能力
夕焼けがきれいだった。
窓から西日がさして部屋の中が燃えているようだった。
カリナはキッチンで何かをしている。
執事は淡々と話を進めた。
「ご主人様が召喚したのは呪物です。そこにあなたがこの世界にやってきたのです。」
呪物と聞いてドキッとした。
呪いのかかった物のことだろう。
それが私だったのか。
「それからシアさんはご主人様の邪魔者を呪いという能力で排除してきました。その過程でこの村も作ったんですよ。」
「私が?この村を?」
「亜空間を作るスキルを得たシアさんはこの場所に家を建て、畑を作り、森をつくり、動物を創造した。洞窟には見たこともない鉱石があり、温室ではこの世界にはない植物を育てた。食べ物もこの世界にはないものをこの世界で創り出し、今も存在させている。」
執事はコーヒーを美味しそうに飲みながらニコニコと話続けた。
「私にそんなことができたなんて。」
「もちろん最初からできたわけではありません。シアさんは努力を重ねてレベルを上げてダンジョンを攻略して…とにかくみんなのために自分を鍛え上げていました。」
話に違和感はなかった。
きっとそうなんだろうと思った。
信じられない内容だったけど私はすんなり受け取った。
「この世界は何度もシアさんに救われたんだと思います。とんでもなく強い魔王が現れたときもシアさんはみんなと一緒に戦ってくれました。」
夕日は沈んでしまったようだった。
カリナはカーテンを閉めた。
部屋の中はキッチンからのいいにおいで充満していた。
「お話の途中のようですが、お食事にしませんか?」
私は笑顔でその提案に賛成した。
いつの間にかハムスターもテーブルの上に出てきていた。
「ボクもお腹すいたー!」
ハムスターは小さな体でぴょんぴょん跳ねていた。
私はそれを微笑んで見ていた。
「シア、ボクのこと思い出した?ボクの名前、アリって言うんだけど…」
「アリ…ごめんね、思い出せてないの。でもアリが手の上に乗っている感覚は覚えてるよ!もふもふでいい気持ち。」
アリはニコニコして喜んだ。
「うんうん!それはきっとボクだね!」
カリナはテーブルにたくさんの料理を並べてくれた。
「いただきます!」
私は気になっていたことを聞いた。
「ご主人様ってあの悪魔のことだよね?ライハライトってあの悪魔の名前?ということはあの悪魔の執事っていうことでしょ?」
「そうです。シアさんもご主人様の下僕ということになります。」
「あのアプリでは私の執事みたいな感じだったからさ。なんだか違和感はあったんだよね。ということは私とあなたは主従関係ではないんだね。」
「はい、私のことはムイと呼び捨てで呼んでましたよ。」
(ムイ…)
私は胸の中がスッとする気がした。
モヤモヤしていたものが少し晴れたような気がする。
カリナはデザートにとイチゴのケーキを作ってくれた。
私の大好物だ。
「シア様は本当にこのケーキがお好きですよね。」
美味しそうに食べる私を見てカリナは嬉しそうにしていた。
私は気がつかないうちに泣いていた。
「シア!どうしたの?!」
アリがびっくりして私の頭に移動して撫でてくれた。
「食べすぎてお腹痛くなった?」
「ううん。なんだか悲しくて…私…みんなのことちゃんと思い出したいよ…それなのに…」
「シアさん。焦ってもいいことないですよ。」
ムイは優しい眼差しで私にハンカチを渡してくれた。
私はそのまましばらく泣いた。
みんな何も言わずに見守ってくれた。
カリナは部屋を準備すると言って奥の部屋に入っていった。
「私はそろそろ屋敷に帰りますね。また明日の朝ここに来ますので。」
ムイは私が泣き止むのを待ってそう言った。
「ボクはシアと寝る!」
アリは私の頭から動かない。
ムイはカリナによろしくと言って出ていった。
カリナはふかふかのベッドを用意してくれた。
「お風呂はこちらです。着替えも置いてありますので。」
私は先にお風呂に入らせてもらった。
1日の疲れがどっと出てきた気がする。
