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記憶の箱  作者: yamico
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過去

太陽は容赦なく私たちにその力を見せつけてくる。

本格的な夏が来た。

上から太陽がジリジリと照らし、アスファルトはその光を受けて熱を放っているようだった。


私は夏休み後半を実家で過ごすことになった。

帰省するにしてもお金がかかるからと遠慮したのだが母親が心配しているようで断ることもできなかった。

久しぶりの実家でゆっくりしようと思っていたのだが帰るといろいろ用事を頼まれる。

商店街の八百屋まで行ってスイカを買うように言われてしまった。


久しぶりに歩く商店街は寂しいものだった。

シャッターが降りている店がたくさんある。

近所にショッピングセンターができてしまって車中心の生活をおくってる人にはそちらのほうが便利らしい。

八百屋のおばあちゃんは昔からおばあちゃんでいつ見ても変わらない気がする。

おばあちゃんはスイカをポンポンと叩いて美味しそうなのを選んでくれた。

立派なスイカを1玉抱えて私は家に帰る。

私も妹もスイカが大好きだ。

夏は嫌いだけどスイカが食べられるので我慢できる。


帰り道、若いカップルが私の方を見てクスクスと笑っていた。

何だろうと気になって二人を見てみたけど見覚えのない人だった。

すれ違いざまに「死んだって聞いたけど…幽霊かな?」とコソコソと話していた。

男の方が「お盆だから幽霊も帰ってきてるんじゃね?」と言っていた。


(もしかして私のこと?)


事故にあって入院してたのは聞いている。

瀕死の状態だったことも知っている。

あのカップルに私は見覚えがないけど抜けてる記憶のどこかに存在している人たちなのかもしれない。

私は記憶のない間に友達もいなかったようだ。

スマホの履歴を見ても電話やメッセージのやり取りをしている人はいなかった。


思い出さなくていい気がしていたので無理に昔のことは考えないようにしていた。

しかしそのカップルのコソコソ話を聞いて私は胸の中がモヤモヤした。

何か黒い嫌なものが身体の中にあるような気がしたのだ。


私は家についてスイカを無理やり冷蔵庫に入れると自分の部屋に急いだ。

私は机をあさって何か昔の物がないか探すことにした。


1冊の表紙の黒いノートが出てきた。

中には日記のようなものが書かれていた。


『6月17日

今日はユイナにデブくさい死ねと言われた。

私は何もしていないのに。

ユイナに先生に怒られろと呪いをかけた。

ユイナは宿題を忘れてきて先生に怒られていた。

呪いをかけるのは楽しい。』


私はそれを見て背筋が凍った。

『呪い』という言葉が私の胸に刺さった。

私から欠けていたものの正体がこれだった。


(私は人を呪って楽しんでいた)


死ねとか怪我をしろとかそういう類のものはないにしろ、なかなかおぞましいものだった。

こんなことをして私は生きていたのか。


ショックで私はノートを閉じて放心状態になった。

これが思い出さなくてもいい記憶か。

確かに知らないほうがよかったのかもしれない。


妹が晩御飯だよと部屋まで呼びに来たが私は気分が悪くて食べられそうにないと断った。

お母さんがやって来て熱を計ってくれた。

微熱があったのでおでこに冷えるシートを貼ってくれた。

「元気が出たらスイカだけでも食べなさいね。」

と言われたがまったくそんな気分にならなかった。


私はベッドで丸くなって目を閉じた。

眠くはないが何かに押し潰されそうな感覚があった。


────


私はまた真っ暗な空間にいた。

真っ暗なのに恐怖心はない。

むしろなんだろうか、居心地がいい感覚さえある。


私は何も恐れずに前に進んだ。

この先に何かあるはずだと感じる。

ただ何もない真っ暗な空間をまっすぐ進んだ。

1筋の光が漏れていて、そこには小さな箱があった。

私は箱を手に取り開いてみた。

今回はすんなりと開き、私は光に包まれた。


────


眩しさに慣れて目を開けると、私は自然豊かな草原にいた。

向こうには建物のようなものも見える。

(ここに来たことがある)

私は直感的にそう思った。


建物まで歩いていく。

入口まで行ったが鍵がかかっていた。

私は諦めて先に進んだ。

小さな川があり、太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。

なんとも美しい世界である。

米や麦の畑が広がっていた。


農作業をしているだろう人が畑の中にいた。


人?


