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作務

「…………」


 エンマが2階の大浴場までセンジュの浮遊椅子を押しながら連れていくと、見回りをしていた寮監のウカが、何とも奇妙なものを見たような顔で2人を見遣る。


「…………これから入浴かい?」


「そうですけど? この時間に入浴しては駄目とか、規則があるんですか?」


 現在21時30分である。


「いや、入浴は18時から深夜1時まで可能だよ」


 これに驚くエンマ。確かこの寮の消灯は22時だったはずで、それ以降にも入浴出来るとは思っていなかった。


 それにしてもウカの視線が気になる。センジュをガン見とはこの事だろう。余程センジュが風呂に入るのが珍しいと言う証左だ。


「じゃあ、俺たちこれから入浴しますね」


「そうか」


 エンマに対して、そう生返事をしたウカは、見回りに戻っていった。


「何だったんでしょう」


「…………さあな」


 疑問を口にするエンマに、センジュの反応も素っ気ない。そこは少し気になったが、エンマはとりあえず現在の問題である、センジュを風呂に入れる。と言う目的を達成させようと、大浴場の脱衣所に足を踏み入れ、靴を脱いで靴箱に仕舞うと、


「さっき案内されて驚いたんですけど、ここの大浴場って、洗濯機が併設されているんですよねえ。しかも時短機能に高速乾燥機付きの超高性能なやつ。なので風呂に入っている間に、服を洗濯しちゃいましょう」


 そうやってさっさと裸になろうとするエンマを、センジュはただ入口からボーッと見詰めているだけだった。


「どうかしたんですか? まさかここまで来て、風呂拒否はないですよねえ?」


 朗らかにセンジュをからかうエンマだったが、センジュの方は観念したような達観した顔になる。


「1人で入れないんだよ、風呂」


「は? 子供じゃあるまいし」


 思わぬセンジュの発言に、冗談だと思ってそう返すエンマ。


「俺は龍血を注入した拒否反応で、首から下が動かないんだ。強力な龍血だったから、こうして椅子での移動なんかは可能なんだが、風呂には1人で入れないんだよ」


 己の恥を晒すように、力なくそれを口にするセンジュだったが、


「ああ、そうなんですね。それでそんなおまるに乗っていたのか」


 とエンマはそれを気にする素振りなど微塵も見せず、まるでそれがずっと前から当たり前であったかのように、センジュの浮遊椅子を押しながら、着替えさせる為に脱衣所の中へ連れていく。


「この椅子、マジックハンド付いてますけど、遠隔操作とか出来ないんですか?」


 尋ねながらエンマは、センジュを浮遊椅子からゆっくりと自分の肩に身体を預けるように移動させ、担ぐような形から、脱衣所の中央にあるベンチへと優しく横たわらせる。


「…………その機能を付けて戦場に行った時に、龍の龍気に充てられて、操作出来なくなってから、その機能は削除したんだ」


「そうなんですねえ。服脱がしますねえ」


 エンマの受け答えに憐れみはなく、ただ淡々とセンジュのジャージを脱がせていく。裸に剥かれたセンジュの身体は、骨と皮と言っても良い細さだった。その下半身に脱衣所に常備されていた、清潔なタオルを掛けると、


「ちょっと待ってて下さい。俺も脱いで一緒に洗濯しちゃいますから」


 言ってエンマは素早く裸になると、書生服をセンジュのジャージと一緒に洗濯機に入れた。


「お? この洗濯機、洗剤いらないタイプかよ? 贅沢過ぎない? いや、洗剤の量も莫迦にならないのか」


 などとぼやきながら洗濯機を操作し、己の下半身にタオルを巻くと、「失礼します」と同年代からしたら軽過ぎるセンジュを、お姫様抱っこのように抱えて、浴場へと足を踏み入れた。


 浴場に他に人はおらず、ずらりと並ぶ浴場の鏡前の1つに陣取ると、センジュの身体を自分に預けるように椅子に座らせ、団子にされていたセンジュの髪を解き、


「くっさ!」


 と、絶対何日も洗っていない髪の臭いに顔をしかめるが、センジュはされるがままで、これには無反応だ。


「じゃあ、髪から洗っていきますね。熱かったら言って下さい」


 エンマはそれでも淡々とした日常のように、シャワーからお湯を出すと、少し(ぬる)めくらいの温度で、まず、センジュの身体を軽く濡らしてから、髪にシャワーを当てていく。


「うっわ、髪キッシキシなんですけど? マジ風呂入ってなかったんですね」


「…………仕方ないだろ」


「まあ、そうですけど、これまでどうしていたんですか?」


「寮監が、手が空いている時に入れてくれていた」


 成程。と納得するエンマ。それなら大浴場の前でウカが変な顔になったのにも頷ける。


「うおお! 全然シャンプーが泡立たない!」


 長髪であるセンジュの髪に合わせて、浴場に配置されているシャンプーを多めに容器から出したが、それでもエンマの髪を泡立てるのには足らず、計3回シャンプーをする事になった。