眠ってしまいそうになったので慌てて出た。
「お風呂あがりはこれですよね!」
と言ってカリナは瓶のコーヒー牛乳をくれた。
「これってもしかして…」
「はい。シア様が1から作り上げたものですよ。みんな大好きな飲み物になりました。」
私は味わって飲んだ。
ツインテールのかわいい女の子と一緒に飲んでいる自分の姿が頭に浮かんだ。
温泉で二人で楽しそうにしている姿だ。
カリナに聞いてみると「魔王様ですね!」と嬉しそうに言った。
「魔王様…あのかわいい姿なんだね…」
私はそれ以上は思い出せなかった。
ベッドに入ると私はすぐに眠りについた。
温かくてふわふわしていてとてもいい気持ちだった。
枕元でアリが丸くなってすでに寝ていた。
アリの寝息は聞いていて心が落ち着く。
────
私はまた真っ暗な空間にいた。
もう何度目だろうか。
私は何かに導かれるように歩いた。
目の前にまた箱が現れた。
今度は光っていない。
小さいのに重たくてなんだか嫌な雰囲気がする。
私は気が進まなかったが箱を開けてみることにした。
中には黒いモヤモヤが入っていた。
モヤモヤは私を飲み込んだ。
────
私は家にいた。
テーブルには1000円札とメモ書きが置いてある。
私はこの日を思い出した。
この日は…私の誕生日だ。
それなのに家族は忘れて私を置いて三人で出かけてしまったのだ。
(私はいらない子)
私は持っていた箱を放り投げた。
こんな記憶なんて思い出したくない。
私はまた真っ暗な空間にいた。
歩くのをやめてそこにうずくまった。
このまま朝になればいい。
さっき見た光景が脳裏に焼きついている。
自分の存在を消したくなった辛い思い出。
私は実家に帰省して4人でワイワイ晩御飯を食べたのを思い出した。
記憶の中の家族と違う。
変わったのは…
変わったのは多分私だ。
異世界に行く前の私はどうしようもない人間だった気がする。
世の中の嫌なことを全部他人のせいにして、自分からまわりと壁を作り一人になろうとしていたのだろうと思う。
なんとなく思い出した。
異世界での私は…
人のために何かをしようと頑張っていたとムイが言っていた。
どうせ思い出すなら異世界での私のことを思い出したい。
私は暗闇でうずくまったまま思い出そうと頭をめぐらせた。
しかし何も思い出せなかった。
────
「お姉ちゃん、具合はどう?」
妹がカーテンを開けながら私に聞いている。
私は眠い目をこすりながら起きた。
夏休みで実家に帰って来ていた。
昔のことを思い出して具合が悪くなったんだったっけ。
さっきまでいた世界は全部夢だったのかもしれない。
私が現実から逃げた架空の世界。
そう考えるのが1番納得がいきそうだ。
私はだるい体をなんとか起こして下に行った。
心配そうな両親の顔があった。
せっかく帰って来てるのに心配させてはいけない。
私はできるだけ元気に振る舞った。
「お腹空いた!スイカ食べていい?」
「ご飯食べられるなら食べてからにしなさいね。」
家族は安心したようにいつもの顔に戻った。
両親は仕事に行き、妹は塾に行ってしまった。
私は広い部屋の中に一人になった。
明日になればお盆休みでみんな家にいる。
洗い物をしながら私は夢のことを考えた。
事故の後の病院のベッドに寝ている間に長い夢を見ていたのだろう。
その続きを昨日見たのではないだろうか。
何もできなかった私はなんでもできる私になりたかった。
それを夢で叶えたのだろう。
私が自分のことより人のために動いていたなんて考えられない。
人を呪って楽しんでいたような女なんだから。
洗い物を終えた私は居間のソファーでゴロゴロした。
特にすることもない。
勉強する気持ちにもならない。
地元に帰ってきたって友達がいるわけでもない。
なんだか惨めな気持ちになってきた。
私は何が楽しくて生きているのだろうか。
これなら呪って楽しんでいたほうがマシなのかもしれない。
外は晴れている。
