目敏く視界に捉えたセンジュが尋ねてくる。


「盾鱗徽章です」


「え? 何でもう? 1年と言っても、早くても5月の中間テストの成績次第だったはず」


 そうなのか。とエンマはこの徽章の通常入手ルートを知る。そして、センジュなら事情を知っているから、話しても問題ないだろう。と経緯を話す事にした。


「この間の龍神教によるテロの時に、俺も龍と戦闘を経験しているので、その功績で貰えたみたいです」


「成程な。戦場へ向かう資格を、功績として与えるのはどうかと思うが、それだけの活躍をしたと言う事か」


 センジュは軍によるこの行動に思うところがあるようだが、その思考はすぐに別の疑問へと上書きされた。


「エンマは、この間のテロで、兵等級の龍を倒していたんだよな?」


「? はい」


「姉者から送られてきた資料に目を通したのだが、分からない部分が多くてな。こっちの観察が一段落したら、戦闘の実技を見せて貰って良いか?」


「はい、分かりました」


 素直に返答するエンマに対して、センジュは疑いの眼差しを向ける。センジュからしたら、この眼で見るまで、あの資料は信じられない内容だったからだ。人工龍血一号程度の強化で、50匹以上の兵等級の龍を1人で屠ったとか、更に三ツ目まで倒したとか、剣がエンマの使用に耐えられずに溶けたとか、その他にも色々突っ込みたい部分の多い資料だった。姉の事は信用しているが、この眼で見るまで、あの資料の信用度は保留してある。


「じゃあ、洗濯物取りに行ってきますね」


 そうとは露知らず、エンマは大浴場へ戻っていった。


 ◯ ◯ ◯


 乾いた洗濯物を持って部屋に戻ってきたエンマは、ローテーブルで洗濯物を畳み終えると、下段ベッドのベッドメイキングを終え、


「洗濯物って、どこに仕舞えば良いんですか?」


 とセンジュに尋ねた。


「ベッドの下だ」


「ベッドの下……」


 確かに、下段ベッドの下には、引き出し収納が2つ並んでいた。それらを引くと、中にはセンジュの着替えが無造作かつ乱雑に散らかっている。いかにも取り出して、その後放置したままなのが丸分かりである。それに対して、エンマは今日何度目かの嘆息をこぼしながら、その着替えも畳んでいく。


(何で両方の収納使っているかなあ。着替えとかそんなにないんだから、片方で良いのに)


 とエンマはセンジュの着替えと先程畳んだ洗濯物を片方に収めると、もう片方に自分が持ってきたジャージや書生服などの着替えを収める。


(さて、次は部屋の掃除だな)


 そう意気込んで部屋を振り返るも、床が見えない有り様に、既に心が折れそうになる自分の心を、何とか奮い立たせ、まずはゴミの始末を、とゴミ袋を広げた。


「そう言えば、部屋に掃除機があるって寮監さんが言っていたんですけど、どこですか?」


「掃除機? そんなのこの部屋にあるのか?」


「ええ……」


「あったっけ?」ではなく、「あるのか?」はもう、最初から部屋にあるのを知らない人間の言い分だ。これに色々言いたくなるも、それをセンジュにぶつけたところで、掃除機が見付かる訳でもないと考え直したエンマは、まず先に、ゴミを処分するところから始めた。


 ◯ ◯ ◯


「何で全部飲まずに、どれもちょっとだけ残しておくんだよ」


 3階の共有トイレで、ペットボトルの中を洗いながら、流石にエンマもあの部屋の惨状と、センジュのだらしなさに、愚痴が口を衝いてしまった。それに対して、「はあ……」と溜息をこぼす。


(誰も見ていないからって、他者の悪口を言うなんて、まだまだ俺も修行が足りないなあ。六根清浄(ろっこんしょうじょう)、六根清浄)


 そう心を落ち着けながら、ペットボトルのラベルを剥がしつつ、ゴミ袋にペットボトルを次々入れていく。


 ◯ ◯ ◯


「度々すみません、司馬です」


『どうしたの?』


「ゴミってどこに出せば良いんでしょうか?」


 再度寮監室へ舞い戻ったエンマが、ドアホン越しに尋ねると、すぐにウカが出てきた。


「……凄い量だね」


 エンマの後ろに、20袋はあるパンパンのゴミ袋を見て、流石に呆気に取られるウカ。


「すみません、夜分遅くに」


「良いよ。ここの学生は、軍事随行なんかもあって、指定時間にゴミ出し出来なかったりするから、ゴミは何時に出しても良い事になっているんだ。こっちだよ」


 とウカは廊下に置かれたゴミ袋を両手で2つずつ持ち、エンマを先導する。


 ゴミ処分場は、隣接する男子寮と女子寮の丁度中間にあり、燃えるゴミや燃えないゴミ、プラスチックや粗大ゴミなど、区画分けされていた。


「ふう。これで全部かな?」


「ありがとうございます。手伝って貰って」


「いや、あの部屋はどうにかしないといけないと、こちらも思っていたからね。いくらセンジュくんが特待生とは言え、ここまで放置していたこちらにも非があるから」


 ウカはセンジュの境遇に同情し、その行動を見逃していた自分を恥じていた。


「ああ、それとすみません、掃除機が見当たらないんですけど?」


「本当に? 新しく掃除機を渡すのは問題ないけど、掃除機は寮の備品だから、なくしたなら、反省文は出して貰わないと」


 これは看過出来ない話だ。ここは軍学校であり、それはつまり国立の施設である事を指す。つまり国民の税金で運営しているので、備品の紛失は、たとえペン1本であっても厳しい処分が下される。


「まあ、まだ床が見えるようになったところなので、もしかしたら部屋の掃除を続けているうちに、見付かるかも知れませんけど、その為には掃除機が必要と言う悪循環でして……」


 このエンマの指摘には、頭痛がしてくるウカだった。


 ◯ ◯ ◯


「お帰りー」


 部屋のドアが開いたのを感じて、センジュはパソコンとにらめっこしながら声を掛ける。


「先輩、掃除機なくしたので、先輩に反省文書かせるように、寮監さんに指導を受けたんですけど」


「ええ? エンマ代わりに書いといて」


 振り返りもせず、センジュは自分の身代わりを立てる。


「こうなるだろうと思ったよ」


 エンマの声でない声にドキリとして、センジュが振り返ると、スティックタイプの掃除機を持つエンマの横に、ウカが立っていた。その表情は夜叉や般若もかくやと言う、怒りに満ちている。そして横のエンマは、自分は悪くありません。とでも示したいのか、センジュから目を逸らしている。


「まずは、こっちに来て貰おうか」


「……はい」


 ウカの静かな声が、逆にウカがどれだけ怒っているかを表していて、これに反抗するのは愚策と諦めたセンジュは、来客用のローテーブルへ移動した。そしてこんこんとウカから説教されながら、反省文を書く羽目になったセンジュ。その間に、エンマは部屋に掃除機をかけていく。


「ウカさん、掃除機見付かりました。備品棚の下段の奥に押し込められていました」


 これにホッと一息漏らすセンジュだったが、何故そんな場所に掃除機があったのか、ウカに説明を求められ、またも言葉に窮するセンジュだった。


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