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記憶の箱  作者: yamico
32/36

後藤さん

喫茶店『青い鳥』で働きだして2週間が経った。

常連さんたちにも名前を覚えてもらい仕事としては順調だった。

私はいつものように閉店後の片付けを手伝ってから店を出た。


「さっちゃん!ちょっといいかな?」

私は店内で『さっちゃん』と呼ばれている。

店の外に一人の男が立っていた。

週に2、3回来る常連さんだった。

男はバッチを見せた。

「こういう者です。」

男が警察官だったので悪いことをした覚えはなかったがドキドキしてしまった。


「ちょっと相談があってね。ご飯奢るから少し付き合ってくれないかな?」

そう言われて私は近くの定食屋に連れて行かれた。


「どうも、改めまして。後藤と申します。」

後藤さんはとんかつ定食を注文した。

私も同じものをお願いした。

「私、何かしましたか?」

「いやいや、違うんだよ。」

後藤さんは真剣な顔になってこう言った。

「さっちゃん…いや、色野さんさ、幽霊と話ができるよね?」


私はびっくりして固まってしまった。

どういう意味だろうか。

この人はなぜこんなことを突然言い出したのだろうか。

頭の中がパニック状態になった。

なんて答えていいのかわからなかった。


「病院にいるでしょ。助川さん。私にも見えるんですよ。」

サトシさんと話をしているところを見られたというのか。

確かに人目のあるところでもサトシさんは気にせず話しかけてきていた。

「そうだったら、なんだって言うんですか?」

後藤さんはフフフと笑った。

「そんなに警戒しないでよ。仲間みたいなものでしょう。」

私は気がつかないうちに後藤さんを睨んでいた。


「助川さんに聞いちゃったんだ。色野さんはすごいって。生霊になって空を飛べるんだって?」


サトシさんはそんなことまでこの人に言ったというのか。

私は口止めしておくのを忘れていたことに気がついた。

そもそも他にもサトシさんと話をする人が現れるなんて思いもしなかった。


「助川さんがみつかるように動いたのも色野さんだろ?助川さん、本当に感謝してたよ。」

私は頭を抱えた。

あの人は本当になんてことを。

話ができる人をみつけて嬉しそうに話しまくるサトシさんの姿が目に浮かんだ。


「何か罪になりますか?」

私は俯いてそう聞いた。

法律の勉強もしておけばよかった。

「いやいや、そういうことじゃないんだって!」

「じゃあいったい…」

後藤さんはニヤニヤしていた。

「医師になるのをやめたんだろう?喫茶店のバイトだけで満足してるのかい?」

「そんなこと、あなたには関係ないと思いますけど。」

「私の捜査に協力しませんか?アドバイザーという立場で。」


私は思いもよらない言葉に驚いた。

(私が警察で??)

「もちろん毎日とはいきませんが。喫茶店のマスターにも交渉しようとは思っていますが、ママさんの腰、かなり良くなったと思いませんか?きっと時々なら抜けても大丈夫だと思うんですよね。」

