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龍と血と…【The dragon's blood go into overdrive】  作者: 西順


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ピンポンダッシュ

 セダンが向かったのは高い塀に囲われた施設。入口には警備兵の詰所があったが、味鋤が顔を出すと、顔パスでセダンが施設内に入っていく。体育館のような大きな建物が幾つもあり、それらの間を通り抜け、セダンはこれまた大きな建物の前に止まった。


 セダンから下りたエンマ、海神、味鋤を出迎えたのは、成人しているだろう20代後半から30代前半と見受けられる男女と、ここの学生らしい青年だ。彼らは見事な敬礼でエンマたち、と言うより海神と味鋤を出迎えた。


「ようこそお越し下さいました! 海神総司令!」


 クリーム色のカーディガンに灰色のスラックスを着た、20代後半と思われる男性が、敬礼のまま海神に声を掛ける。


「ああ。そんなに畏まらなくて良いぞ。俺と味鋤は付き添いだからな」


 敬礼を解かない3人に、海神は軽口でそれを解除させるが、それでも3人は指先までピシッとした気を付けの姿勢を崩さない。


(うわあ。ゴズのおっさんって、本当に偉いんだなあ)


 そんな3人の様子に、エンマは感心していた。エンマからしたら、海神は年に何回か遊びに来る、親戚のおじさん程度の認識だったからだ。


「おら、エンマ、挨拶しろ」


 海神に促され、エンマは海神の横に並んで挨拶をする。


「司馬エンマです。よろしくお願いしやーっす」


 この挨拶に半眼を向ける3人。


「よろしくお願いします。司馬くん。私はこの男子寮の寮監をしている稲荷ウカです」


 エンマを牽制するように、稲荷ウカはとても慇懃に挨拶を返した。それを察したエンマは、荷物の入った肩掛けバッグを置き、ピシッと気を付けをして挨拶を返す。


「日本海を見渡す円月山は円月峯寺から来ました、司馬エンマです。これから5年間よろしくお願いします」


 きっちり斜め45度で挨拶するエンマ。これにうんうんと鷹揚に頷く稲荷ウカ。挨拶には厳しいらしい。


「私は稲荷タマ。隣りの女子寮の寮監をしているわ。あまり顔を合わせる事はないでしょうけど、これからよろしくね」


 稲荷ウカの隣りの女性、同じくクリーム色のカーディガンに、薄茶色のロングスカートを履いた女性は、稲荷タマと言うらしい。同じ姓である事に驚き、エンマは斜め45度の姿勢のまま、器用に顔だけを上に向けた。


「まあ、苗字で分かるだろうが、私とタマは夫婦だ。寮生活では色々困る事も出てくるだろう。私がいない時は、寮長の菅原(すがわら)くんか、タマを頼ってくれ」


「分かりました」


 そう応えながら、エンマは姿勢を気を付けに戻した。そしてその視線をもう1人の青年へ向ける。


「僕はこの男子寮の寮長をしている、5年の菅原アコだ。よろしく、エンマくん」


「よろしくお願いします!」


 真っ白の学ランを着た菅原の挨拶に、また頭を下げるエンマ。5年生と言う事は最上級生だ。征龍軍特別高等学校は全て5年制で、将校を育てる軍学校である為、卒業するとそのまま少尉として軍に配属される。


「じゃあ、後はそっちの2人に任せるから、エンマ、粗相するなよ」


「ええ? それ、俺が粗相する前提じゃん」


 海神の注意に半眼を向けるエンマに半眼を向ける海神。


「いや、お前、絶対何かやらかすだろ?」


「しどい!」


 などと2人が軽口を交わす姿に、寮側の3人は何とも微妙な顔になる。海神ゴズと言えば、征龍軍総司令でありながら、前線で暴れる事も多々ある武闘派で、その名声を聞けば誰もが縮み上がる存在だからだ。そんな雲上人が、気安い近所のおじさんのように振る舞っているのは、3人からしたら、何とも不思議な光景であった。


 挨拶が終わったところで、セダンに乗った海神と味鋤を見送り、その場に残る4人。何だか微妙な雰囲気が残る。


「じゃあ、私は寮に戻るわね」


 タマはウカにそう告げると、エンマに軽く会釈して、女子寮へ戻っていった。逃げたとも言う。


「…………ああ、司馬くん。それじゃあ男子寮を案内しよう」


 ウカの言葉にエンマは頷き、肩掛けバッグを持ち上げると、先導するウカと菅原の後に続く。


「ああ、司馬くん。夕食はもう摂ったのかな?」


「はい! お高いお肉を頂きました!」


「……それは羨ましい」


 多少エンマの勢いに押されながら、ウカと菅原が食堂や大浴場、図書室、大小の勉強部屋、道場、射撃場に擬似戦闘訓練室など、主要な施設を案内していく。


「消灯は22時、朝は5時30分起床で、朝食の前 に 6時から1時間ランニングをするから、寮前のグラウンドに集合する事」


「わっかりましたー!」


 菅原の説明に、明るく敬礼を返すエンマに、何ともむず痒くなるウカと菅原。エンマの対応が、間違っている訳でもなく、指摘するのも躊躇われる微妙な線を突いてくるので、対応に戸惑っていた。


