Episode 5
買い出しがあったのを思い出した鈴音は、ホワイトボードの前に向かう。
「今週の当番は…あっくんと、友介くんだね!」
「準備しねぇとな…行くぞ、ユウ。」
はーい、と友介は返事をしつつ着替えている。
制服だと目立つため、任務以外の時は私服で行動するのが決まりである。
友介はネルシャツにジーンズと言った恰好、彰仁はコーデュロイのセットアップと言う恰好になった。
「アッキーって私服でもそんなに印象が変わらないよね。」
「まぁな…だらしないのは好きじゃねぇんだ。」
二人揃って着替えが終わった様で、そんな会話をしながら玄関の扉を開ける。
行ってきますと声を揃えて言うと、他の構成員一同から行ってらっしゃいと言う声が返ってきた。
そのまま二人は買い出しへと向かった。
「何か新鮮だね、僕達二人で出掛けるの。」
「ああ…今までそんなに無かったな。ユウはそもそも、外が好きじゃねぇんだろ?」
「嫌いって訳じゃ無いけど…着替えるのが面倒臭いんだよね。制服で居るときが一番気楽。」
友介は苦笑しながら言った。
彰仁は確かにな、と相槌を打った。
「あんまり、服屋とか行かねぇタイプか?」
「うん。通販で買ってるからね。」
「俺はともかく、ユウはまだ伸びるんじゃねぇのか、身長…。そしたらサイズも変わるだろ?」
「どうだろう…無理じゃない?」
服の話から身長の話へと膨らんで行った。
友介は姫森ファミリーの男性陣の中では最も身長が低いのである。
本人は特にコンプレックスに思ってる様子はないが、舐められるのは嫌との事。
「まだ15歳だぜ、諦めんのは早ぇぞ。」
「アッキーぐらいは欲しかったけどね。格好良いじゃん、何となく。」
「そうか?」
彰仁がそう言うと、友介は頷いていた。
他愛の無い会話をしながら歩いていると、市場があった。
メモを見ながら友介は言った。
「何を買うんだっけ…?えーっと…玉ねぎ、じゃがいも、人参、牛肉…。
カレーでも作るの?」
「肉じゃがかもしれねぇ、コンニャクも書いてあるぞ。」
「そっちの方がありがたいなぁ。僕はカレー嫌いだから。」
「そりゃ珍しいな。俺も肉じゃがの方が好きだけどよ。」
2人揃って和食好きである事に何処か親近感を覚えたのであった。
そして、スーパーにたどり着いた。
「なるべく新鮮なやつを選べよ。例えば、玉ねぎの見分け方は…。」
「大丈夫、僕の家農家だから。手伝ったりしてたよ。」
「ほう…頼もしいな。それじゃあお前に任せるぜ。」
彰仁がそう言うと、友介は買い物かごを持って野菜コーナーを物色し始めた。
メモに書いてあった野菜を一通り選ぶと、精肉コーナーへ向かった。
「牛肉だったろ?」
「うん…僕は鶏肉でもいいと思うけどね。」
「鶏肉…は筑前煮とかか?」
「そうそう。好きなんだよね…確か里芋とか蓮根もあったはず。」
「お前…なかなか渋い好みしてるよな…。」
彰仁も煮物は好きであるが、中学生ぐらいの年齢である友介がそういう食べ物を好むとは意外だと思っている様子。
「そうかな?あと、漬物も良いよね。浅漬けとか沢庵とか最高だよ…。」
「確かに美味いよな。おい…そろそろ決めようぜ、人が溜まってきたぞ。」
「あ…これで良い?」
国産の物を手に取ると、彰仁が決まりだなと言ってかごに入れる様に促す。
そして、電話で他に足りないものは無いかと訊くと「牛乳が少ない」と返事が返ってきたので買う事にした。
「しかし…ボスは本当料理好きだよな。どんなに具合が悪くても毎朝厨房に居るぐらいだしよ。」
「確かに…誰よりも起きるの早いしね。それに盛り付けまで綺麗だし味も最高だし。」
「理央も少しは見習ってほしいぜ…俺が毎回コールしてやってんだぞ、万が一があったらどうするつもりなんだろうな?」
「さぁ…。流石にちゃんとするんじゃない?」
友介がそう言うと、彰仁は納得しつつもやっぱり駄目だろうと言った。
そして、牛乳もかごにいれてレジに向かった。そこには、彰仁にとっては昔見知った顔があった。
「…久しぶりだな。」
「誰…って彰仁!?すっかり立派になったなー。」
