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1999②予感

 桜は完全に散った。

 私も完全に終わった。


 教師に目をつけられた。逆の意味で。

 新しい教科書の配布ミスで、某男子が美術の教科書を2冊配られていたのに気付かず、2冊共裏表紙に油性ペンで名前を書いてしまった。窓側の席の誰かが、彼の名前が書かれた教科書を引き取らなければならない状態になった。

 誰もそんな教科書貰いたくない。私だってそうだ。窓側の席6人が集められ、担任ナチュラルザビエルから事情を説明された。誰も名乗り出ない。このままでは埒が開かない。

 ここで私の面倒くさがりが発動する。私は黙って汚い字で書かれた名前入りの教科書に手を伸ばした。中身は綺麗である。裏表紙なんですぐ汚れる。ならばこの面倒な状況を切り抜けるには自分が受け取ることが1番早いのだ。


「いいのか?」

 ナチュラルザビエルは私に問いかける。私は黙ってうなづき、教科書を受け取って席に戻った。

 それからというもの、私に対する彼の態度は明らかに他の生徒と違っていた。そう、贔屓の対象になったのである。こうしてクラスで一人、浮いた存在になった。私はどんどん居場所をなくした。

 こうなるといじめの対象になりかねない。

 しかし、私は運良くそこそこ勉強が出来た。小学生の時に学級委員や委員長、発表会で学年代表の挨拶を任されたこともあった。このくらいの歳だと、勉強か運動ができればある程度上のカーストにいることが出来る。だから、私を優等生と思っている同じ小学校出身者が半分以上を占めるこの学校で、私がいじめられることはなかった。浮いた存在ではあるものの、クラスメイトとは当たり障りない話をして、無駄に微笑むようにしてこれ以上悪い印象を与えないようにした。居づらいだけだった。


 放課後、息苦しい教室を飛び出し、隣のクラスのミノリの元へ向かう。ミノリと部活見学に行く約束をしている。

 ミノリは弓道部に行く気満々で、私とミノリは話しながら旧校舎の裏の道場に向かった。私はマユミから、マユミは弓道部に入る気だと聞いていたので、人気の部活なのだという認識はあった。

 道場前には男女合わせてざっと20〜30人は見学希望の生徒がいた。学年の人数が120~130人くらいだったと思うので、割合としてはかなり多いほうではないかと思う。見た目の格好良さは大事だと改めて感じた。その中にはマユミはもちろん、丹羽もいた。そして、木原と例のトンボくんとタケもいた。

 ここから「体験」として男女に分かれて弓矢を持たせてもらったり、型の練習をしてみたりするようになった。男子は男子の先輩、女子は女子の先輩が面倒を見てくれる。先輩は優しかった。ミノリはもう入部する気でいるらしく、私は美術部と水泳部を諦めることにした。

 

 2週間はあっという間に経過し、本入部届を出す前日になった。この時、ある噂が女子たちに駆け巡る。「先輩がかなり怖く、悪い人たちらしい」というものだった。あの優しい先輩たちが?私には今一つ信じがたい噂だったが、どうやらこの噂が広まったことで、前日になってほかの部に入部希望を変える者が数名出始めた。丹羽は私に入部はしないほうがいいとこっそり伝えてくれた。

 しかしミノリに従うと決めた私は、自分の都合だけで他の部に変更するという選択はできなかった。ミノリは意外と繊細で、私には理解できないくらいようなことでも感情のスイッチが入ると収拾がつかないことになる。私は直前で意見を翻すと、ミノリは確実に悲劇のヒロインモードに入って私は悪役にされてしまうだろう。……面倒だ。

 結局、私は当初の意見のまま弓道部に入部した。弓道部に入部した女子は4人。マユミ、ミノリ、私、そしてマユミと同じクラスのアイである。丹羽は噂によって別の部に入部先を変更していた。

 一方の男子は結局12名が入部したらしい。そのうち1人はミノリと同じクラスの本田という小柄(と言っても私より背が高い)で丸顔の少年で、人懐っこい性格で体験入部の間にミノリを通じて少し会話をするようになった。

例の木原、トンボくん、タケもそのまま弓道部に入部したようで、これからほぼ毎日顔を合わせることになった。あとの8人は卒業までそれといった関わりがなかったため、ここでの紹介は省くことにする。


 このメンバーで約2年半を過ごすことになる。

 私は、あの息苦しい教室にいるよりよっぽどマシだという感覚と、「彼」がどうしたかを知りたいということしか考えていなかった。





  「お前何組やったっけ?」

 大浦は私にそう尋ねる。

 

 ――私のこと知っとけよ、ばか。

 心でそう思いつつ「2組だよ」と答えた。

 

