シュンくん
「色野さん、警察官にならない?」
青い鳥で常連さんにコーヒーを出していると後ろから後藤さんの声が聞こえた。
「何言ってるんですか。」
私はいらっしゃいませと言って後藤さんにお水を出した。
「向いてると思うんだよね!色野さんって何歳だっけ?」
「もうすぐ30歳ですけど。」
「もっと若いと思ってた。」
「年齢制限でアウトでしょ。ほんと、何を突然。」
「おすすめ1つね。それが道警は33歳まで受けられるんですよ。」
「マスター、おすすめ1つお願いします。」
「はいよ。」
マスターは豆をゴリゴリと挽きだした。
「そうだとしてもなぜ私が?昨日の事件はどうなったんですか?」
後藤さんはテレビを指差した。
ちょうどニュースで強盗犯の男2名と共謀の罪で1名を逮捕したと報じていた。
「留守番の男も逮捕できたんですね。」
「茶髪くんがお喋りでね。」
後藤さんはニヤニヤしながらニュースを見ていた。
一瞬自分が映ったと大喜びしていた。
(子供か)
淹れたてのコーヒーを持っていくと後藤さんは私に大きな封筒を渡した。
「次の試験は9月だよ。募集案内は7月に出る。ここに入ってるのは4月の試験のときのものだよ。内容は変わらないからぜひ目を通してみて。」
私はせっかく持ってきてくれたので一応受け取った。
「私が警察官になんてなれるわけないじゃないですか。」
「さっちゃんが警察官?格好いいじゃない!」
ママさんは笑っていた。
マスターは苦笑いをしていた。
これが普通の反応だろう。
後藤さんはコーヒーを飲み終えるとテーブルに600円を置いて「ごちそうさま。」と言った。
「ありがとうございます。またお越しください。」
「事件があったら連絡します。」
後藤さんは笑顔で帰って行った。
────
私は家に帰ってきてレンジでチンするご飯を温めていた。
納豆を混ぜながら後藤さんが持ってきた封筒に目をやった。
なぜ急に私に警察官になれだなんて言ってきたのだろうか。
もしかして昨日のゴルフクラブを飛ばしたのが私だとバレてしまっているのか。
私はホカホカご飯の上に納豆をかけて食べた。
確かに食生活は貧しくなる一方だった。
警察官じゃないとしてもこのままではいけない気がしていた。
しかし医師として働くには覚悟が足りない。
お金のためにだなんて言う医者は信用ならない。
だからといっていきなり警察官と言われても想像すらできない。
とりあえず小銭を稼ごうとパソコンを立ち上げて昨日のチャット相談にログインした。
メッセージ機能がついていてそこに5件の相談リクエストが来ていた。
(こんな機能もあるのか)
私がログインすると利用者に通知がいく機能もあるらしい。
私がそれを見ている間に私のチャットルームに利用者がやって来た。
『ネットで病気のことを相談できるって聞いたのですが。』
『私でよければお答えしますよ。』
(ネットで宣伝したつもりはないんだけどな)
私はチャットで症状から推測する病名やどこの診療科がいいかなどをアドバイスした。
1人終わるとすぐ次の人がやって来た。
どの人にも念のため気になるなら病院に行くべきだと言った。
みんな病院が嫌いなようだ。
私はなぜか大人気だった。
時間がよかっただけなのかもしれないが相談者は次から次へとやって来た。
その中の一人にどこで私のことを聞いたのか質問してみた。
『SNSであなたを褒めている書き込みを見ました。』
と教えてくれた。
私はログアウトしてから半信半疑で調べてみた。
するとすぐにそれをみつけることができた。
書き込みの内容からするとハナさんだろう。
『ずっと怖くて1歩を踏み出せなかったけど、病院に行ってみることにします』
と書かれていた。
彼女はどうやら巷で噂のインフルエンサーという人だった。
私はよく知らないがこういう人が発信する出来事をみんなは真似するのだという。
私はパソコンをシャットダウンした。
世の中にはいろんな人がいるなぁと思った。
私も何かみつけなくては。
────
朝から夕方まで喫茶店で働き、夜は相談員の仕事をするのが定番になっていた。
あれから後藤さんからの連絡はない。
世の中が平和ならそれが一番だ。
私は疲れた体を狭いお風呂で癒やしていた。
電話が鳴っているのが聞こえる。
私は出たら折り返せばいいやとすぐにお風呂を出なかった。
電話はしつこく鳴り響き、切れたかと思ってもまたすぐに鳴った。
これは家族に何かあったのかもと思い直し、私はビチャビチャのまま電話に出た。
『色野さん!至急助けてほしいんだ!』
電話の主は後藤さんだった。
私はビチャビチャのまま「どうしたんですか?」と聞いた。
『誘拐事件なんだよ。急がないと…スピード勝負なんだ。』
