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記憶の箱  作者: yamico
29/36

少女

私は暗闇で箱を持っていた。

まだ何か私に見せたいものでもあるのか。


私は見たくなかった。

しかし勝手に手は動き箱を開けてしまう。


────


「いいか?ここテストに出すぞ。」

見覚えのある先生が黒板に何か書いている。

私は制服を着ている。

ここは中学校の教室のようだ。


私はこの理科の先生に恋をしていた。

優しくて格好良くて大人だった。


それなのに。


先生は授業で分解の話をしていた。

この先生はすぐに脱線して関係ない話をしてしまう。

そこが彼の魅力の一部分だった。

砂糖の話から糖分の話になり、なぜか肥満の話になった。

「だから砂糖を摂りすぎるとデブになるんだ。」

そう言ったときに先生は私を見た。

生徒たちはそれに気がついて、みんなで私を見た。

「砂糖を摂りすぎちゃだめですよっ!」

隣の男子が私を見ながらそう言った。

教室内は大爆笑だった。

みんなが私を見ながら笑っていた。


先生も。


それまでは太ってはいたがそんなに気にしていなかった。

お母さんも少しくらいぽっちゃりしてる方がかわいいわよ。なんて言っていた。


それなのに。


私はそれからその先生が怖くなった。

大好きだったのに、大嫌いになった。

もう恋なんてしない。

こんな私が誰かを好きになるなんて、無理な話なんだ。

また笑われるだけなんだ。


────


目覚めは最悪だった。

どうして今さらこんな記憶が蘇ったのか。

あのことがきっかけで私は人間不信になり今に至る。

しかしもうどうでもいい。

太っていようが痩せていようが。

私を見た目で判断するような人とは付き合わなければいいだけだ。


私はパンをかじりながら忘れ物はないかチェックした。

そして早めに家を出た。

私は地下鉄の駅に向かう人と逆方向に歩いた。

いつも徒歩圏内から通っているから朝のラッシュがどんなものなのか知らない。

混んでいる電車に乗ることを想像しただけで吐きそうになった。


着替えて外科病棟まで行くともう村田先生は来ていた。

いつも誰よりも早くに来て誰よりも遅く帰る。

病院が好きにも程がある。

『30代独身変人』とはよく言ったものだ。


「おはようございます。」

私が挨拶をすると村田先生は手招きをした。

1枚のレントゲンを見せてくれた。

「これ、どう思う?」

なんの変哲もないレントゲンに見えた。

一見問題はなさそうだが。

私はテストか間違い探しでもさせられているかのようにそのレントゲンをみつめた。


「あっ。」

私は変なところに気がついた。

「ここに薄っすら影がありますね。何でしょうか?」

「さすがだ。見落としやすい病変だよ。」

村田先生は私を試して楽しんでいるようだった。


申し送りが行われ、今日も一日が始まった。

今日の村田先生の手術の予定は2件。

その合間に外科の外来や救急救命のヘルプにも行く。

いろんな科から手術依頼が来て、それの打ち合わせもする。

外科のドクターとはなんて忙しいのだろうか。


私はそれについて回っていた。

ときにはメモを取りながら。

簡単な処置はやらせてくれるようになった。

縫合もかなり上達したと思う。


一緒にいればいるほど村田先生の凄さが身にしみた。

外科には興味のなかった私だったがこんな先生に私もなりたいと思わせる人だった。

外科での研修は全部で4ヶ月。

学べることはすべて学ばないと。


────


ロッカールームに行くと研修医の仲間たちがぐったりしていた。

「医者への道は険しいね。」

八重樫くんは着替えもせずにダラダラとしていた。

中島さんはテーブルで何か書いていた。

「レポートを出すように言われちゃって。」

指導医によってやり方はいろいろだからそれに合わせるしかない。


「外科はどうなの?キツくない?」

「すごく大変な科だと思う。」

「だよね。格好いいと思ってたけど大変すぎる。」

八重樫くんはブラックジャックでも読んだのだろう。

「よし!気持ちを入れ替えるために俺は飲みに行く!誰か行かない?」

内藤くんが珍しく立ち上がった。

「いく!俺も!」

「私はレポートが終わらないからパス。」

中島さんは見向きもしないでそう答えた。

「色野さんは?たまにはどう?」

「帰って勉強しないと。明日難しいオペがあるから見学させてもらうんだ。」

私はニヤニヤしてしまった。

「色野さんは勉強好きだよね。じゃあ二人で行くか。」

内藤くんたちは着替えると楽しそうに出ていった。

私も帰ろうとしたときに中島さんに呼び止められた。


「色野さん、外科医になるつもり?」

私は急にそう聞かれてびっくりした。

「今のところそのつもりはないけど。」

中島さんはニッコリした。

「私、外科医になりたいなって思ってる。色野さんがライバルだと嫌だなって思ってた。」

中島さんは珍しく外科への熱い思いを話してくれた。


「中島さんはすごいね。私なんてまだ何になりたいとか何がしたいとか全然そんなこと考える余裕がなくて。目の前にあることしかこなせてないよ。」

「色野さんは器用だからなんでも出来ちゃうもんね。」

「そんなことないよ。いつも予習をたくさんして失敗しないように備えてるだけだよ。」

中島さんはクスクスと笑いだした。


「色野さんは努力家だったんだね。何でもできるすごい人かと思ってた。」

「それは中島さんみたいな人でしょ!」

「私も同じだよ。失敗が怖いから準備をしっかりするタイプ。」

「私たち、案外似たもの同士だったのかもね。」

「そうみたい。呼び止めてごめん!お疲れ様でした。」


