2000①変化、後悔
すでに説明した通り、世界は何も変わらなかった。だけど、年末頃から少しだけ変わり始めたことがあった。
私は少しずつクラスに馴染み始めていた。
ある女子生徒と英語の授業でペアを組んだ時、「金曜日、本屋さんにいたでしょ」と言われた。毎週金曜日は英語の塾の日で、その帰りに母親に書店で漫画を買ってもらったのだ。
「うん、9時半くらいに行った」
「私も行ったんだ。車に乗ってる姿見かけたよ」
「そうなんだ、気づかなかった」
「何買ったん?」
「え、漫画だよ。妹に頼まれた分と、〇〇って知ってる?」
私がそう言うと、彼女は食い気味に
「え!私もそれ好き!新刊出たんだ!」
漫画は世界を変えてくれる。
このやりとりがきっかけで、彼女を話すようになり、他の子たちとも少しずつ話すようになってきた。その中で私が担任に贔屓されていることが不快であることもそれとなく示したところ、彼女たちから私に対する誤解が解けたのか、休み時間に一人でいることがなくなっていった。こんなことならもっと早く話せばよかった。
こうして私の中学生生活は、ようやく明るくなり始めたのだが、この出来事の前から定期的に謎の腹痛に襲われるようになっていた。
原因は一切わからないが、わかっていることは①午後最初の授業中に痛くなりやすいこと、②トイレに行ったとて治らないこと、③微熱が出ていること、④平日、学校にいる時しか痛まないこと、である。
また、給食が通常の半分くらいの量しか食べられなくなっていた。
元々小食の家系に産まれたせいか、そこまでたくさん食べられない体質だった。だけど自分でも恐ろしいほどに食べられない、食べたくても、口に含んでも飲み込めないのだ。
家では普通に食べるし、好きな食べ物はおかわりするくらいなのに、学校や外ではなぜかのどが飲み込むのを拒否して、食べられないのだった。牛乳や汁物で流し込んで無理やり食べてみたこともあるが、そういう日は腹痛で苦しむことになった。次第に給食が怖くなった。
そのせいかもともと小柄だった私はより貧相な体つきになっていった。成長期で背は多少伸び始めていたが、体重は変わらなかった。周りの女子は、女性らしい体形に成長していたのに、自分だけヒョロガリだった。
なぜか両親には謎の腹痛のことが話せなかった。両親にあまり変なことを言うと怒られるのではないかという思いがあった。両親は私が食が細いことは体質だと言って特に気にしておらず、「背が伸び切ったら体重も増えるし、食事もたくさん食べるようになるだろう」と楽観的に話していた。
そうだったらいいのだか。
話を今年に戻そう。
雪の舞う寒い日、ナチュラルザビエルが男子生徒に暴力をふるったという噂が流れた。
その日は習熟度テストが行われる予定だったが、1年生5クラスの内の2クラスがインフルエンザで学級閉鎖になり、テストが延期になったため、午後の授業は登校している3クラスで体育館に集まってなぜかドッジボール大会をすることになった。その最中、私は同じクラスの子たちと担任に腕をつかまれた男子生徒が体育館から連れて行かれる姿を見ており、「どうしたんだろう」という話をしていた。
その日のホームルームに担任と連れていかれた生徒は現れず、副担任が代わりにホームルームを行って下校になった。翌日、クラスの数名の男子が目撃者として一連の話をして、噂は瞬く間に教室、いや学校中に広がっていった。
暴力が事実なら、担任は速やかに懲戒を受けておかしくないのだが、彼が異動や退職することはなかった。暴力を受けたといわれる生徒も、いつもどおりの様子で学校生活を送っており、当事者からこの話が出ることはなく、どこまでが事実かわからないままになっていった。
このことが原因がどうか今となってはわからないが、新学期に入ってから私たちの学年の担当を外され、他学年の教科専門の教師になった。
彼に気に入られていた私の1年最後の通知表の日常生活の評価は異様に高かった。それが妙に気味悪く、高評価なのに不快感を感じた。
春休みは顧問の異動により部活は3月末で終了となった。
これで新学期まで学校に行かなくてよくなった。が、私はあまりうれしいとは感じなかった。私はこの春休みの間に、歯の矯正器具を取り付けることになっていた。
小学生のころ、虫歯で歯科に行った際に歯並びの悪さを指摘され、母と歯科医の間で矯正をするなら成長期になってから実施するのが最適だということで、中学生になってから本人(私)に説明することになっていたらしい。この冬休みから母親に歯科に連れられ、歯科医に説明を受け、両親に説得され、矯正を受けることになった。
今は目立たない器具を装着したり、金具をつけずにマウスピースをつける矯正もあったりするらしいが、当時は歯に銀色の金具をつけて矯正するものが一般的で、小学生の頃に行っていたクラスメイトもいたが、あの金具が妙に不気味さを醸し出していて、自分もそれを装着することに抵抗があった。
