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記憶の箱  作者: yamico
7/36

ドア

私は北海道に戻ってきた。

北のほうが涼しいと思われているようだがまったくそんなことはない。

夏は夏だ。

暑いものは暑い。

朝晩は涼しいとはいえ昼間の太陽は容赦なく夏だった。

学生会館の部屋にはクーラーがない。

食堂にはクーラーがあるので住人たちは勉強道具を持ち込んで涼んでいる。

私もそれに倣って食堂で勉強をしている。


私は医者になりたいと思い、死ぬ思いで勉強をしてこの大学に合格した。

蓋を開ければ同じ年の人も結構いることがわかった。

浪人してでも入りたいと思って入学してくるみんなは勉強もちゃんと頑張っている。

学生会館にはいろんな学部の人がいて、違う大学に通っている人もいた。

飲み会に誘ってくれるような人もいたが断っているうちに誘われなくなった。

友達付き合いは私にはやはり向いていない。


────


あのすき焼きを食べた日から私はあちらの世界に行っていない。

暗闇の中にいることはあったが動き回らずにじっとしていた。

そうするとちゃんと朝になって普通に目覚めることができた。

戻り方がわからない以上は気軽に行けない。

最悪戻れなかった場合、こちらの私はまた植物状態になるだろう。

あちらにいる間の私はこちらでただ眠っているだけのようだ。

消えたりはしない。

だからあちらに行くと『霊体』という扱いなのだろう。


夏休みはあと1週間。

検証するならば夏休み中がいいだろう。

私はそう思いながらなかなか行動に移せなかった。

自由に行き来できるなら遊びに行く感覚であの村に行けるのに。


次に暗闇に行ったら箱を探してみようかと思う。

私は残りの夏休みの間の食事を必要なしと申請しておいた。

いつ行くことになるかわからない。

食事に現れなかったら寮母さんが心配してしまうかもしれない。


────


私は夏休み明けから家庭教師のバイトを再開させたいと事務所に言ってきた。

事務所でも初めての生徒にあんなことがあったので無理はしないようにと言われた。


私は蒸し風呂の中にいるような真夏の暑さの中、自転車をこいだ。

風をきると少し涼しい気がした。

私はスーパーに寄って食料を買い込んだ。

なんだか気分はキャンプにでも行くようだった。

荷物を持って行きたくても持っていく方法はわからないが。


その日の晩御飯はスーパーのお弁当を食べた。

実家でわいわい食べた晩御飯を思い出して少し寂しい気持ちになった。

早めにお風呂を済ませベッドに入った。

暑い中自転車をこいたので体は疲れている。


目を閉じるといつもの暗闇の中にいた。

不思議と居心地のよい空間だった。

私は何かに導かれるように前に進んだ。

いつものように光が漏れている場所がある。


私はその光の元を拾い上げる。

大きめの箱だった。

私は躊躇いもせずに箱を開ける。

ハーブのようないいにおいがする。

私はまた眩しくて目を閉じてしまった。


────


「シア様!どこからおいでなさった?!」

男の人が私を見て叫んでいるようだった。

私はゆっくりと目を開けた。

「ここは…どこだろう。」

目の前にはびっくりしてこちらを見ている村の男の人と所狭しと生えている植物たちがあった。

「温室ですぞ!記憶がないんでしたな。わしはヤゲン。ここで植物を育てたりしております。」

ヤゲンと名乗った男はニコニコして一礼した。

「温室…すごい種類の植物ですね。」

私が珍しそうに見回るとヤゲンは笑いながらこう言った。

「ここにある植物のほとんどがシア様が植えたものですがな!」

「私が…そうだったのですね…」

ヤゲンはポカンとしている私に目の前にある植物の説明をしてくれた。

「カレーのスパイスはここで採れたものなのね。」

「カレー粉の調合にはなかなか悩まされたものですよ!今では黄金比をみつけていつでもうまいカレーライスが食べられるようになりました。」

私はこの世界でカレーライスをいつでも食べられるようにしたのか。


私は望んだものを何もないところに出せたという。

きっと今でも望めば目の前に出すことができるだろう。

しかし私がいなければそのものは勝手に湧いて出てこない。

ここで継続的に存在させるには材料から作るしかなかったのだろう。

私がいなくても存在させるために。


ここにいた頃の私の話を聞くたびに感心させられることが多い。

本当に私なのだろうかと不審に思うことがある。

