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2000②誰より大胆不敵に笑う

 春になり、私たちは2年生に進級した。


 2年生は1クラスを除いて新校舎に教室がある。新しいクラスは、私とマユミが1組。隣の2組が丹羽、カホ、トンボくんとタケ、3組がミノリとアイ、本間は4組だった。そして大浦は、唯一旧校舎に残ることになる5組だった。


 2年生になった私の新しい担任は、月岡先生といった。彼は歴史の先生で物腰も穏やか、生徒からの人気も高い先生で、私は当たりくじをひいた感覚でとてもうれしかった。

 新しいクラスも前と比べると格段と居心地の良い場所になった。男女とても仲が良く、どの教科の先生も面白く、授業も楽しかった。

 休み時間には男女関係なく集まって会話したりゲームをしたり、1年生の時と打って変わって早期に、完全にクラスになじんだ私を、1年から同じクラスだった数名の子たちはどう思っていただろう。聞いてみたい気持ちもあったが、聞かないでおくことにした。

 一方で教師たちは驚いた様子で見ていたらしく、月岡先生に「おとなしい子だと思っていた。こんな笑う子だったと知らなかった」と評された。文面だけだとひどいなあ。

 唯一の気掛かりは同じクラスになったある女子だった。やんちゃでかなりのトラブルメーカーである。


 まあ、付かず離れずでいよう。


 新学期初日の休み時間、廊下で待ち合わせていたミノリに歯の矯正器具を指摘され、一通りの経緯を説明していると、男子トイレから出てきた同じ小学校出身の男子2人組と目が合った。

 彼らは私を見るなり、

「おい、その歯の武器はなんだ!?」

「その武器を外せ!」

と、ニヤニヤしながら絡んできた。


―――ああ、やっぱり絡んでくる馬鹿がいた


 面倒だと思いつつ、「うるさいな」と返した途端、横にいたミノリが大きい声で

「何幼稚なこと言ってるの!恥ずかしいなあ」

と発すると、周りにいた生徒たちが一斉に彼らの方を向いた。

 彼らはミノリからの思いがけない反撃と周囲からの目線に耐えられなくなったようで、何も言わずにその場を立ち去った。


 そして唖然とする私にミノリは何事もなかったかのように

 「私、ガッサンと同じ組だったよ」

と言った。

 ガッサンとは小学校の時に、私とミノリと同じクラスだった才女である。才女でピアノや英語が得意で、私のように演じたものではなく、絵に描いたような正真正銘の優等生である。

 ただ、ややプライドの高いところがあり、周りを見下すような態度をとることもあったが、私は単純で、賢い人はそんなもんだろうと思っていた。そんな彼女の呼び名がガッサンなのは、完璧な彼女が早口言葉を失敗して「ガッサン」と言ったことが由来であるという。何をガッサンと言ったのかは残念ながら知らない。いずれミノリが聞きだしてくるかもしれない。


 ミノリは私にカラフルパワーの新曲が7月に発売することが芸能雑誌に載っていたと楽しそうに話した。

 お小遣いでCD買えるかな?最近500円の縦長のじゃなくて、1000円の正方形に近い形のCD多いから、おねだりするしかないのかなー、なんてことを話していたら予鈴が鳴って、「じゃあ、部活でね」と言って別れた。 


 次はロングホームルームの時間だ。

 教室に入ろうとしたときに、隣のクラスになったカホから呼び止められ「手紙交換をしよう」と誘われた。

 手紙交換というものがよくわからないが、急いでいたこともあって、流れに任せて了承し、カホと秘密のやり取りをするようになった。と、いっても内容はアニメやテレビドラマ、漫画の話が中心で、どのキャラクターのどこが好き?とかイラストを描いたりとかいうようなもので、小学生の時に少しだけはやった交換日記の手紙版、といったものだった。違いはノートでなくて手紙であることと授業中にこっそり書いていたことくらいだった。

 その中にカホも5月に歯の矯正を始めることが書いてあった。私は参考になればと思い、自分の経験をできる限り手紙にしたためた。当然ながら後悔していることは伏せた。

 基本的には自分のクラス以外の教室には入ってはいけない決まりだったので、手紙を書いたらカホのクラスの入り口に行き、カホを呼んで渡していた。カホが気づいてくれなくても、入り口近くの席のトンボくんに声をかけて手紙を預けたらカホに渡してくれていた。