後藤さんは10分で家にくるという。
私は急いで服を着て頭を拭いた。
10分といったのにもうチャイムが鳴った。
私は頭を拭きながらドアを開けると後藤さんが汗だくで立っていた。
「説明したいから、少しお邪魔していい?」
私はどうぞと言って中に入ってもらった。
この部屋にお客が来るのは初めてだった。
私はこういうときにはお茶をだすものだと思ったがうちには湯呑みもお茶っ葉もなかった。
私が台所で困っていると、
「ごめん!時間がないから話だけでも聞いて!」
と言われた。
被害者は皆川シュンくん3歳。
両親は二人とも弁護士をやっている。
預けている保育園に迎えに行くとすでにシュンくんはいなくなっていたという。
誰かがお迎えに来たわけでもなかったのだが、誰もいなくなったことを変だと思わなかったのだという。
シュンくんをお迎えに来るのはシュンくんの両親の他に母親の祖父母、父親の妹とその彼氏、弁護士事務所のアシスタントとその日によって来る人が違っただけではなく、時間もバラバラで午前中のときもあれば夜遅くのときもあって忙しい保育士さんたちは『帰ったのだろう』と思い込んで誰も気にしなかったのだという。
そして数時間前に自宅に電話が入り、身代金の要求があったのだと言う。
電話は防犯カメラのない公衆電話からかけられており、指紋は拭き取られた後だった。
一億円を用意するように言われ、両親はそんな金はないと絶望しているという。
「受け渡しについては?」
「また連絡すると言って電話が切れてまだ連絡がないみたいなんだ。」
後藤さんは公衆電話周辺で聞き込み捜査を担当するはずなのにここに来ているのだという。
「ごめん、現場に戻らないと。」
「私は何を???」
後藤さんは私のスマホのマップを開き公衆電話の位置を教えてくれた。
「近くにいるとは思わないんだけど…探すのを手伝ってほしいんだ。何か情報が出たらメールする。」
そう言ってドタドタと出ていってしまった。
私は髪の毛が濡れたままシュンくんの写真を見た。
笑顔で写っているシュンくんはとてもかわいかった。
(こんなかわいい子を怖い目に遭わせるなんて許せない)
私はそのまま生霊になって問題の公衆電話まで行った。
公衆電話には黄色いテープがめぐらされていた。
捜査官たちは周辺で目撃者を探しているようだった。
私はそっと公衆電話の中に入り、(どんな人が使ったのか教えて)と電話機に触れた。
物に感情があるとは私も思っていない。
電話機は残念ながら私に教えてくれることはなかった。
公衆電話の設置されている真向かいの家の塀はときどき穴が開いているタイプのブロックが積まれていた。
その穴からこちらを見ている視線を感じた。
私が近づくとそこには大きな犬がいた。
犬には詳しくないけどおそらく雑種だろう。
高級な品種の犬ならきっと屋内で飼育しているはずだ。
私はその犬に話しかけた。
(何か見ているなら教えてほしい)
どうやら私は犬語を話せない。
しかたなく犬に憑依してみた。
私の目は犬の視線になった。
耳は鋭く、臭いにも敏感になった。
この犬は確かに犯人を見ていた。
私はその記憶を見ることができた。
黒っぽい服装で『Good』と描かれた濃い灰色の帽子をかぶっていた。
(何がGoodだよ BADだろうが)
その男はこちら側の歩道に来てこの犬の横を通っていた。
独特なタバコの臭いがする。
あとはココナッツのような甘いにおいもする。
私はそのにおいを追いかけようとしたがリードで繋がれていた。
私は意識を戻して後藤さんに電話をかけた。
「ねぇ、人の家の犬を借りることってできる?」
後藤さんは一瞬戸惑ったがすぐに察したようだった。
「もしかして公衆電話の真向かいの家の?」
「あたり。」
後藤さんはすぐにその家の飼い主に交渉してくれた。
住人は騒ぎを心配して起きていてくれた。
「うちの犬が役に立つとは思えませんがねぇ。」
と言われていたがすぐに散歩用のリードをつけて渡してくれた。
私はすぐにその犬に憑依してあの臭いを追った。
私が走ると飼い主は驚いていた。
「こら!ちゃんと刑事さんの言うことを聞くのよ!」
私はそう言われて立ち止まり、「ワン」と返事をした。
後藤さんはクスッと笑った。
そして走った。
後藤さんも必死についてくる。
男の臭いは近くのコインパーキングで途絶えた。
どうやらここで車に乗ってしまったらしい。
私がお座りして吠えると頭を撫でてくれた。
勝手に尻尾が動いた。
後藤さんはコインパーキングに防犯カメラがついていることに気がついてその会社に電話している。
「すぐに向かいます!」
どうやら近所の警備会社で録画しているという。
後藤さんは急いで犬を戻してその警備会社に向かった。