確かに働き始めたときよりもママさんは動けるようになっていた。

私がいなくても大丈夫なんじゃないかと思うこともある。


「私に何ができると言うんですか?」

「もちろん、生霊になって空を飛んでほしいってことです。」

とんかつ定食がテーブルに置かれた。

「いただきます!色野さんも召し上がれ。」

私も「いただきます。」と言って食べ始めた。

久しぶりの揚げ物は体にしみた。

節約していたので私の1日のメインのご飯はママさんの作る賄いだった。


私は話していたことを忘れてとんかつに夢中になっていた。

「えっ?」

私は後藤さんが言った言葉を思い出して思わず声が出た。

「便利ですよね。飛べるなんて。」

後藤さんはもぐもぐしながらそう言った。

「別に私が飛ぶわけじゃないですから。」

「確かに、本体は抜け殻になるんでしたっけ。」

「サトシさんはどこまで話したんですかね?」

「多分、彼が知ってることは全部話してくれたと思うよ。相談室でね、なかなかいいソファですよね。」


私はため息をついた。

ここでこの人の記憶を操作することは可能だろう。

しかしまたサトシさんに出会えば同じことかもしれない。

その前に口止めすればいいかな。


「色野さん、今何か悪いこと考えてますよね?」

私はビクッとした。

この人、人の思考を読めるのだろうか。

私はまた睨みつけてしまった。

「仕事柄、なんとなくわかるんですよ。そんなに睨まないでくださいよ。」

「ごめんなさい。」


「すぐに決めろとは言ってません。医師としてアドバイスをもらうっていう体になるかと思います。それでもよければお願いします。」

後藤さんは食べ終えて満足そうな顔をした。


「ではまた青い鳥で。私はまだ仕事がありますので。」

後藤さんは二人分のお勘定を済ませて先に店を出ていった。

残された私はこれが夢なのか現実なのかわからなくなっていた。

とにかく状況はあまりよろしくない。

私も食べ終えて「ごちそうさまでした」と店を出た。

そう言えば後藤さんにごちそうさまをするのを忘れてしまった。

次に店に来たときにちゃんとお礼をしよう。


────


私は帰ってからパソコンの前に座って生霊について調べた。

世間一般ではどういう物だと思われているのか気にしたことがなかった。


普通の生霊は無意識に気がつかないうちに飛ばしてしまうと書いていた。

飛ばしやすい人の特徴にはネガティブなことばかり書かれていた。

私もそういう人だと思われているのかな。


私は『生霊操作』というスキルを以前持っていた。

だから思うまま動かせるというか、生霊になっている。


あの刑事さんはなかなか鋭い人だ。

ここで油断して彼を見に行ったらきっとみつかってしまうだろう。

記憶を消したところでメモなど残されていたらまた面倒なことになる。


私はまたため息をついた。

(サトシさんめ…)

何が正解かわからない。

話の流れから行くと私に空を飛べということだろう。

飛んで何かを探したりさせるということかな。

(それくらいならいいかな)

呪詛とかを使えと言われているわけではない。


そう思ったけどすんなり納得の行く話ではなかった。

マスターが私がいなくなると困るって言ってくれたらいいんだけど。


────


翌日、朝から後藤さんが青い鳥にやって来た。

マスターもママさんも「構わんよ。もともとそんなに忙しくないし。」と言った。

後藤さんはそれを聞いて私を見てニヤリとした。


私は逃げ道がないのを感じた。

「わかりました。私にできることでしたらお手伝いさせてもらいます。」

「よっしゃ!」

後藤さんはガッツポーズをして喜んだ。

「アドバイザー登録したいから仕事終わったら署に来てくれる?」

自転車で行けなくもない距離だった。

「ランチの時間終わったらあがっていいよ。」

マスターがそう言うとママさんも頷いていた。

「ありがとうございます!では3時くらいに待ってるよ!」

後藤さんは嬉しそうにコーヒーを飲み干して600円をテーブルに置き、「ごちそうさま!」と店を出ていった。

(しまった)