「めっちゃ髪が抜けているんですけど。センジュ先輩、絶対将来ハゲますよ」


「煩えよ」


 ここまでくると、センジュの方もこの状況に慣れてきたらしく、リンスをするエンマの軽口に、返事が出来るようになっていた。


「じゃ、流しまーす」


 そんなやり取りをしつつ、リンスを流し終えたエンマは、


「次、身体洗いますねえ」


 とまるでいつものやり取りであるかのように、センジュの腕からエンマは洗っていく。右腕、左腕、背中を洗い、


「顔洗いますから、目を瞑って下さい」


 と慣れた手付きと共に声を掛け、センジュの顔、胸、腹と丁寧に洗っていく。


「次、下半身でーす」


「……おう」


 もうどうにでもなれ。と言った心境のセンジュ。


「ほほう。センジュ先輩、身体に見合わず良いものをお持ちで」


「身体に見合わずとはどう言う事だ?」


 流石にそこへは言及する。


「いやあ、同門にラセツって身体のデカいやつがいるんですけど、そいつは……」


「いや、何を同門の恥部をお前が晒しているんだよ」


「てへ。そいつ今年この学校に入学したんで、仲良くしてやって下さい」


「ええ? もうそいつに初めて会った時、そう言う風にしか見れねえよ」


 と頭を抱えたくなるセンジュだったが、その腕は主人の言う事を聞いてはくれない。


「はい。じゃあ、身体洗い終わったので、お風呂行きます」


 莫迦な世間話をしている間に、エンマはセンジュの身体を洗い終え、その長い金髪をタオルで巻き終えると、もう一度お姫様抱っこをして、センジュを浴槽へ連れていく。風呂の温度が40℃であると確認すると、


「それじゃあ、足から入れていきますね」


 と慎重にセンジュを足から浴槽へ浸からせていく。


「温度大丈夫ですか?」


「少し熱いな」


「先輩、身体を動かさないからか、体温低いですもんねえ。熱過ぎないなら、このまま胸までいきますねえ」


 エンマはセンジュを胸まで浴槽に浸けると、身体がそれ以上沈まないように、その両腕を浴槽の縁に掛ける。


「大丈夫ですか?」


「ああ」


「じゃあ、俺もちゃちゃっと身体洗ってきますね」


 そうしてエンマはセンジュを浴槽に放置して、自分の身体を洗いに、鏡前まで戻っていくと、5分程で全身洗い終え、


「失礼しまーす」


 とセンジュの横に浸かる。


「いやあ〜〜、極楽極楽。やっぱり久しぶりのお風呂は格別ですねえ」


 エンマは肩まで湯に浸かると、長い白髪をタオルで巻いた頭を、浴槽の縁に乗せて天井を見上げた。


「ちょっと待て。今、久しぶりって言ったか?」


「言いましたねえ」


 何を今更? とエンマは当然のように語る。


「人には風呂を勧めておいて……」


「仕方ないじゃないですか。ずっと病院だったんですよ、俺。3月にこっちに来たのに、今日の昼間に起きたら4月だし」


 これには閉口するしかないセンジュ。


「…………何か、慣れているな」


「ん? 何がです?」


 何の事か分からないエンマは、センジュの方を向いて首を傾げる。


「いや、他人の身体を洗うのに、抵抗ないんだな。と思ってな」


「ああ。田舎だと、近所のジジイが腰をやるなんて日常茶飯事ですから。そうなった時に、そのジジイが独り身の場合、お風呂に入れてあげたり、家の掃除をしたり、食事を用意したり、農作業を代わりにしたり、まあ、それも寺の修行です」


「そうなのか」


「うちは禅宗なんで、そう言う諸々の雑事を自分で出来るようになるのは『作務』、作務衣の作務と言って、きっちり仕込まれますから。それを以て地域の人たちを手伝うのは、精神修養の一環と言う名の、地域交流ですね」


「へえ、作務衣って、そこから来ていたのか。しかしお前、姉者が言っていた通りの人物像だな」


「ルリ先生が?」


 ルリがセンジュに何と自分を評したのか、心の中が少しだけそわそわするエンマ。


「底抜けの子供好きの世話好きでお節介」


「お節介って……、そうかなあ?」


「子供好きは知らんが、世話好きでお節介はその通りだろ?」


「そうかなあ?」


 などと益体もない話を続ける。


 ◯ ◯ ◯


 20分は浸かっただろうか。センジュにしたら長湯をし、もう一度エンマにお姫様抱っこをされながら、脱衣所に戻る2人。するとベンチにスポーツバッグが置かれていた。中身はこの学校の象徴である白い学ランに、シャツ3枚、制帽に、体育着と深緑色のジャージが2セットだ。


「エンマの服か。寮監だろうな。声掛けていけば良かったのに」


「本当に」


 エンマはセンジュに同意しながら、別のベンチでセンジュの身体をタオルで拭いていく。


「髪は自分で乾かすから、先に服を着せて、椅子に座らせてくれ」


「分かりました」


 センジュは、このままでは自分の世話をしている間に、エンマの身体が冷えて風邪を引いてしまうと考え、そのように指示を出し、エンマは洗濯機から乾いたばかりのほかほかのジャージを、センジュに着せていく。


「はあ。やはりここが落ち着くな」


 と浮遊椅子に腰掛けたセンジュの足を、


「折角なので、結跏趺坐(けっかふざ)で。あ、手も法界定印(ほっかいじょういん)にしましょう」


 などと勝手に坐禅の姿勢にするエンマ。


「お前なあ」


 呆れるセンジュに対して、


「いやあ、何かありがたいものって感じ出てきましたね」


 とセンジュに向かってエンマは手を合わせる。


「ご利益はないぞー。それよりお前も早く服着ろー」


 センジュは裸で自分を拝むエンマに、そう注意を促す。


「ですね。これからは毎日拝めますから」


「マジかよ……」


 などと本気とも冗談とも取れるエンマの発言に、げんなりするセンジュだった。


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