驚きつつも再会を喜んでいる橙色の清潔感のある髪型をした大柄な男性は後藤幾馬。
かつては姫森ファミリーに所属しており、射撃担当であったが負傷して大怪我を負ったために引退したのである。
「怪我の調子はどうだ?」
「お蔭さまで良くなったよ。リハビリも終わって快調って所さ。」
「そりゃ良かったな。」
「その…ボスと皆は元気にしてるか?」
幾馬がそう言うと、彰仁は難しい表情を浮かべた。
「何人かは脱退か殉職した。あれから大分入れ替わったもんでな。
1期生はもう、俺とボスと…あとは司令部の二人しか居ない。
お前の後釜に入った理央は、俺達幹部とは幼馴染でまぁ…そこは良いけど、なかなかの問題児でな…。」
「理央って金髪のキノコ頭か?会話はちょこっとした事あるな。」
「ああ、アホキノコだ。悪い奴じゃねぇが…会議中に寝たり遊んだり、俺の車で勝手にカレーを食べたり…。
色々と困る奴だぜ。」
「あはは…イタズラ好きってやつか。そりゃあ厄介だ。
で、彰仁は相変わらず苦労してるんだな…。」
「そうだな…だけど、新しく入ってきた奴らが結構頼りになるんでな、助かってるよ。」
苦笑しながらも今現在のファミリーの話を幾馬としていた。
その様子はどこか楽しそうでもあった。
新参者で最年少の友介は、どこか寂しそうにしつつも興味津々で聞いていた。
レジの会計が済んで袋詰めまで終わったのか、彰仁の肩を叩いて知らせた。
「ねぇ、もう全部終わったよ。支払いも僕がやったからね。」
「ああ、すまねぇな…。それじゃあ幾馬、またいつかな。」
「おう…楽しみにしてるよ、彰仁。」
幾馬が手を振っていたので彰仁は振り返した。
かつての戦友は、大怪我から生還して逞しく生きている。
その姿を見る事が出来てホッとした用だ。
「あの人って何か写真で見た事があるかも…。」
「ああ、ボスの部屋に飾ってあっただろ。今居る俺達を含め、歴代の構成員の写真が全部網羅されてるんだ。」
「それは凄いよね。あの人…大きくて羨ましい…。」
「は?何言ってんだよ。アイツは言ってたぞ、大きくても却って不便だって。」
「僕には縁のない悩みなんだよなぁ…。」
友介がブツブツと言ってる様であるが、彰仁は意に介さずアジトへと足を進める。
2人がアジトへ帰ると、香恋が一番先に玄関で待っていた。
「おかえり!遅かったね、寄り道でもしてた?」
「懐かしい奴と出会ってな。理央の前に居たスナイパーの…幾馬って奴だ。
香恋がファミリーに入ったすぐ後に怪我で辞めちまったけど、覚えてるか?」
彰仁がそう話を振ると、香恋は一瞬考え込んたがすぐに思い出した様子だった。
「あぁ…確かに居たね!初対面で意気投合してゲーセンで一緒に遊んだっけ。懐かしー。
結構背が大きいもんで、待ち合わせの時は彼を目印にしたら良い…とかさ。ボスが言ってたわ。」
「良い奴だったよな。」
「理央の前で言ったら可哀想じゃん、ウケる。」
「あえて言ってやるのも乙なもんだろ。」
彰仁が毒づくと、香恋は苦笑している様だった。
チラシを持った友介が香恋に話しかける。
「そうだ…これ、香恋は好きかなぁって思って…帰り道で貰って来たよ。」
「んー?どれどれー。
・・・ホラー映画じゃん、これいつ公開?」
「1か月後だって。ボスと一緒に見に行ったら?」
「そうする。流石にアタシ一人じゃ怖いし。」
香恋はそう言って、友介が持っていたチラシを貰った。
友介は先に手洗いうがいをしていた彰仁に続いて自分も行う。
そして、医務室から真尋が出て来て友介に告げた。
「健康診断、後は買い出しに行ってた君だけだよ。準備が出来たら医務室に来てくれ。」
「了解。」
そして、冷蔵庫に買った品物を入れていた彰仁に健康診断の事を話した。
「そういえばユウは受けてなかったな。忘れてたのか?」
「体調が悪かったしね。大丈夫かな、引っかかるところ沢山あったらマズいんだけど…。」
「お前は大丈夫だろ、頑張れ。」
そう言って彰仁は送り出した。
友介はあまり大きい声で公言してないのだが、注射が苦手である。
小さい頃に打った注射が余りにも痛くてトラウマに、また歯の治療で相当痛い思いをしたためか病院全体が嫌いな様子である。