 トンボくんとは、半年前の出来事が嘘のように自然と会話できるようになっていた。彼の髪は元通りの長さに戻り、私は半年近く前にこの人に告白されたことがあるということをすっかり忘れていた。

 彼と丹羽は2年でも同じ組だった。特に話を聞かないし噂もないので、変わらず付き合っているのだろうと思っていた。ある日部活終わりに一人で帰ろうとするトンボくんに、丹羽と一緒に下校しないのかと(自分的には)さりげなく聞いてみたら、「うーん・・・」と言っていた。


 あの二人はよくわからない。そもそも男女の関係は、漫画でしか知識のない私にわかるわけがない。放っておくに限る、そう思った。


 カホの手紙は、華やかで明るいイラストが添えられていた。その中で木曜日の夕方にやっているアニメが面白いという情報を得た。

 ここでカホのことを簡単に説明しておく。彼女は一人っ子で、裕福な家で大切に育てられた、いわばお嬢様である。(彼女は細身で大きな眼鏡をかけ、強いくせ毛の見た目で、どちらかと言えば、丹羽の方が小柄で大きい瞳、黒髪ストレートヘアのいかにもといったルックスである。)

 カホは親に頼めば漫画本はもちろんアイドルグッズ、CD、服、文房具、、、ほしいものは全て買ってもらえており、我々が喉から手が出るほど欲しい最新のグッズを容易に手にしていた。そのカホの情報である。

 

 次の木曜日、ちょうど部活を休んで歯医者に行く予定になっていた。私は歯医者で診察を受けて、大急ぎで自転車をこいで帰宅した。

 中2になってからは一人で下校しても何も言われなくなった。というか、マユミの塾や私の通院等で、常にマユミと一緒に登下校できない状況になっていた。そうなると一人で帰らざるを得ないのだから、仕方ないのだ。

 

 前日、小学生の妹にアニメの存在を説明し、もし帰るのが間に合わなければ先に見てもらうようにしていた。妹はチャンネルを合わせて、すでにリビングのテレビの前で待機していた。開始時刻の10分前に帰宅できた。よし。

 アニメ自体は4月に始まったばかりのよくある冒険ものだった。だけど、エンディングテーマで流れる原作イラストが美しすぎる。「大胆不敵に笑う」という歌詞に合わせて映るイラストは、本当に表情が強くて凛々しくて、美しい。


―――これは本当に人が手書きで描いているのか?一瞬しか流れないイラストにもかかわらず、人物の表情、筋肉の流れ、髪の毛1本1本の繊細さ、服のしわ、背景の細かさ、デザイン、とにかく全部が美しい。

 きらきらお目目の少女漫画やアニメを中心に見ていた私には、このタイプのイラストは初めて出会ったものだった。体の中に電気が走り、胸の奥が熱くなるのを感じた。


 こんなに美しい絵があるのか


 原作を読んでみたい



 エンディングのテロップで原作の本の出版社と掲載誌を確認してメモし、街で一番大きな本屋さんで作品を探した。雑誌はない。単行本が出ているかどうかわからないが一応確認することにした。出版社で区分けされた書店の棚を探して、・・・3巻だけある


 3巻を買う。普段買っていた少女漫画は1冊350~400円なのに、この本は1冊500円する。少女漫画より一回り大きいけど、中学生に500円は大きい。しかも中途半端な3巻。

 迷っていたがここは買わないと後悔する!と心に決めレジに向かった。


 原作絵の綺麗さに私はすぐに虜になった。

 エンディングの一瞬の映像では気づくことが出来なかった細かい点、洋服の裾のほつれ、手元に描かれた吸いかけのたばこや背景の雑多な路地裏、、、どこか怪しい大人の世界を見ているような謎の高揚感があった。

 他の巻も欲しい。これから街中の本屋さんを少しずつ周ってみよう。


 カホへの手紙で、3巻入手の報告をした。

 カホからの返事で、「クラスの男子が教えてくれた情報だが」という前置きで、商店街の中にある小さな書店に掲載誌が毎月5冊入荷するらしいことを知った。

 

 早く続きを読みたい。そうなると掲載誌を買うのが一番である。

 こうして、お小遣いを握りしめて書店に自転車を飛ばした。

 この作品との出会いが私の、いわゆる「中二病」の始まりなのだろう。

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