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記憶の箱  作者: yamico
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婦人科

病院内は朝からざわついていた。

私が裏口から出勤するとこの前話をした警備員のおじさんがまた話しかけてきた。

「あのモジャモジャ頭の人、池からみつかったんだってね。あまり落ち込まないようにね。」

そう言われて私は何を言い返していいかわからず一礼して通り抜けた。


私はテレビを観る習慣がないのでニュースもスマホで流れてくるものくらいしか知らなかった。

私はロッカールームに入ると着替えもしないでスマホでニュースを調べた。

ローカル局から動画でそのことを伝えるニュースが出ていた。


『○○大学内からみつかった遺体は同敷地内の病院に勤務する助川サトシさんだと確認が取れました。助川さんは4年前の同敷地内にあるいちょう並木で…』

私は途中で見るのをやめた。

(やったよ!サトシさん!)

私はガッツポーズでも取りたかったが我慢した。


その日は外来でもその話が出た。

「本当に恐ろしいことをする人がいるなぁ。」

「世の中狂っとるなぁ。」

待合室にいる人たちはニュースを見ながらそんな話をしていた。


私はなんだか肩の荷が下りた気がした。

反対に少しの不安も生まれた。

(サトシさん、成仏しちゃったかな?)


昼休みに相談室の覗くとサトシさんはまた踊っていた。

私はそっとドアを閉めた。

「色野さん!待ってよ!!せっかく来てくれたのに黙って帰るなんてひどいじゃないか!」

私が部屋に入るとサトシさんは機関銃のように喋った。

犯人逮捕のことや遺体が自分だとわかったことなど、気にしてないふりをしていたがかなり気にしていたようだった。


「これで成仏できるね。」

私がそう言うと「俺もそう思ったんだけどね。」と言ってサトシさんは微妙な顔をした。

「これがなかなかお迎えが来ないんだよね。」

「そっか。私はそっちのシステムはわからないや。」

私は昼休憩が終わってしまうので急いで部屋を出た。

「行く前には顔を見せてよね!」

とだけ言っておいた。


────


それからもサトシさんは成仏することなく病院をウロウロしていた。

私はそれにも慣れて研修医としての仕事に集中した。

そして内科での研修が終わり別の科に行くことになった。

田端先生は「あなたはきっといい医者になれると思うわ。」と言って肩をたたいてくれた。

私は先生と看護師さんたちにお礼を言って退勤してきた。


ロッカールームに行くと他の研修医たちが集まっていた。

「みんな、次はどこ?!」

私たちは個別に封筒をもらっていた。

私も中を確かめてみた。

「よっしゃー!」

八重樫くんは封筒の中身を見て喜んでいた。

「俺、外科になったよ!」

その横で中島さんが嫌そうな顔をしながら、

「私も外科だわ。」と言った。

中島さんは八重樫くんが苦手のようだった。

「俺は小児科だ。色野さんは?」

「私は婦人科だったわ。」

今回は全員一緒ではなかった。

「明日からも頑張ろうね。」と言って私はロッカールームをあとにした。


帰ってから婦人科についていろいろ調べた。

女性特有の病名がたくさん出てきた。

腫瘍内科と違って患者さんには年齢の若い人もいそうだ。

私は主な病名や症状を頭に叩き込んで早めに休んだ。


────


婦人科でも私は真剣にがんばった。

入院病棟では元気のない患者さんもたくさんいた。

私は傷つけることがないように細心の注意をはらった。


私が精神的にも疲れてヨロヨロになりながらロッカールームに向かっているとサトシさんがやってきて私を相談室に連れて行った。

「ごめん、疲れてるんだけど。」

「そう言わないで、ちょっと話を聞いてあげてほしいんだ。」

相談室のソファには若い女の人が座っていた。

「野田さんです。」

「はじめまして。野田美穂と言います。」


サトシさんが病院をウロウロしていると野田さんに出会ったのだという。

「仲間と話せたのは初めてだよ。」

サトシさんは少し嬉しそうだった。

