珈琲
私はコンビニで何かおみやげになりそうなものがないか探している。
(何を買っても即席っぽいな)
私は飲み物とゼリーだけ買ってルイちゃんの病室に向かった。
ルイちゃんは元気そうだった。
お母さんはまだ私の顔を見ると変な顔をする。
(まだ疑われてるのかな)
「明日退院していいんだって!」
「そっか!よかったね。」
お母さんは心配そうな顔になった。
「親戚の家とか友達の家に行ったほうがいいって言われてるんですよね。」
「まだどこに行くか決めてないんですか?」
「はい。親戚付き合いもしてませんし。泊めてもらえるほど仲のいい友人もいなくて。」
犯人はまだみつかっていなかった。
家に戻るのは怖いだろう。
ルイちゃんは嬉しそうにゼリーを食べていた。
私はそれを笑顔で眺めていた。
その時廊下で声がした。
掃除をしていた清掃員の人がバケツの水をぶちまけたのである。
「すいません。すぐに片付けますから。」
私は嫌な予感がした。
この気配は…殺意だろう。
私は立ち上がりドアの前に立った。
ドアがゆっくりと開いてそこには清掃員の人が立っている。
手にはモップとナイフを持っていた。
(またナイフか)
私は男を睨みつけて(ナイフを落とせ)と念じた。
男はナイフを落とした。
「えっ」
男は驚いて声をあげた。
(だまれ)
私は小声で「トイレに隠れて」とルイちゃんのお母さんに言った。
私はこのまま警察に突きつけてもよかったがそれでは軽すぎると思った。
(なぜ二人を襲ったのか言え)と念じると。
「金を渡さないし、娘は反発してばかりだし、ムカつくんだよ。」
男はそう言うとこちらをすごい表情で睨んでいた。
ルイちゃんのお母さんはルイちゃんをベッドから降ろして二人でトイレに隠れた。
私は(跪け)と命令した。
男は抵抗したがそこに膝をついた。
ナイフを取ろうとしたので私は念動力でナイフを廊下に飛ばした。
男は私を睨みつけている。
(人を傷つけようとするたびにひどい頭痛に襲われる)と呪いをかけた。
(ルイちゃん親子に危害を加えようとするたびに骨が1本折れる)という呪いもかけた。
本当は二人がされたことをそのままこの男にしたかった。
さすがにそれは不自然で怪しまれるだろう。
(私はお前に何もしてない 私のことは忘れろ)と念じてから、「誰か来てください!」と叫んだ。
(だまれ)を解除した。
「ちくしょー!なんなんだよ!!」
すぐに異変に気がつき警察官が駆け寄ってきて男を取り押さえてくれた。
「ナイフを持っていました。」
と教えると廊下にに落ちていたナイフを警察官がみつけてくれた。
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫です。ルイちゃんママ!もう出てきていいよ!」
私が叫ぶとルイちゃんたちは病室にあるトイレから出てきた。
「お姉さん大丈夫?」
ルイちゃんは心配そうに私を見た。
「なんともないよ。怖かったでしょ。もう大丈夫だからね。」
男は殺人未遂の現行犯で逮捕されていった。
私たちは事情聴取を受けた。
廊下には防犯カメラがあるから嘘はつけない。
「男がナイフを手に部屋に入ってきたのでルイちゃんたちをトイレに避難させました。男はなぜかナイフを落として膝をついて動かなくなりました。」
「何か言ってましたか?」
「金をくれないとか、言うことをきかなくてムカつくとか…震えていたので薬とかやっていたんじゃないでしょうか?」
私は適当に辻褄が合えばいいなと話をした。
ルイちゃんたちも「トイレに避難した後は誰の話し声も聞こえなかった。」と供述した。
村田先生が小児科までやって来て、「またお前か」と言って怒った顔をした。
(私は悪くないんですけど)
「怪我がなくてよかった。早く家に帰れ。」
村田先生はため息をつきながらそう言った。
私はルイちゃんたちに手を振って病院をあとにした。
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翌朝、出勤前に珍しくテレビをつけるとローカル局で『母子暴行事件の犯人逮捕』というニュースをやっていた。
『男はナイフを所持し、清掃員になりすまして病院に侵入し母子のいる病室で警察に逮捕されたとのことです。また容疑者の血液からは大麻の成分が検出され、麻薬取締法違反の容疑もあるということです』
私はテレビを消して家を出た。
今回はなんとかなりそうだけどやはりこの世界で力を使うのはリスクが伴う。
昨日は頭に血がのぼってしまい、冷静な判断ができなかった。
危なく殺してしまうところだったかもしれない。
それは私のすることではない。
罪を犯した人は法によって裁かれたらそれでいい。
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ルイちゃんは笑顔で退院して行った。
男が逮捕されたので普通に家に帰れる。
ルイちゃんのお母さんはこの先苦しむかもしれない。
自分の彼氏が我が子を殺しかけたのだから。
ルイちゃんのメンタルのケアもしなければならない。
今は笑顔だけど何が引金になるかわからない。
私は少し悩んで(ルイちゃんが早く事件のことを忘れますように)と祈っておいた。