私はその人らしきものを見て歩みを止めた。

どう見ても人間の姿ではない。

どちらかと言うとアニメやゲームに出てくるモンスター寄りの人型の何かだ。

私はその姿を見ても恐怖心は感じなかった。

それよりもなぜか懐かしさを感じたのだ。


その人型のものはこちらを向いて私をじっと見ている。

軽く首を傾げた。

「シア様?」

私を見てそう言った。

私を『シア』と呼ぶもの。

あのアプリに出てくる執事やハムスター、それに悪魔。


私は反射的にその者に手を振っていた。

「シア様!シア様だ!!みんなを呼んでくる!」

嬉しそうにそう叫ぶとその者はどこかへと走っていってしまった。


私はその方向に歩いて行った。

似たような姿の人たちが私を見て手を振った。

私も手を振り返した。

あっという間に私のまわりは大勢の人間ではない何者かたちでいっぱいになった。

「シア様…おかえりなさいませ。」

元気そうな老人の男が私の手を取って涙ぐんでいた。


「あの、私、実はここの記憶がないんです。でも私はかつてここにいたんですよね?」


私は記憶がなかったがそう思った。

(私はここを知っている)

老人はびっくりした顔をして近くにいた若い男に何か言った。

男は「承知しました」と言って走っていってしまった。


「シア様、私はここの長老です。ここのみんなはあなた様にたいへんお世話になりました。どうぞお茶でもしながらお話しませんか?」

長老はそう言って1軒の家に私を招いてくれた。


私は無意識に長老宅にあるテーブルに向かい、椅子に腰掛けた。

「シア様はいつもそこにお座りになる。」

長老は嬉しそうに私を見てそう言った。

長老の家には女の人も来ていて私にお茶とチョコレートを出してくれた。

かわいい形のチョコレートはなんだか素朴な味がした。

高級なそれとは違うものだろうけど懐かしくて美味しかった。


私がキョロキョロしているとノックもせずにドアが開いた。

「シアさん!」

そこにはアプリの中にいたあの執事がいた。

「シア!どうやって来たの?!また会えるなんて嬉しいよ!!」

ハムスターが私に飛びついてきた。

私は両手にハムスターを乗せた。

このもふもふは確かに私の手の中にある。


「あの、私…何も覚えてないんです。でも私はみんなを知っている気がしています。」


執事の後ろにあの悪魔がいた。

悪魔はニヤニヤとこちらを眺めていた。

「まさか自分でここにやってくるとはな…相変わらず面白いやつだ。」

私はみんなの視線を集めていた。

私は思い出そうとみんなの顔を順番に見た。

しかし頭の中のモヤモヤしたものは晴れることはなかった。


「ごめんなさい。やっぱり思い出せないわ。」


そう言うと執事が私に1枚のカードを差し出した。

「これはシアさんの身分証です。まだ機能するかはわかりませんが。」

私はそのカードを受け取った。


急に目の前にモニターでもあるかのように文字が浮かび上がった。


・名前 シア ver.3

・年齢 20

・種族 霊体

・Lv 1


まるでゲームのステータス画面のようだった。

スキルと書かれた項目もあった。

・移動

・チート


見ても何のことかわからなかった。

「何て書かれてますか?」

執事は私の方をのぞきこんだ。

どうやらこの画面は他の人には見えないらしい。

「名前が『シア ver.3』ってなんでしょうか?ロボットみたい…」

私がそう言うと悪魔は大声で笑いだした。

「またバージョンアップしたのか?スキルはどうなった?」

悪魔が楽しそうにそう聞いたので、

「『移動』と『チート』と書かれています。」

「呪詛や生霊操作は書かれてませんか?」

執事は怪訝そうな顔をした。

「それだけですね。」


部屋の中は静まり返った。

私は何か変なコトを言ってしまったのだろうか。

「種族はどうなった?」

「霊体と書いてますが…種族なんでしょうか?」


部屋はまた静まり返った。

「さて、いったい何がどうなってるのか。」

悪魔は相変わらずニヤニヤとしていた。

執事は心配そうに私を見ていた。