私は犬から出て(長生きしてね)と頭を撫でた。
犬は尻尾を振っていた。
────
私も生霊のまま後藤さんについていった。
助手席に座ると驚いていた。
「色野さん、犬に取り憑くなんてすごいですね!」
後藤さんは興奮しながらそう言った。
『そんなことよりカメラに映っているといいんですが。』
「わぁ!喋ることもできるんですか?!すごいなぁ。」
この緊急時に子供のように喜んでいた。
(不謹慎だ)
すぐに警備会社についた。
後藤さんは警察手帳を見せて中に入っていった。
「これですね。」
警備会社の人は録画を見せてくれた。
そこには電話が来た時間の10分後に車に乗り込む灰色の帽子の男が映っていた。
後藤さんはナンバーを手帳に書き入れて、
「証拠として提出してもらうかもしれませんので消さないで保管してもらえますか?」と言ってすぐに警備会社を出てきた。
車に戻り無線でナンバーを伝え所有者を調べてもらっていた。
すぐに所有者の名前と住所がわかった。
私はすぐにその住所へと向かった。
そこには誰もいなかった。
古いアパートで駐車場に車もなかった。
私は後藤さんの車に戻り、
『誰もいなかったよ。車もなかった。』
と伝えた。
後藤さんは車を停めて悔しがった。
「1度署に戻って街の防犯カメラと男について調べるよ。色野さん、申し訳ないけどまた何かわかったら教えてくれる?」
私は頷いて空へ飛び立った。
私は上空で目をつぶり、さっき見た男の気配を探した。
すぐに気配を感じることができて私はその方向に向かった。
(人間をみつけることなんて魔王を探すことに比べたら余裕だね)
男は倉庫のようなところにいた。
車が2台停まっている。
シュンくんは目隠しをされて手足を縛られ口にガムテープをされて別の車の中にいた。
「おい、どうするよ。」
「ちくしょー、あのガキ俺の車に漏らしやがった。」
「よし、準備はできた。ここに金を振り込ませろ。制限時間は…そうだな今日中だな。」
「1億だなんて払えるのか?あいつら。」
「値下げ交渉してくるかもな。半分でも頂けたら儲けものだろう。」
「5000万か、悪くないな。」
帽子の男の他に二人いた。
一人はパソコンを操作していた。
主犯格に見える。
倉庫の真ん中にテーブルと椅子が置かれていて男たちはそこに座っていた。
私は車の中のシュンくんの様子を見た。
かなり衰弱していた。
私は治癒魔法をかけた。
(ごめんね、すぐに助けに来るからね)
私は後藤さんのところへ行った。
私をみつけると後藤さんは電話が来たふりをして廊下に出てきてくれた。
私はテレパシー系のスキルを持っていたがあまり使ったことがなかった。
しかし説明するより見せたほうが簡単だと思って両手で後藤さんの頭を押さえて今見てきた映像を直接頭の中に送った。
後藤さんは一瞬ビクッとしたけどすぐに険しい顔になって私を見た。
「ありがとうございます。すぐに向かいます。」
そう言って電話を切ったふりをした。
部屋に戻ると地図を広げてその倉庫を探した。
後藤さんは指差して私を見た。
私は頷いた。
「先程の車の目撃情報がありました。」
と言って倉庫の住所を偉い人に渡した。
すぐに向かえと言われて数人の捜査官が部屋を出ていった。
捜査本部は犯人から電話が来たとザワザワしていた。
「今日中に振り込めと言ってきた!時間がないぞ!」
────
捜査官たちはサイレンを鳴らさずに倉庫に近づいた。
後藤さんはさっき見せた情報があるので車がどこにあるのかを把握していた。
捜査員たちは静かに建物を囲んだ。
『容疑者と思われる男を発見、応援を要請する。』
後藤さんは小声で応援要請をしていた。
男の一人が「コンビニ行ってくるわ」と言って外に出てきた。
建物から離れたところで男を取り押さえた。
「ちくしょー!なんで場所がバレてんだよ!!」
パトカーの中で男は暴れていた。
パソコンを操作していた男が物音に気がついた。
「何か声がしなかったか?」
「別に。」
「ガキを見てきてくれ。」
「だりぃなぁ。どうせ殺すんだろ?」
帽子の男は車の後部座席のドアを開けてシュンくんの様子を見た。
「もぞもぞ動いてるから生きてるんじゃね?」
「そうか、その音だったかな。」
「減額してきた?」
「いや、とりあえず6000万用意するってよ。残りはガキと引き換えだとさ。」
「6000万もあればいいか…」
「そうだな。入金を確認したら片付けるぞ。」
外には応援の警察官が到着していた。
建物を取り囲む形になった。
捜査本部にいた偉い人もやって来ていた。
私も緊張していた。
無事に救出されますように。
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