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それから私は2年間の研修医生活を終わらせた。
様々な診療科を回ったが結局私は医者になってはいけないような気がしてどこの病院の面接も受けなかった。
「色野さん、これからどうするつもりなの?」
中島さんは外科医になるためにあと1年外科で修行することにしていた。
内藤くんは実家の病院へ行き、八重樫くんは皮膚科を選んでいた。
「まだ決めていないけど、医者としては働かないかも。」
「もったいないなぁ。1番優秀だったのに。」
「みんな頑張ってね。」
私は送別会をパスしてそそくさと病院を出てきた。
私は外から病院の建物を眺めた。
約9年私がお世話になった病院である。
私はお辞儀をしてからまだ雪の残る道を歩いた。
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私が医者にならないと言うとお母さんは「何言ってるの?」と激怒した。
いつもは言わないお金の話までされた。
「お金は働いて返します!」と言って電話を切った。
何をするか悩むのはいいけど生きていくのにお金はかかる。
とりあえず私はバイトを探した。
ちょうど近所の喫茶店での募集をみつけてすぐに連絡した。
面接に行くとすぐに採用が決まり明日から働くことになった。
『青い鳥』という名前の小さな喫茶店だった。
私は何度か来たことがあり、静かでゆったりした雰囲気のこの店が好きだった。
場所的に大学が近いのだけど学生はほとんど来なかった。
若い人が喜ぶようなメニューがないからだ。
コーヒー好きにはたまらない店だろうがお金がなくて腹ぺこの若者向けではない。
そんなところも好きだった。
私はコーヒーが好きではない。
コーヒー牛乳しか飲めない。
面接でもそう言ったが「別に構わない」と言われた。
60代のご夫婦でずっと営業していたのだが奥さんが腰を悪くしたとかで仕方なくバイトを雇うことにしたのだという。
バイトはすんなり決まった。
あとは今後どうするかだ。
村田先生に外科に誘われたが断った。
医者にならないと言うと「お前はバカか?」と言われた。
そして「気が変わったらいつでも連絡してこい」と言ってくれた。
この世界で私にしかできないことは多分ある。
私のような人間が何人もいるなら別だけど。
簡単にお金を手に入れられるだろうし、どんな要人でも暗殺できると思う。
なんなら戦争を始めることも終わらせることもできるかもしれない。
私がしたいことは何だろう?
答えは出ない。
それがわかるまでは保留にするしかない。
中途半端な気持ちで医者をやるなんて患者さんに失礼だ。
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翌日、私は言われた時間に喫茶店に行った。
マスターの林さんはメニューボードを書いていた。
『本日のおすすめ モカ』
その下には奥様のママさんが焼いたチーズケーキも書かれていた。
「ケーキを焼くくらいならできるのよ。」と言って笑っていた。
私は渡されたエプロンをつけて言われた仕事をこなした。
オープンの8時になるとすぐに常連さんがやって来た。
「マスター、おすすめ1つ。」
「はいよ。」
常連さんは新聞を手に取りくつろいでいた。
淹れたてのコーヒーを私が持っていくとびっくりしていた。
「ママさんが若返ったのかと思ったよ!」
「腰をやっちゃってね。」
私はペコリと頭を下げた。
その後もたくさんの常連さんが来た。
この店にはマスターやママさんと話をするためにたくさんの人がやって来る。
ママさんはカウンターの隅に専用の椅子を置いてそこに座っていた。
やっぱり素敵なお店だった。
地域の人たちからとても愛されていた。
私は静かに淡々と仕事をこなした。
コーヒーを運んで、カップを片付けて、洗い物をする。
ときには注文を取り、レジも打った。
簡単なことだったがお客様を不快にさせないように細心の注意を払った。
マスターもママさんも「よく働いてくれてありがとう」と言ってくれた。
暇なときは椅子に座っていいと言われ、賄いまで出してもらえた。
これで時給1000円ももらっていいのだろうか?
私は客単価から粗利を計算して私の給料を引いてみた。
儲けはそんなになかった。
なんだか心配になってしまった。
しかし私が口を出すことではない。
時々コーヒー豆を買いにくる人もいるので1日の売上はそこそこあるだろうけど。
そして18時にお店は閉店した。
仕事帰りの人は寄ることも不可能だ。
(よく潰れないな)
私は後片付けを手伝い「また明日」と言って店を出た。
とりあえずコーヒーの勉強をしよう。
私は帰るとネットでコーヒーのことを調べた。
調べれば調べるほど奥が深い。
味の特徴を言葉にされてもよくわからない。
(この仕事、向いてないかもしれない)
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その日私は夢を見た。
あの村で初めてコーヒーを淹れたときのことを。
みんなの笑顔を。
私はみんなの笑顔を見るのが好きだ。
みんなを笑顔にできる仕事がしたい。
それが何かはまだわからないけれど。
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