1999①春のにおい
未来なんて想像出来ないから、不安も期待もなかった。あの頃、春に感じる独特のにおいは大好きだったから、春が来るのは楽しみだったのは覚えている。
1999年4月、私は中学生になった。
切りたてのボブヘアに赤いリボンのついた新品のブレザー、鏡に映る自分の変化はそれだけだった。背はちっちゃいままだったし、少女漫画ばかり読んでいたし、数日前の小学生の私と変わったところは他にはなかった。
もしかしたらあと3か月で世界は滅亡するかもって言われてたけど、たぶん滅亡しないだろうという予感はしていた。
私の通っていた小学校は町で2番目に大きい学校で、卒業後は全員同じ校区の中学校に進学する。1番大きい学校の児童は、学区が2つに分かれてしまうので、結果的に私の通っていた小学校出身者が中学校で最も多いということになった。
なのに。
なのにだ。なぜ私は6年生のときに仲の良かった友人全員とクラスが離れてしまったんだ。知ってる子はいるけど、そこまで仲良くはない。
よりによって担任はザビエル。ナチュラルザビエルヘアのおじさん。
外れた……
ああ、どうしよう、1年間私はどう過ごせばいいんだ。
私は人見知りではないが、自分から人に話しかけるタイプではない。初対面の人に何を話せばいいのかわからないのだ。そして極度の面倒くさがり。しばらくは「当り障りなく」過ごし、誰とどのように関わればよいか見極めるため、常に周囲の観察に努めるしかないと察した。
唯一の救いは私の席が窓側の後ろであることだったのだ。ああ、早く帰って漫画読みたい。
放課後、1年生は最初の1週間はすぐに下校となる。その後2週間かけて各部活を周って見学し、入部する部活を決める。
私は美術部か水泳部に入りたいと思っていた。上手くはないが絵は好きだし、早くはないが水泳も好きだった。ただ、一緒の部活に入ろうと約束した友人ミノリから弓道部が見たいと告げられた。確かに袴は格好良い。見てみるに越したとはないと思って、部活見学になったらまず見に行こうと約束した。
話は変わるが私の家は学校から自転車で約1時間かかる山を切り開いた住宅地にある。というと都市部の新興住宅地を思い浮かべるがそうではない。要は田舎の集落である。例に漏れず、高齢化が進み、子供の数など数えるほどだった。また、途中の道のりは暗く、特に夜道は不審者はもちろんイノシシや猿が出てもおかしくなかったため、この集落の子供は夕方、日が傾いてからは1人で帰らないように強く指導を受けていた。
私は唯一の同級生であるマユミと登下校を共にしていた。小学生の時は私と彼女の妹と4人で登下校していたが、これからはマユミと2人で登下校することになる。
私は退屈なクラスでのホームルームを終え、荷物を持ってマユミのクラスへ向かう。私の教室は2階だが、彼女の教室は3階。1年生は旧校舎に教室があり、外と接する窓はアルミサッシだが、教室と廊下の間の窓は木枠だったから、たぶん相当古い校舎を修繕して今に至るのだろう。多分設計ミスなんじゃないかと思うほど最後の一段だけ段差の高さが妙に高いコンクリートむき出しの階段を上り、すぐ左のマユミのいるクラスへ向かう。
階段の途中、踊り場の窓から見える桜の木には花はほとんどなく、葉っぱ多めの葉桜、といった感じだった。私の好きな春のにおいは、桜が散るとともに終わりを迎える。
マユミのクラスには、小学生からの友人が多くいる。私もこのクラスになりたかった。
マユミのクラスはすでにホームルームを終えていて、電気も消されていて、ほとんどの生徒が下校していた。マユミはとてもマイペースな性格で、残って遊んでいる生徒の中でただ一人、明日の日課を書き写す作業をしていた。
「あ、ミカコだ」
遊んでいる生徒の一人、友人の丹羽が私に気づいて声をかけ近寄ってくる。丹羽の周りには数名の男女がいた。女の一人は同じく私の友人のカホ、男の一人は同じ小学校だった木原、それから知らない男の子が2人。丹羽は、そのうちの一人を指さして
「ミカコ、この人トンボくん」
と紹介する。
トンボくんは、私を見て近寄ってきて、はにかんだ様子で「トンボです。よろしくね」と冗談ぽく話しかけてきた。チビの私や丹羽より10センチくらい背の高いカホと同じくらいの背丈、暗い旧校舎の廊下でもわかるくらい色白のまつ毛の長い少年だった。
「トンボくん?なんでトンボなん?」
「わからんけどトンボらしい。で、こっちはタケ。」
彼はトンボと呼ばれることに拒否感はないらしく、さりげなくもう一人の男の子を紹介してくれた。
ーートンボくんか。丹羽ちゃんとカホが仲良くしてるし、悪い人じゃなさそうだ。覚えとこう。
そう思いつつマユミに視線を向けると、日課を書き写していたノートをカバンに入れるところだった。
「マユミちゃーん、帰ろ」
「あ、ミカちゃん!体操服たたむからもうちょっと待ってー」
……やはりマイペースだった。
この日の出会いが、私の人生に大きな影響を与える出会いだったことは当たり前だがこのときは何もわかっていなかった。




