歩み寄れぬ雪の日
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ごうと唸るような音を立てて風が吹いた。思わず傘を窄めたせいだ。強い風に運ばれてきた雪が頬に肩にとぶつかる。眉を寄せたとて天気は変わらない。空は厚い灰色の雲に覆われていた。
長い髪は突風に吹かれたせいですっかり荒れてしまった。絡まった髪の毛を解こうと指を通す。ぎっと頭皮が引っ張られて、ますます眉間に皺が寄ってしまうのだった。
「お嬢さま、ここに居らしたのですか」
ため息混じりの声に振り返る。女中のユミがさくさくと足音を立てて此方へと駆け寄って来ていた。傘は持たず、しかし片手には見覚えのある布切れが握られている。
「このような日にお外に出られるものではありませんよ。お体に障ります」
黒い瞳がじっとわたしを見つめる。彼女から向けられるその、非難するような視線はいつものことであった。
「さあ、戻りましょう。お部屋は暖めておきましたから」
言いながら、ユミは手にしていた若葉色の襟巻きを私の首に巻き付ける。その動作に丁寧さはなく、少しの息苦しさに身をよじった。
「ユミ、苦しいわ」
「しっかり暖かくしておかなければならないでしょう。我慢なさってください」
「暖かくしたいのではなくて嫌がらせでしょう? ユミはわたしが嫌いだものね」
そう口にしたのはわざと。口を尖らせて顔を逸らす。だけど彼女がどう言葉を返すのかが気になって、目まで逸らすことはできなかった。
困らせてやりたい相手は、しかし困り顔を浮かべることもない。いつものように澄ました顔をして、そんなことはありません、と首を振るだけ。そんな反応が欲しいわけではないのに。
「さあ、もう戻りますよ」
氷のように冷たい指がぎゅうとわたしの手首を握る。歩き出したユミは振り返ろうともしない。
「ねえユミ、どのくらい探していたの」
「さあ、わかりませんね」
嘘だ。ユミは時間に厳しい。だからわからない、なんてことはないに決まってる。
「お嬢さまはすぐお部屋を抜け出してしまいますから。探し回る時間なんていちいち数えちゃいませんよ」
わたしの考えを見透かしたように、ユミはそう言った。
「そう。いつも探しに来てくれるものね、ユミは」
「それが仕事ですから」
これは本当。ユミはきっと、ちっともわたしのことなんて好きじゃないんだろう。
だからいつだって、わたしを部屋に連れて帰る時は少しもわたしの方を見てくれない。見てほしいから、見つけてほしいから逃げ回っているのに。
「ユミはきっとモテないわね」
「……は?」
立ち止まった彼女は勢いよく振り返る。はっきりとした目は鋭く吊り上げられていた。だけどそんなのちっとも怖くなんてない。もっと怖いことを、わたしは知っているから。
「だからずっとわたしの側に置いておいてあげるわ」
「……それはどうも。余計なお世話です」
文句ありげな声でそう言って、再びユミは歩き出した。もう少し。もう少しだけ今が続けばいい。
ユミに睨みつけられるのなんて怖くない。
そんなことよりも、ユミがわたしを見てくれなくなることの方がずっと怖い。だからもう少し、もう少しだけわたしを悪い子で居させてほしい。その間だけはきっと、ユミはわたしを見てくれるから。