私はまた昨日のお礼をするのを忘れていた。


────


青い鳥のランチメニューはカレーとナポリタンしかない。

それでも根強いファンがいてランチ時は混む。

2時半を過ぎると店は落ち着く。

「さっちゃん、あがっていいよ。」

「はい、ありがとうございます。」

私はエプロンを置いて店を出た。


地図を見ると自転車で15分くらいだった。

私は家に寄って医師免許に関連するものとマイナンバーカードと印鑑を持った。

登録って何が必要なんだろうか。


私はリュックに入れて後藤さんのいる警察署に向かった。

車の往来が多くて思っていたより時間がかかってしまった。

受付で名刺を見せた。

「少々お待ちください。」

受付には話が通っているようですぐに後藤さんを呼んでくれた。


「ごめんなさい。遅刻ですよね。」

「全然大丈夫ですよ!どうぞこちらに。」


それから後藤さんは会議室のような部屋で数枚の書類を見せた。

1枚ずつ説明をしてくれた。

「私みたいな人ってどれくらいいるんですか?」

「今はサイバー班にしかいないね。色野さんについては無理言って署長にお願いしたからね。」

「なんて言ったんですか?!」

「医師免許を持っていて精神科医としてのアドバイスをもらうと。」

「精神科医?!」

「母子暴行事件の犯人逮捕の影の立役者は色野さんってことになってるよ。」

「私が犯人逮捕に?」

間違ってはいないけど、そんな嘘みたいな話で通ってしまうなんて。

この後藤さんという人はなかなかの交渉術の持ち主かもしれない。


「これでよし。少ないけど謝礼も出るからね。」

「事件があったら呼び出されると言うことですか?」

「私が色野さんを必要だと思ったときには連絡しますよ。青い鳥か家にお迎えにいきますよ。」

「わかりました。」

「生霊になったら本体は抜け殻になるんでしょ?基本的には車の中が拠点になると思うよ。」

確かに抜け殻を他の人に見られて面倒なことになるよりもいいか。

「その辺は臨機応変に!」

「わかりました。」


私が帰る用意をしていると後藤さんはファイルを見せてきた。

「小手調べといきませんか?」


────


「強盗と暴行の容疑者なんだけどなかなか尻尾を掴めないんだよね。」

ファイルには数人の写真と情報が書かれていた。

「ちょっと部屋の中を見てきてくれないかな?」


後藤さんは『ちょっとおつかい行ってきて』という感覚でそう言った。

「今ここでですか?」

「あ、何か準備とか呪文とか必要なやつ?」

「いいえ、何も必要じゃないです。地図を見せてください。」

私は後藤さんの持ってきた地図で場所を確認した。

「家の中を見てくればいいんですね?」

「うんうん。頼むよ!」

明らかに後藤さんはワクワクしていた。

新しいおもちゃをもらった子供のようだった。


私は椅子に深く座り生霊になった。

後藤さんは生霊の私が見えているようで嬉しそうに手を振っていた。


私はスルーしてすぐに空高く舞い上がり目標の家まで高速で飛んでいった。

すぐにそのマンションについた。

10階建てでこの辺にしては大きな建物だった。

部屋番号を確かめて中に入った。


中には写真の男たちと誰かの彼女らしい女性が1人いた。

「ねぇ、何か美味しいものでも食べに行こうよー!」

女は髭面の男に甘く囁いていた。

「この前頂いた金はもうないんだよ。今新しい仕事先を探してるからちょっと待てよ。」

髭の男は茶髪の男に「どうだ?」と聞いた。

「この家、歯科医が住んでるんだけど学会で3日間留守にするって。家族旅行に行くって娘がSNSに上げてるよ。」

「歯医者か!いいねぇ〜いいモノ持ってそうだな。セキュリティは?」

「警備会社に通報が行く窓はチェック済み。2階のこの窓は問題なしだとよ。」

太った男がポテトチップスを食べながら建物の見取り図を見せた。

「警備会社のあの男、本当に使えるな!」

髭の男は喜んでいる。

警備会社にも仲間がいるようだ。


「決行は家族が出かけた日の深夜。」

男たちはハイタッチをしていた。


────


私は意識を戻した。

そして忘れる前に紙に今見てきた歯科医や住所、娘のアカウントと家の見取り図も描いた。


「これは?」

「次のターゲットらしいです。家族旅行に行く時を狙うって。」

私はスマホで見てきた娘のSNSを開いて後藤さんに見せた。


『明日から家族で沖縄旅行』と書かれ水着の写真が載せられていた。

「明日?!」

後藤さんはどうしようかと考えていた。

この情報をどこから仕入れたのか聞かれたら答えられないからである。


「色野さんありがとう。後は私がどうにか考えてこいつらを現行犯で逮捕すればいいだけだね。」

後藤さんはニヤリと笑った。

なんて言ってこの場所に行くつもりなのか気になったけど聞かなかった。

「私は現場に行かなくていいんですよね?」

「もちろん!そんな危険なところにしかも深夜に連れて行かないよ!」

私は少し安心した。

深夜の車で張り込みをする想像をしただけでアクビが出そうだ。


今日はもう帰っていいと言われた。

後日うまくいったか報告すると言ってくれた。


私は帰り際に「あ、昨日はとんかつ定食をごちそうさまでした。」

とペコリと頭を下げた。

後藤さんは「うまくいったらもっと美味いものを奢るよ。」と言って手を振ってくれた。


私はうまくいくといいなと思った。


────

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