「鷲谷、いっきまーす…。」
どこぞのロボットアニメの主人公みたく、気合を入れて医務室の扉を開ける。
中には真尋が器具を全て準備して待ち構えている。
「ちゃんと来たね、感心感心。」
「今日は熱もないし…ちゃんと受けられるよね?」
「大丈夫だと思うけど、念のためにもう一回…だ。」
そう言って真尋は体温計を友介に渡し計ってもらっている。
36度5分、平熱だった。
「ふむ…ごく普通の体温だ、良かろう。」
真尋はそう言ってカルテを読んでいる。
ファミリーの中でも特に病院嫌いの友介は、レントゲンの機械やベッド、パソコンが揃っている風景を見て慣れない様子だった。
「…見て見るかい?撮るだけならタダだよ。」
真尋がニヤリと笑ってレントゲンの機械を指さすと、友介は首を横に振った。
「相変わらずだね、君は。」
「怖いんだもん、真尋は結構丁寧にやってくれるけど…昔行った病院は…。」
「もう分かった、顔色が悪くなってきているぞ。注射を打って採血するだけなんだが…大丈夫かい?」
「やらないと結局後伸ばしになるだけだし…。真尋先生、お願いします。」
よくできました、とにっこり笑う真尋。
彼女は慣れた手つきでアルコール消毒を行い、注射器の針を友介の腕に刺して行った。
血が取られて行く。友介はただ目を瞑って終わるのを待っていた。
「よし…後は調べるだけだ、お疲れ様。」
友介はそう言われて椅子から立つと、足をしっかり踏みしめてリビングへと戻った。
そこには鈴音がソファーに座って紅茶を飲みながらくつろいでいる姿が見えた。
疲れた様子の友介を見て顔を覗き込む。
「大丈夫?紅茶でも淹れようか?」
「ありがとう、ボス…。レモンティーが良いな。」
「それ今私が飲んでるやつだ。ちょっと待っててね!」
鈴音が立ち上がって一旦自分のカップを小さなテーブルの上に置くと、
友介の名前が書いてあるカップを準備して中に注いだ。
そして、紅茶の入ったカップを友介に渡した。お礼を言いながら友介は続けた。
「ふぅ…死ぬかと思ったよ。相変わらず慣れないなぁ。」
そう言うと、鈴音は小さく微笑みながら続けた。
「トラウマになってるもん、しょうがないよ…。
そういえば…あっくんが外で見守ってたの、知ってる?」
「え…アッキー居たの?」
「うん…途中でまた出掛けたけどね。愛車の検査、と言ってたかなぁ。」
友介がへぇ、と相槌を打つ。よくあんな速そうなの運転できるよねぇ、と鈴音は言った。
「大抵は自分で直してるけど、検査の時はお店に持っていくらしいの。
私はよく隣に乗せて貰ってるんだけど…音だけで何処がおかしいかすぐ分かるんだって。」
「極めてるんだね…。」
二人がそういう会話をしていると、いつの間にか夕方になっていた。
彰仁が車に乗って帰ってきた音が響いている。
明らかに、他の良く走っている車とは違う重低音が耳に届く。
「噂をすれば何とやら、だね。」
鈴音が立ち上がって玄関に向かう。
友介は紅茶を飲み終わったので洗面台に持っていて洗っている。
「ただいま。部品がもう全部揃ってたから早かったぜ。」
「おかえりー、それは良かったね!
健康診断、友介くんも無事に終わったよ。あとは真尋ちゃんが調べてるみたいだから…何も無ければ呼び出しも無いはず。」
「そうか、アイツはビビってなかったか?」
彰仁が尋ねると、鈴音の後ろから友介が顔を出してそんな事無い、と言った。
それを聞いて彰仁は本当か?、と聞いたが同じ反応。
問題無かった事を確認した。
「まぁいい、丸1日何も起こらなくて良かった。俺たちの稼業は常に危険と隣り合わせだ…逆にこれが異常と言っても良いかもな。」
「それは言えてるね。あっくん、作戦会議…夕飯の後にでもしようよ。
待ってる間に有力な情報を手に入れたの。私達の敵は雷虎ファミリーだけじゃないみたい。」
「…そりゃ重要だな!やろうじゃねぇか。」
彰仁がそう言うと、鈴音も頷いた。
敵の新たな動きが確認され、果たして…どう動いて来るのか。
幹部である2人は思いを巡らせていた。