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クレープ

作者: Berthe

 都心での撮影の帰り、撮影で一緒になった読者モデルのお友達ふたりと駅からは少し遠ざかるクレープ屋を訪れた()(づき)は、ふたりが自分をはさんで片手ずつで持ってくれるテイクアウトメニューいっぱいに広がった色とりどりのクレープをうっとりと眺めながら、ときどき顔を左右に振ってふたりが何を頼むのか楽しみにしていた。


 右隣の(こと)()のほうはどうやら一心にひとつのものを見つめているようなので、その先を自分も追ってみたところ、イチゴミルフィーユとキャラメルブラウニーのちょうどあいだの一点を見つめているらしい。


 そんなはずはないとすぐに可笑しくなって心のうちで首を横に振ってはみるものの、でもやっぱり琴音の瞳がふたつのあいだをひとすじに見つめているとしか思えない。


 やがてすっと琴音がこちらを向き、「あたし、イチゴブラウニーにしようかな」と言うので、え、と思わず漏れかけた言葉をあやうく呑み込んだ。


 とたんにごくっという音がしっかり脳裏に響いて、結月はしばしひとりで感動しつつ、口もとは琴音にむけて、「美味しそう、わたしもそれにしようかな」と相槌を打つうち、舌が早くもイチゴブラウニーを求めはじめたのに流されるままじっとそれを見つめていた折から、隣の()(さき)が「ぜんぶ美味しそうだよね、どうしよう」とひょっこり覗き込んでくる。


 するとたちまち自分の心が美咲とシンクロするまま、結月はもういちどメニューをながめていると急に全体がぼわっと迫ってきて、このなかからひとつを選ぶなんて出来ないと泣きたくなるそばから、美咲が「私、決めた。イチゴティラミスにする」と自分よりもちょっぴり高くて羨ましい凛とした少女のような声を響かせて宣言したかと思うと、こちらを向いて「結月はどれにするの?」


 聞かれれば聞かれるほど結月は断然決められなくなって、もういい、どうせ決められないと心でぶつぶつ言いながらぎゅっと目をつむって、ぴんと突き立てた人差し指を眉間の心持ちうえにすっとそえて、沈思黙考の風情でしばらくぴたっとしたのち、「わたしこれにする」と小さく叫びながらひゅっと細い腕を振りおろすとともに、指先がメニューの感触をぺたりと伝えた。


 それから一秒、二秒、三秒経つか経たぬか、恐る恐るつむっていた目を薄くひらいてみると、カスタードイチゴバナナという現実が特別嬉しくもなければ悲しくもなく、しかし反応に困るのを意識するまもなくすっと目をつむって、おでこにぴたりと指をそえ、さっとひじを伸ばすや否や、ぺたっとふれた指先がしめすのがこんどはあの子であって欲しいと願いつつ、そうっとまぶたを開けたとたん、結月のほっぺはすうっとやわらいだ。


 やがて結月はふたりへにこりとし、前にならぶカップルがカラフルなクレープを胸のまえで大事そうに手にして去るのを晴れやかに見送りながら、ロング丈のプリーツスカートの襞をやさしく押しひろげ、スカートからのぞく足もとをことさらしなやかに前へと踏みだした。

読んでいただきありがとうございました。

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