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記憶の箱  作者: yamico
6/36

チート

私は夢を見た。

真っ赤なドラゴンの背中に乗っている。

ドラゴンは高く舞い上がり翼をバタバタと動かす。

ビュンビュンと風をきり進んでいく。

私は振り落とされないようにしっかりとしがみつく。

「ママ!ボク速く飛べるようになったでしょ!」

ドラゴンは飛びながら私に話しかける。

「セキ!すごいよ!」

私はドラゴンにそう言った。


────


目を開けるとそこはカリナの家だった。

今回はどうやらこっちの世界で1泊できたらしい。

私のいた世界と時間軸が同じように進んでいるとしたら私は外泊でもしたことになるだろう。

(お母さん心配してるかな)

私の知っているお母さんは私のことをいつもすごく心配している。

日記に書いてあったお母さんとは別人のようだ。


ドアをノックする音が聞こえた。

「シア様、朝食の準備ができましたよ。」

カリナが静かにドアを開けて私がちゃんといるのか確認しているようだった。

「おはよう。ちゃんといるよ。」

私たちは目を合わせてニコリと笑った。


部屋の中は相変わらずカレーのにおいがした。

2日目のカレーは美味しいものだ。

昼に食べる予定だと言っていたので楽しみにしておこう。

カリナは焼き立てのクロワッサンとピンク色の飲み物を用意してくれた。

「いちごミルク?」

「はい!とても甘いイチゴが採れたので潰してミルクに混ぜました。」

砂糖は入っていないのだろう。

ほんのり甘くてイチゴがゴロゴロと入っている。

「すごくおいしいよ!」

そう言うとカリナはとても喜んでいた。


私は朝食を終えてからカリナに夢の話をした。

「真っ赤なドラゴン…セキさんですね!今はドラゴンの里で家族と暮らしているはずですよ。」

「私のことをママって呼んでいたんだけど…もしかして私はドラゴンになったりもしたの?」

「いいえ、卵から孵したからだと思いますよ。この世界ではドラゴンはとても珍しいんです。絶滅したと言われています。」

なるほど。

鳥なんかは孵化して初めて動くものを見るとそれを母親だと認識するとか。

私はドラゴンの母親代わりをしていたんだ。

「シア様が昔のことを思い出してくださっているみたいでとても嬉しいです!」

カリナは食後のコーヒーを飲みながらニコニコしていた。


「シアさんいますか?」

玄関からムイの声が聞こえた。

カリナはすぐにドアを開けてムイを中に入れた。

「おはようございます。」

私が挨拶をするとムイは安堵の表情をした。

「こちらの世界とあちらの世界を行ったり来たりですか?」

「うん。そうなの。自分ではコントロールできなくて。」

アリが飛びついてきて肩までよじ登ってきた。

「起きたらシアいないんだもん!びっくりしたよ!」

「ごめんね、アリ。」

私はアリの頭を優しく撫でた。

目を細めて気持ちよさそうにしている。


私はムイに向こうの世界で雨を降らせたことを話した。

「こちらで魔法を使えるのはわかりますが…元の世界でも使えるとなると…」

ムイは明らかに険しい表情になった。

「魔法の使えない世界でシアさんが魔法を使えると誰かに気がつかれると…良くないことが起こるかもしれません。」

「どういうこと?」

「こちらでも貴重な魔法は珍しく、利用価値も高いことが多いです。戦争や商売など幅広く利用します。だからもし魔法を使えない人たちがその存在を知ってしまったら…」

「悪いことに利用されたり実験台として何かさせられちゃうかもしれないか。」

「はい。そちらの世界がどのようなところかは詳しくわかりませんが。どこにでもずる賢い輩はいるでしょう。」

私は手枷足枷をされて人体実験されている自分の姿を想像して身震いした。

宇宙人として扱われるかもしれない。


「まだ雨を降らせたのとフルーツ牛乳を出しただけだから。どこまで魔法が使えるかわからないんだけどね。」

私がそう言うとムイはニヤリと笑った。

「どのくらい使えるのか検証しましょうか。」


ムイは私を連れて村の端の何もないところへ来た。

ただ草原が広がっていた。

「何から試しましょうかね?シアさんはなんでもできちゃいましたからね。」

「空を飛んだりできるかな?」

私がそう言うとムイは少し考え込んだ。

「シアさんが得意だったのは瞬間移動ですが…本体のまま飛んでいたことはあったかな…」

「本体って?」

「シアさんは生霊として飛ぶのは得意でしたよ。すごい速さで飛んでいました。」

生霊と聞くと心臓がチクンとした。

そういえば今は種族が霊体なのだからこの体自体が生霊のようなものなのかもしれない。


「魔法は想像力が大事だと言ってましたよ。」

想像力…私は飛んでいる自分を想像した。

(空を飛びたい)と願った。


私は思いきり地面を蹴ってみた。

私の体はふわりと浮かんだ。

(空中を移動したい)