ハムスターはいつの間にか私の手の中で眠っていた。

「シアさん、いったいどこからここに来たのですか?」

部屋にいたみんなは椅子に座りコーヒーを飲んでいた。

私には女の人が瓶のコーヒー牛乳を出してくれた。

温泉に行くと必ず買って飲んでいたっけ。

私が嬉しそうに飲むと女の人も嬉しそうにこちらを見ていた。

「自分の部屋のベッドにいたのですが、夢を見たようで…真っ暗な空間に光を放つ小さな箱があって…それを開くと眩しくて…目を閉じちゃったんですがやっとのことで目を開けるとここの草原にいました。そう言えば箱がないや…」

私は箱を持っていなかったことに気がついた。

「箱…ですか…なんでしょうね?」


みんなは困惑しながらも私の顔を見ては嬉しそうにしていた。

なんだか恥ずかしい気持ちになった。

「まぁよい。帰る方法もわからないのだろう?しばらくゆっくりしていくがいい。」

「そうですね。とりあえず屋敷に戻りましょうか。」

悪魔たちはそう言うと立ち上がりついてくるように言った。

私は長老と女の人に「ごちそうさまでした」と笑顔で言った。

女の人は帰り際にいいにおいのするふくろを持たせてくれた。

「ブラウニーです。お好きでしたよね?」

「はい!ありがとうございます。あの…あなたも私のことを…」

「もちろんです!シア様は私のようなものとも仲良くしてくださって…」

女の人は泣きそうになった。

「お呼び止めして申し訳ありません。みなさまお待ちです。」

私はそう言われ、その女の人のことを思い出せないまま長老の家を出た。


少し歩くと木の柵に囲われたドアがあった。

ドアの向こう側には何もない。

どこに入るドアだというのか?

悪魔はドアを開けて入って行った。

悪魔の姿はドアの向こう側にはなかった。

どこか見えない場所に繋がっているとでも言うのだろうか?

「シアさん、お先にどうぞ。」

執事にそう言われて私はドアの向こうへ行った。

「あれ?!」

執事はドアの向こう側にいる私の顔を見てびっくりしている。

私はドアの向こう側にいた。

文字通りドアの枠をくぐって向こう側にいるのである。

執事は驚いて目をパチパチさせていた。

私はもう一度ドアをくぐって戻ってみた。

特に何も起きない。


「このドア何でしょうね?」

私は何度もくぐり抜けてみたが私の体は消えることはなかった。

「このドアをくぐると別の場所に行くはずなのですが…」

執事はそう言ってドアの向こうへと消えていった。

私はすぐに真似して追いかけたがただドアの向こう側にいるだけだった。

執事はすぐにどこからか戻ってきた。

悪魔も一緒に出てきた。


「亜空間から出られない呪いにでもかかっているのか?」

悪魔は首を傾げてこちらを見た。

私は何が起きているのかわからずにどうすることもできなかった。

その後も何度か同じことをさせられたが私の体だけはみんなのように消えることはなかった。

「なんだかすみません…」

私は申し訳ない気持ちになってみんなに謝った。

「いいえ、シアさんのせいではありません。まだ何もわかっていませんので。」

執事は慌てて長老にどこか休める家はないかと聞いた。

さっきの女の人が手を挙げて「ぜひ私の家に!」と言った。

「カリナの家なら何か思いだすこともあるかもしれんな。」

長老はそう言うと「先に帰る」という悪魔に頭を下げた。

悪魔は執事に「あとで報告しろ」と言ってドアの向こうへと消えていった。


私は執事とカリナというさっきブラウニーをくれた女の人のあとをついていった。

家の前にはハーブのような植物がたくさん植えられていていいにおいがした。


「散らかってますが、どうぞ。」

カリナは嬉しそうに私たちを家の中へ案内してくれた。

木造のログハウスのような家の中は木のいいにおいがした。

カリナの家には長老の家とは違ってたくさんの電化製品があった。


「ではシアさんにここでの話を最初からしましょうかね。」

椅子に座ると執事が話し始めた。


「それはご主人様が…」


────

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