「はあ。じゃあ、最後に君の部屋に案内しよう」


 ウカは疲れたように、3階にある左右に部屋の並ぶ廊下を進む。そのどちらに自分の生活拠点となる部屋があるのかと、長い廊下をわくわくドキドキしながら、2人の後を付いていくエンマ。しかし2人が向かったのは、両側のどの部屋でもなく、突き当たりの部屋であった。


 ウカがその部屋のドアホンを押す。………返答はない。ウカが部屋のドアホンを押す。……返答はない。


 代わって菅原が部屋のドアホンを押す。……返答はない。


「おい! センジュ! いるんだろ! 部屋を開けろ!」


 部屋のドアホンを連打しながら、ドアを叩く菅原。どうやらエンマと同部屋の寮生は『センジュ』と言うらしいが、これだけ騒いでもまるで返答がない。


(凄いな)


 エンマが、感心しているのは、これだけ騒いでいるの、「何事か?」と他の部屋から誰も出てこない事だ。つまりそれは、ここではこれが平常運転である事を物語っていた。


「はあ済まないね、司馬くん。この部屋しか残っていないんだけど、この部屋の寮生は偏屈でね。勝手に部屋を改造するような輩なんだ」


 お疲れ顔の菅原の言葉を飲み込めないエンマ。軍学校の寮部屋を改造するなど、普通の神経では出来ないし、そもそも寮が認めないはず。それが認められる寮生とは、いったいどのような人物なのか、気にはなるが、開けてはいけないパンドラの(はこ)のようで、このドアを開けるのが少し怖いような、逆にちょっと面白そうな気もするエンマだった。


「とりあえず君も、そこのドアホンを押してみてくれ。最悪、今夜は客室で寝て貰う事になるかも知れない事を、覚悟しておいてくれ」


 ウカの言に、それはそれで面白い体験だ。とちょっと試してみたいエンマだったが、ここでパンドラの匣を開けるのも面白そうである。


「良いでしょう。小学生の頃に、北陸のピンポンダッシュ王と呼ばれた俺の実力、お見せしましょう」


 そんな恥ずかしい二つ名、自分なら一生封印する。とウカと菅原は思ったが、そこには触れず、ドアホンの前をエンマに譲る。


「では、特と御覧(ごろう)じろ! 我が秘技! ピンポン16連打!」


 ピピピピピピピピピピピピピピピピンッッポ〜〜ン! とエンマが親指と人差し指を合わせた独特な構えから、連続してドアホンを鳴らす。


「煩えッ!! 何しやがる!!」


 流石にこれには堪えたのか、部屋から出てきたのは、長い金髪を頭の上で団子にした、深緑色のジャージを着た男子学生で、何やら宙に浮いた丸い椅子にすっぽり収まっている。


「センジュ、お前が1回で出れば、こんな事にはなっていないんだよ」


「菅原先輩? 勘弁して下さいよ。俺だって忙しいんですよ?」


「忙しい、ねえ?」


 ちらりと覗ける部屋の中は、散らかり放題のうえ、良く分からない機器が放置されている。この部屋に他の寮生を放り込むのは、菅原としても一考に値するが、ここ以外に部屋がないので、エンマに我慢して貰う他ない。


「で? 何の用なんですか?」


「ああ。この時期に珍しい事に、1年に編入生が入ってね。それで君の部屋に相部屋して貰う事になったんだ」


「編入生? …………それってもしかして、司馬エンマですか?」


「ん? 何でセンジュが名前を知っているんだ?」


 センジュがエンマの事を知っていた事に驚く菅原だったが、センジュはそれには答えず、にんまり顔だ。


「それで? その編入生は今どこに?」


「どこにも何も、ここに……」


 と菅原とウカがドアホンの方を見遣ると、そこにエンマの姿はなかった。


「え!?」


「あれ!?」


 確かに今さっきまでそこにいたはずのエンマがどこにも見当たらず、その姿を探す菅原とウカ。ぐるりと廊下を一周すると、元来た廊下の奥、この突き当たりの部屋とは真逆にある階段から、ひょっこり顔を出しているエンマがいた。流石はピンポンダッシュ王を自称するだけあり、逃げ足はピカイチであるようだ。と菅原とウカはこちらをじいっと見詰めるエンマの姿に、呆れて溜息を漏らすのだった。


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