私はこんなにも人のために何かしようと意欲的に働いたことがあっただろうか。

ここのみんなは私のことを尊敬でもしているように話す。

様をつけて呼んでいるのにも理由があるのだろう。


確かに何もないところに1つ村を作ってしまったのだからすごいことか。

「ヤゲンさん、お話していたいのですが私にはやらないといけないことがありまして。」

私は名残惜しそうにするヤゲンに手を振って温室を出てきた。


何かあってはいけないと思い、私は何もない場所まで移動した。

空には星が輝いていた。

ここは亜空間と呼ばれていて限りのある空間だという。

端っこは黒い壁で行き止まりなんだと聞いた。

それなのに太陽はのぼり、雨が降り、星が輝く。

まったくどういう仕組みなのかわからない。


とりあえず村の建物から離れた場所までこれた。

静かだった。

そよそよと吹く風はなんとも心地よかった。


私は目を閉じて(元の世界に戻りたい)と願った。

部屋のベッドに戻る想像をしてみた。


立っていた私はめまいがする感覚を覚えた。

横たわった感覚に変わった。


私はゆっくりと目を開けた。

そこは学生会館の自分の部屋だった。

(成功した)

私は自分のタイミングでこっちに帰ってくることができた。


同じように向こうに行けないかと同じことを試してみた。

何度やってもあの村に行くことはできなかった。

1度戻れたくらいじゃ検証にならない。

私はまたベッドで目を閉じた。

また暗闇の中に行くことができた。


ここにドアでもあればいいのに。

私がそう思うと目の前にドアが現れた。

私はゆっくりとそのドアを開いた。


ドアの向こうには部屋があった。

私はその部屋を知っている気がした。

私はドアの向こう側へ行った。

ドアは閉めると消えてしまった。

どうやら一方通行らしい。


部屋は真っ暗だった。

私は(明るくなれ)と念じた。

照明器具が一斉についた。

部屋の中には電化製品が並んでいた。

ここはいったいなんの部屋だろうか。


窓の外を見てみると太陽光発電のパネルのようなものが並んでいた。

発電して電化製品を動かそうとしたのか。

この魔法が当たり前の世界に電力という概念を持ち込もうとしたのか。

しかし村には電柱すらない。

カリナの家には冷蔵庫もオーブンもあった。

もしかして電力なしに動く家電を私は作ってしまったのかもしれない。


私は邪魔な家電たちを小さくしてテーブルの上に並べた。

その瞬間私の頭の中に映像が流れた。

ドールハウスに小さな家具を並べて…そこにはアリと羽の生えた妖精のような生き物がいて…

かわいらしい女の子の格好をした妖精と何かわからないけどもふもふした白い毛の生き物がいた。


なんだろう。

小さな妖精のようなものはこの村では見たことがない。

私は何か思い出せるかもしれないと今の映像で見たドールハウスを目の前に出してみた。

頭の中で見たままのそれがここにある。

しばらく眺めてみたが思い出すことはなかった。

今度アリに会ったら聞いてみよう。


私は一通り家の中を見て回った。

居間にあたるこの部屋以外は人が何かをした形跡はなかった。

もしかしたら住んでいたわけではないのかもしれない。

私は外に出てみた。


家と太陽光発電のパネルは塀で囲われていた。

出入口には鍵がかかっている。

私が初めてやってきたときにみつけた建物はこれだったようだ。

この世界にはないものがたくさんあるから危険だと思って立入禁止にしたのかもしれない。


私は鍵がかかったままにして家の中に戻った。

奥にある何もない部屋にソファやテーブルを出した。

ここにはまた来るような気がする。

あのドアを開けるときっとここに出てくるんじゃないかと思う。

少し居心地のよい空間にした。


私はソファに腰掛けてあちらに戻る検証を始めた。

目を閉じて戻りたいと念じてみたのである。

まためまいのような感覚がして私は部屋のベッドに寝ていた。


今回もちゃんと戻ってこれたというわけである。

2度できたのなら大丈夫じゃないかと思った。

夢でも見るようにあの村に行ってしまったとしても自分の意志でちゃんとこちらに戻ってくることができる。


私は安心した。

私さえしっかりしていれば問題はない。


安心したら眠くなった。

こちらとあちらを行ったり来たりするのも疲れることだった。

私は何も考えずに眠った。

すぐに深い眠りにつき、何か夢を見た。

なんの夢かわからないけど楽しい夢だった。



────

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