 当時は毎奇数土曜日は半日授業があった。午後からは下校になるため給食はなく、運動部の生徒はお弁当を持参して午後から部活に参加する。

 入学して約2か月。学校生活も新しい制服も慣れてきて、少しずつ新入生感がなくなってきた頃。本当なら自分の教室でお弁当を食べないといけないのだが、ミノリから打ち明けられた、ミノリが一目ぼれしたクラスメイトの顔を見てみたくいという名目で、教室を抜けてミノリのいる3組で昼食を取っていた。ミノリは意外と惚れっぽい。小学生の時から「内緒だよ」と言いながら、何度好きな人の話を聞いてきただろう。話を聞いても長期休暇明けには好きな人が変わっている。ただ、これまでの傾向から言って、いわゆるクラスで目立つお調子者タイプが好きらしい。私には理解できないが、ミノリと恋敵になる可能性が限りなく低いことを察して安堵していた。


 昼食を取り終えた後、部活の時間までの休憩中に5組の大浦が彼の友人を訪ねて3組にやってきた。それに気づいたミノリが大浦に声をかけたのだ。


「あ、ちびぶたもいる」

 ちびぶたとは私のことである。なんともひどい呼び名だが、この呼び名が悪い意味ではないことを私は知っている。数年前に少しだけ流行ったキャラクターの名前なのだ。やさぐれた性格ではあるが、見た目はかわいらしい豚のキャラクター。私がこのちびぶたのノートを愛用していたことから、彼だけが私をこう呼んでいた。

「大浦サッカー部だっけ?」

 小学生の時からサッカーをしていた彼がサッカー部に入ることは、だれでも予想できることだったが、とっさにそう質問した。

「おう、俺はすぐにレギュラーになるからな。サインもらっとくなら今だぞ」

「ほらすぐ調子に乗るー。

 あ、そうだ。ところでサッカー部で一番格好いいのって誰?」

私がそう尋ねると間髪入れずに

「俺!」

と大浦は親指を立てて自分を指さして答えた。

 私とミノリ、大浦の友人(名前は知らない)は3人で声をあげて笑った。 「早いよ!」

「調子乗りすぎ」

「やば」

 3人に次々にツッコまれた大浦は、「うっせぇ」と少し恥ずかしそうに、しかし笑いが取れたことにまんざらでもない表情をしていた。


 私はちびぶたの呼び名をつけられた頃から彼のことが好きである。

 口は悪いけど親切なことを知っている。幼稚なところもあるけど話すと面白いことも知っている。新しいアニメの話やゲームのキャラクターの話、お笑い番組の話、なんでも楽しく話してくれた。ちびぶたと呼ぶのは彼だけだったから、うれしくない呼び名も特別なものだった。

 だけどクラスが離れて、中学生になって会話したのはこれが初めてだった。会話できて心の底からうれしかった。

 

 今日は部活頑張れる


 入部から2,3週間たった頃、私は丹羽に従えばよかったと後悔し始めた。あれだけ優しかった2年女子の先輩が豹変したのだ。

 指導は無駄にきつい言葉を使う。いつも通りした挨拶を声が小さいと何度もやり直しさせる。部室を使わせてもらえず、弓矢をしまう倉庫を使って着替えを行わないといけない。暴力的なものは一切ないが、精神的にきついものだった。

 この学校は、よほどのことがない限り引退まで部活を辞めることはできない。なのでどうしても部活に行きたくない場合はサボらざるを得ない。そうすると幽霊部員になって、内申に響く。


 私たち女子部員4人は、ひたすら耐えるしかないのだ。耐えて耐えて、耐えるしかない。それまではこれ以上の仕打ちを受けないように当り障りのない行動を取る必要があった。

 教室でも部活でもこの状態の私は、少しずつ追い詰められていったのだろう。この頃から午後になると原因不明の腹痛に襲わることが増えるようになり、午後の授業が頭に入らない。次第に学校に行くことが苦痛になってきた。しかし親に行っても、甘えるなと言われるだけなことはわかっていた。仮病を使っても2,3日も続けばばれるだろう。何よりここで私が学校に行かなくなれば、私はこの境遇から負けたことになる。簡単に負けを認めたくない。

 

 そんな日々の中、大浦と会話ができたことは私に大きな力になった。我ながら単純である。否、12歳の少女には大きな出来事だった。恋の力とは偉大である。

 ちなみに、私が大浦に好意を抱いていることは誰も知らない。大浦本人はもちろんのこと、ミノリにも秘密にしていた。私はミノリと違い、自分の本心を誰かに見せることができなかった。

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