私は笑顔でロッカールームを出てきた。

みんな見えないところで頑張ってるんだとわかって少しホッとした。

私だけが不出来なわけではない。


私が外へ出ようとしたときに

急にサトシさんが現れた。

「色野さん!!助けて!!」

私はまた幽霊でもいるのかときょろきょろした。

「今度は何?」

サトシさんは私を引っ張って建物の影を指差した。

子供がうずくまっていた。

「また幽霊?」

「違うよ!多分人間。ずっとあそこで丸くなってるんだ。話しかけても聞こえないみたいだし…」

私はすぐにその子のところに駆け寄った。


「こんにちは、誰かを待っているの?」

小学生の高学年くらいだろうか。

ビリビリになった服を着た女の子だった。

私はびっくりして「大丈夫?!」と聞いた。

その子は泣きながら「助けて…」と言った。


私は上着をその子にかけた。

立ち上がると傷だらけだった。

「大丈夫だよ、ここは病院だよ。怪我しちゃったんだね。手当をしようか。」

私は悩んで救急救命にその子を連れて行った。

外来はもう終わっている時間だった。


看護師さんが私たちをみつけて「どうしたの?」と駆け寄ってきてくれた。

私はみつけた状況を話した。

「名前は言える?家はどこかな?」

少女は何を聞いても首を横に振った。


「一番痛いところはどこ?」

と聞くと「背中」と答えた。

看護師さんはカーテンを閉めて「ちょっと見せてね。」と服をめくってみた。

看護師さんは驚いた顔をしたがすぐに優しい顔で「血が出てるところを消毒しようね。準備してくるからこのお姉さんと待っててね。」

と言って、私に小声で「お願い、見てて。」と言って走って言ってしまった。


その子はベッドの上で震えていた。

「私は色野幸です。ここでお医者さんになる修行をしているんだ。」

「まだお医者さんじゃないってこと?」

「正確に言うと医師免許っていうのは持ってるからお医者さんなんだけどね。修行をしないといいお医者さんになれないの。」

「ふーん。」

「えっと、あなたの名前は…なんて呼べばいい?」

「ルイ。」

「ルイちゃんね?」

「うん。」

ルイちゃんは着の身着のままという感じでバッグも何も持っていなかった。


「私の家はここから近いんだ。歩いて10分くらいのボロボロのアパートだよ。ルイちゃんも歩いて来たのかな?」

「そうだよ。自転車持ってないし。」

「じゃあ家は近いのかな?実はご近所さんかもね?」

「近くはないよ。1時間くらい歩いたから。」

「そんなに歩いたんだね!それじゃ疲れちゃったね。」

「うん。とっても疲れちゃった。」

看護師さんが手当のセットを持ってやって来た。

「傷を見たいんだけどね、服を着ているとやりにくいんだ。申し訳ないけど病院の服に着替えてもらってもいいかな?」

ルイちゃんは静かに頷いた。

私は「お水持ってくるね。喉乾いたよね。」と言ってカーテンから出てきた。


看護師さんに手招きされた。

「警察に通報したわ。虐待か…何か事件の可能性が高いわ。背中にすごいアザがあるの。彼女、何か言ってた?」

「名前はルイちゃん。1時間くらい歩いてここまで来たって。」

「1時間も?どこから来たのかしら。」


私はウォーターサーバーから水をくんでルイちゃんに持っていった。

「ありがと。」

ルイちゃんは受け取ると一気に飲み干した。

「お腹も空いてる?何か持ってこようか?」

「大丈夫…」

ルイちゃんはそう言ったけどお腹からぐぅーという音が聞こえた。

「私、実はお腹ペコペコなんだ。一人で食べるのは寂しいからルイちゃん一緒に食べてくれないかな?」

「別に…いいけど。」

そう言ってくれたので私は急いで院内のコンビニに行った。

おにぎりやサンドイッチや菓子パンと子供が食べそうなものをいくつも買って持っていった。


ルイちゃんは病院着に着替えていた。

来ていた服はビニル袋に入れられた。

看護師さんは腕や足にできた傷を消毒してガーゼをあてていた。

「どれがいいかな?お姉さん食いしん坊だからいろいろ買ってきちゃった。」

ルイちゃんはチラッと私を見た。

「いいの?」

「好きなのどうぞ。私は…おにぎりにしようかな…パンも美味しそうだな…悩んじゃうからルイちゃんから選んでくれる?」

ルイちゃんはサンドイッチを選んだ。

美味しそうに食べている。

きっとお腹も空いていたのだろう。

私は横でメロンパンを食べた。


そうこうしているうちに女性の刑事さんがやって来た。

「こんばんは。安倍です。ルイちゃんね?」

刑事さんは優しく話しかけた。

「少しお話聞かせてくれるかな?」

ルイちゃんは私の方を向いて腕を掴んだ。

顔はこわばって震えていた。

「大丈夫だよ。この人は味方だよ。怖くないよ。」

私はそう言ったけどルイちゃんは安倍さんの方を向かなかった。

「このお姉さんと一緒なら話してくれるかな?」

ルイちゃんはやっと安倍さんの方を向いて、「いいよ」とだけ答えた。


ルイちゃんから話をきくのは大変だった。

なかなか話してくれなかった。

どうやら記憶も曖昧なところがある。

刑事さんは粘り強く話を聞き出していた。

私はただ横に座っていた。

ルイちゃんは私の腕を離さなかった。


私がプリンとゼリーを見せて「どっちが好き?」と言うとルイちゃんはゼリーを選んだ。

「私はプリンが好きなの。」

「ちょうどいいね。」

そう言ってルイちゃんは私に初めて笑顔を見せてくれた。

ゼリーを食べながらルイちゃんは何があったのかをボソボソと話しだした。


それは小学5年生にとっては辛すぎる話だった。


────


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