大人になってから①
夢を見た。
20年以上昔の夢。古くて暗い弓道場。私は道場の隅で、誰かを探している。
「早く伝えなくちゃ、間に合わない」
もう、顔も声も覚えてないあの人に、私は何かを伝えようとしていた。
袴を着ているせいか歩きにくい。いや、袴のせいじゃない、足が動かない。
―――ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ
突然電子音が鳴り響き、朝が来たことを知る。
ああ、また会えなかった。
俗に言うモーニングルーティーンを始まる。顔を洗い、化粧水を塗る。トーストを焼き、コーヒーで焼けたトーストを流し込む。コーヒーの苦みで目を覚ます。変わり映えのない1日が始まる。
1番に出勤して、1人で掃除を始める。就職して10年以上経つのに、未だに最年少の下っ端なので致し方ない。新人が入ったとしても、このルーティンを乱される方が嫌かもしれない。
時々何かが詰まっているような、変な音がするコードレス掃除機をかけながら、私は夢のことを考える。
記憶なんて、きれいなものしか残らないし、忘れていることの方が多い。
しかも、自分の都合のいいように改竄されているのだから、真面目に捉えてはいけない。
結局、過去は過去、夢は夢のままが1番いいのだろう。
でも、伝えたいことだけはいつか伝えておきたい。
後悔は、ずっと未来にも続いていくのだから。
車の音がする。誰か来たな。
こうして私生活の「私」に戻りかけていた私を仕事場での「私」にモードを切り替えるために、深く深呼吸をした。