家の中はクーラーが効いていて涼しいが外に出ると暑くて死にそうになるだろう。
雨が降らなくて水不足になるかもしれないとニュースで言っていた。
私はなんの気なしに窓から空を眺めながら(雨よ降れ ザーザー降れ)と祈ってみた。
するとみるみるうちに空には雲がかかり暗くなった。
(そんなまさか)
見ているとポツポツと雨粒が落ちてきてあっという間にザーザーと雨が降ったのだった。
私は焦ってスマホで天気予報を見た。
今日は1日晴れの予定になっている。
(そんなバカな)
私が祈ったから雨が降ったとでもいうのか。
テレビをつけてみるとニュースで見るお天気ニュースのライブカメラは晴れていた。
うちの近所だけ雨が降っているようだ。
私はテレビを観ながら(東京も雨になれ)と念じてみた。
これで晴れている東京に雨が降ったら私はシャーマンかイタコにでもなったかもしれない。
私はじっとテレビを観た。
画面の中で街中が暑いと言いながらインタビューをしている中継の映像が流れている。
先ほどと同じように急に暗くなった。
キャスターは驚いて空を仰いだ。
カメラも空を映し出している。
『急に雲がかかって暗くなりました!雨が降りそうです!』
中継先はちょっとバタバタしているようでスタジオの映像に戻った。
スタジオのキャスターはお天気カメラを見ながら『急に雲行きが怪しくなってきましたね。雨ですね、雨が降り始めたようです。』
お天気カメラのライブ映像は激しくカメラに向かって雨粒がぶつかる映像になった。
『雨予報はなかったのですが、これがゲリラ豪雨というやつですね。みなさん急な雨にお気をつけください。』
と笑顔で言っていた。
私は窓の外を眺めた。
(偶然だろうか?)
確かに最近ゲリラ豪雨とかいうのが話題になっている。
温暖化の影響なのか知らないけど日本の天気も不安定になることがある。
私のスマホが鳴った。
めったに鳴らないのでびっくりしたが妹からメッセージが着ていた。
『昼過ぎまで雨が止まなかったら駅前まで傘を持ってきてほしいな』
雨の予報なんてなかったんだから妹は傘を持っていっていない。
雨は昼を過ぎても止まなかった。
駅前まで雨の中を歩いて10分。
私はお気に入りのレインブーツを履いて傘をさして外に出た。
風もなく雨はまっすぐ降っている。
私は雨が好きだった。
こうやって傘をさして歩くのはなんだか心が落ち着く。
私は妹の傘を持って雨の中を歩いた。
妹は駅の雨があたらないところで待っていた。
「お姉ちゃん!ありがとう!」
妹は私に手を降って叫んでいた。
私たちは雨の中を並んで歩いた。
3つ下の妹は高校3年生。
受験生だから家の中でもみんな気を使っている。
そんなに勉強のできる子ではない。
地元の看護科のある大学に行きたいと言っている。
私が入院していたときに看護師さんに良くしてもらって憧れたのだという。
私も両親もできることはしようとみんなで応援していた。
「雨量不足なのはわかるけど急に降られると困るよねー。」
妹はスニーカーが濡れるのを嫌がっていた。
「ゲリラ豪雨だってよ。」
「虹でも見れたらラッキーってなるのにな。」
私たちは空を見たが止む気配はない。
妹に虹を見せてあげたかった。
(雨が止んで虹が出たらいいのに)
私は何気なくそう思った。
「あれ?晴れてきた。」
妹は歩くのを止めて傘を閉じた。
目の前に大きな虹がかかったのである。
「すごいよ!お姉ちゃん!でっかい虹だ!」
妹はスマホを取り出して写真を撮っていた。
「私が言ったからかな?お姉ちゃん見て!」
妹は嬉しそうにきれいに撮れた写真を見せてくれた。
「うん、すごい。」
妹は上機嫌になりしばらく虹を眺めた。
私はその虹に圧倒された。
妹が言ったからじゃない。
私が望んだからだ。
私が虹を望んだから出てきたんだ。
これはもう偶然ではない。
偶然は3度も続けて起きない。
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