しかし母親からの「今綺麗にすれば大人になって『やってよかった』と思えるから!」という強い説得に根負けし、私は首を縦に振った。振らざるを得ない状況に追い込まれた。
その後、3回に分けて歯科に連れていかれ、数年前に生え変わったばかりの歯を4本抜かれた。覚えている限りでは、私は口が小さいらしく、歯並びをきれいにするためには数本間引かないといけないらしかった。1日で2本抜かれたときは、口の中が血の味しかしなくて、もう辞めたいと思った。
矯正器具装着当日、母と歯科に行く前に銀行に寄った。スーパーで買い物をする前に、スーパー内のATMに行くことがあるので、ATMに行くことは慣れていたが、銀行の店舗内のATMに行くのは珍しかった。母が機械を操作して出金したのは、今までに見たことがない枚数のお札だった。母は一言、「これが矯正のお金」と言った。
―――そんな高いならやらなくていいです
私はそう思ったが、それを言ったら怒られると思って言えなかった。
「後で高額医療の手続したら、いくらか返ってくるけどね」
母は続けていったが、中学一年生にはよくわからなかった。
歯科に着いてから、今までと違う部屋に通された。
今までは小児歯科の部屋で、壁紙がピンクのストライプで、窓際にたくさんのぬいぐるみが飾られたかわいらしい部屋だったのに、今日は殺風景で、治療台が3つ並べて置いてあるだけのシンプルな部屋。
そこに小児歯科の先生とは別の不愛想な男の先生がやってきた。私は初めましての先生に緊張が走った。
「じゃあ始めます。金属が飛んで目に入ったらいけないから、顔にタオル掛けます」
不愛想医師は一息でそう話し、私の顔にタオルを掛けて「まず歯の掃除をします。口を開けて」と言った。それからしばらく掃除されていたのは覚えているが、タオルを掛けられたせいか、暖房で温かい診察室で横になっているせいか、気づけば眠ってしまっていた。
「終わりましたよー」
歯科助手のお姉さんの声が聞こえ、顔のタオルが外された。
お姉さんは大きなマスクをしていたが、目元は笑っていて
「お疲れ様。がんばったね」
と言ってくれた。寝てたし頑張ったのは歯科医の方なのだが。
あ、口元に違和感がある。なにかごわごわしたものが当たる。でも麻酔のしびれのようなものも感じる。
私の思いに気づいたのか、歯科助手のお姉さんは
「これから歯磨きの説明と練習するから鏡の前に移動してどうなってるか見て見よう」
と言った。
時計は、開始時刻から3時間経過していた。
私の口には、あの妙に不気味な矯正器具がきれいに装着されていた。
そして、口が上手く閉じられない。時間がたった麻酔の弱いしびれと器具をつけた分唇が引っ張られて閉じられない。唇が突っ張る感じがする。
歯科助手のお姉さんの指導で、人生初の電動歯ブラシの使い方の説明をうけた。器具があると手動では磨きにくいので、電動歯ブラシを使うとのことだった。そして一通りレクチャーを受けた後、最初は2週間に1回通院が必要になること、そして器具を装着したことで、麻酔が切れたらしばらく歯茎が痛痒くなることの説明を受けた。これは歯を引っ張られているからで、慣れれば痛痒さは無くなるとのことだった。
説明を受け、次の診察予約を入れるとき、横の受付で母があの大金を支払っているのが見えた。次からは学校終わりや土曜日に一人で診察に行かなければならない。
歯科は学校を挟んで家と反対方向だった。・・・遠い。
帰宅したらもう夕方で、祖母が野菜天ぷらを揚げて待っていてくれた。
妹はいも天を味見という名目で盗み食いをして、すでに満腹に近い状態になっていた。
いも天、、、
口を動かすと、しゃべるとすごく痛い
痛痒いなんてもんじゃない、舌が当たるだけで激痛が走る
今までに経験したことのない痛み。歯が一度に全部抜けそうなくらい引っ張られる痛み。まずい。こんな痛いの?こんなんならやるんじゃなかった。
柔らかいからと祖母が揚げたてのいも天の味見を勧めるが、口が開かない。そもそも食べる気力がない。
無理やり食べさせようとする祖母に抵抗したが、思わず想定以上に口を開いてしまい、その激痛で思わず涙が出て、その姿に驚いた祖母は強制的に食べさせようとするのを辞めて、夕飯時に開く範囲で食べられるようにカットしてくれると言った。
その日の夕食は、鳥が餌を啄むように1センチ角に切ったいも天を食べ、米をお茶で流し込んだ。
歯の痛みが治まるまでこの状態が数日続き、私は矯正をしたことに大大大後悔をした。
少なくとも1年半から2年、この器具を装着したまま生活することに不安しかなかった。学校でいじられるんだろうな。2週間に1回、一人で歯医者に通って不愛想歯科医の診察を受けるのも不安だった。電動歯ブラシも重くて面倒だった。横でボリボリとおせんべいを食べる妹が恨めしくて仕方なかった。
果たして、「やってよかった」と思える日が来るのだろうか