私の体は私が思うように空を飛び回った。

アリが「シア!すごい!」と喜んでいる。

下でムイがニコニコしながらこっちを見ていた。

私はゆっくりと地面に降りた。

「飛べちゃった。」

「これはあちらの世界では封印ですよ!」

「うん。これは見られたら一発でアウトだわ。」


その後も火の玉を出したり水鉄砲を飛ばしてみたりいろいろやってみた。

私は思うがまま魔法を使うことができた。

「すごいです。おそらく以前のままの能力がありそうですね。チートというスキルは何でもできるということなのかもしれません。」

私が指からシャボン玉を出すのを見ながらムイはそう話した。


私はふわふわ飛んでいるシャボン玉に向けて鋭い刃を飛ばした。

シャボン玉はパチンと割れた。

この力は兵器にもなりうる。

原子力爆弾を出そうと思えば出てくると思う。

みんな死ねって願えば…


こんな力、今持っていて何になるというのだ。

この村には必要ない気がする。

こんなに美しくてみんな幸せそうに暮らしているこの村にはこれ以上何かが必要だなんて思えない。

畑で作物を収穫して、牧場でミルクを搾って、森で猟をして、川で魚を釣る。

必要以上の殺生はせず、自然とうまく共存している。

自分だけ得をしようだとか、誰かを蹴落とそうだなんて考える人はいない。

みんながみんなのためを思いやって暮らしている。


ここは理想郷だ。


私はあっちの世界を思い出して吐きそうになった。

毎日どこかで争いが起きている。

政治だか利権だか知らないけど、我先にと必要以上の富と権力を持ちたがる。

弱いものを蹴落として奪い、その後のことなんて知らんぷりだ。

そのくせ見た目にはこだわっていい格好したがる。

上辺だけ整えばそれでいい。


人が人を思いやるにはパワーが足りない。

ちっぽけな力で大きな悪に立ち向かっても傷もつけられずに弾き飛ばされる。

みんなそれを知っているから立ち向かわない。

無駄な労力は使わない。

大きな渦に巻き込まれている方が楽だからだ。

私だっていつもそうだ。

言いたいことがあっても言えない。

こうした方がいいだろうと思っても反論されるのが嫌で黙っている。

異物はすぐに排除される。

うまく波に乗れない者は波に飲まれるか岸に打ち上げられる。

そしてほとんどの人が傍観者になる。

世界で起こっていることに目を向けるが何もできない。

心を痛めるが自分だけのちっぽけな力では何もできないと改めて知ることになるのだ。


この村は何もない空間に1から作ったのだという。

草を生やし、木を植え、川を流した。

畑を耕し、果物を育てた。


私は恐ろしいことを考えた。


世界もそうやってリセットしてはどうか、と。

すべて破壊して何もないところからやり直してはどうか、と。

まるで神にでもなるような考えだ。


私は頭を振った。

たとえそんなことができる力があったとしても、やっていいことと悪いことがある。

破壊神になりたいわけではない。

結局私がどんな力を手にしていようと世界は変わらない。


私は空に向けて霧状の水を撒いた。

空には見事な虹が現れた。

妹が喜んで写真を撮りそうな風景が広がった。

(心配してるかな)


私は草原に寝転がって虹を眺めた。

ムイは何か言いたげだったが何も言わずに私の横で同じように虹を見た。


私はなんのために存在しているのだろうか。


────


急に体がグラグラとした。

ムイはその私の姿を見て慌てている。

「シアさん!どうしたんですか?!」

頭の中に声が聞こえた。

「ごめん、呼ばれてるみたい。」


私の意識はスーッと消えていった。

頭の中の声が大きくなる。


『さち!大丈夫?!起きて!』

『お姉ちゃん!!』


私の体は大きく揺れている。

私はゆっくりと目を開けた。

「お姉ちゃん!大丈夫?!」

「あれ?私…」

「もう!!!死んじゃったかと思ったじゃん!」

妹は私の体を掴んだまま青い顔をしていた。

お母さんは泣きながら床に座り込んでいた。

「なかなか起きてこないから…おかしいなって…揺さぶっても叩いても起きないんだもん!!」


体がグラグラ揺らていたのは妹のせいだったのか。

私は窓の外を見た。

西日が入って眩しい。

「ごめんなさい。」

「ずっとご飯も食べずに寝てるなんて…またお姉ちゃん…あの時みたいに…」

そう言う妹をお母さんは抱きしめた。

「そんなこと2度と起きないわ。お姉ちゃんは大丈夫よ。」

お母さんと妹は号泣していた。

お父さんがびっくりして部屋を覗いていた。

「どうしたっていうんだよ。」

「さちが…さちが全然起きなくて…私たち…」

お父さんは私のところに来ておでこに手をあてた。

「熱はないな。具合悪いか?」

「ううん。大丈夫。」

「ご飯にしよう!今日はお父さんがすき焼きを準備したんだぞ!」

泣いていたお母さんと妹は半分怒った様子で部屋を出ていった。


私はフラフラしながらも食卓の椅子に座った。

「お姉ちゃん本当に大丈夫?」

「たぶん。」

「病院で検査してもらったほうがいいかもよ?」

「でも病院もお盆休みだよ。痛いところも変なところもないよ。寝てただけだもん。」

「そうだけどさぁ…」

妹は心配そうに私をみつめた。

私は心が痛くなった。

こんなに家族を心配させていいわけがない。

確かにあの村は魅力的だし居心地がいい。

いつまでも居たいと思わせられる。

しかし私が本来居るべき場所はこちらだ。


私は暗闇に放たれても箱を探さないようにしようと思った。

過去の記憶なんてどうでもいい。

私はこの優しい家族たちを悲しませないようにしっかり生きないといけない。


「お父さんの作るすき焼きは美味しいだろう!」

私は野菜より肉がたくさん入ったすき焼きを食べた。

お母さんが作るよりも味が濃かった。

「野菜が足りないからしょっぱくなっちゃったじゃない!」

お母さんはどんどん鍋に野菜を入れた。

私たちは笑いながら食べた。


なんだかんだ言ってもここは平和だ。

大きな幸せはないけど小さな幸せは探せばたくさんある。


────

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