「仲間…私…死んだのね…」

野田さんは泣きだしてしまった。


話を聞くとサトシさんのときと同じように気づくとこの病院にいたのだと言う。

野田さんは職員ではなく、患者としてこの病院に通っていたそうだ。

「病名は覚えていますか?」

「婦人科で筋腫があると言われて…」

そこからの記憶がないのだという。


「あそこに連れて行ってあげてくれないかな?」

サトシさんの言いたいことはわかった。

「野田さん、記憶がないということは忘れたいと思っているからかもしれません。それでも知りたいと思いますか?」

野田さんは頷いた。


私は野田さんの隣に座り腕を掴んだ。

(あの暗闇に行きたい)と念じた。


────


野田さんは暗闇に驚いていた。

「大丈夫です。ここにはあなたの探しているものがあるはずです。」

私がそう言うと野田さんはきょろきょろしてから歩き出した。

「あそこに光るものがあるわ。」


野田さんはまっすぐにそこへ向かって歩いていった。

私には光が見えなかったので見失わないように急いで追いかけた。


野田さんは何かを拾い上げた。

「箱が、光ってる箱がありました。開いていいですかね?」

「はい。」


────


野田さんは診察室で婦人科の先生から話を聞いていた。

何か紙を渡されると野田さんは悲しい顔になった。


次の瞬間、野田さんは自宅と思われる部屋にいた。

男の人が隣りに居て病院でもらった紙を見せていた。

男の人はその紙をぐしゃりと握りしめて立ち上がった。

野田さんは泣いていた。

男の人は部屋を出て行ってしまった。


そして次の瞬間、野田さんは歩道橋の上にいた。

夜の歩道橋は暗かった。

野田さんは下を走る車をただ眺めていた。

しばらく眺めていた野田さんは急に笑顔になった。

そして次の瞬間、頭から下に落ちていってしまった。


────


「私…自殺をしたの?」

私は何も言えずに俯いた。

サトシさんは何かを察したようで黙っていた。

「あの日、私は子供を生むことは諦めてと言われたんだわ。それを夫に言ったら…彼、子供が好きだから…子供が欲しいとずっと願っていて…それで婦人科で検査したら…」

野田さんは全部思い出したようで泣くのをやめた。

「夫が私に言ったの。『お前なんかと結婚するんじゃなかった』って。それで私、リセットしてあげることにしたの。私がいなければ彼、やり直せるでしょ。」

野田さんはそう言うとニヤリと笑った。


この人は壊れてしまったのだ。


サトシさんは私を見て困った顔をしていた。

私にこれ以上何ができるというのだ。

「二人ともありがとう。私、家に帰るわ。夫が待ってるかもしれないし。」

「あの、でも…」

私は止めようとしたがサトシさんは「気をつけてね。」と言って彼女を送り出した。


「彼女の夫が今どうしているかはわからないけど…彼女が居るべきなのはきっと病院じゃないよ。」

私はそう言われて(それもそうか)と思った。

「仲間ができたと思ったんだけどな。」

サトシさんは少し寂しそうな顔をした。

「きっとまた出会えるよ。」

(矢口さんはたくさんいらっしゃるって言ってたし)


私は体力の限界だった。

「ごめんね、疲れすぎてて…帰るね。」

私はヨロヨロと相談室を出た。

サトシさんは名残惜しそうに手を振っていた。

(早く仲間がみつかるといいね)


────


婦人科では野田さんのように女性特有の問題が出てくることがある。

とてもデリケートな問題だ。

医師は患者に深入りしてはいけない。

精神的に持っていかれるからだ。

だけど寄り添うのは悪いことじゃないと思う。


私は婦人科での研修で患者との距離感やメンタルのサポートの在り方などを学んだ。

それは医師にとって大事なことだった。


そして私は婦人科での研修を終えた。

婦人科での指導医も「あなたはこの科に向いてるわ。専攻を決めたら連絡ちょうだいね。」と言ってくれた。


ロッカールームに戻るとまた封筒開封の儀が行われていた。

八重樫くんは外科に憧れていたようだったが現実を知ったのかおとなしくなった。

「俺には外科は無理だ…」

中島さんはそれを聞いてニヤリと笑っていた。

何があったのか怖くて聞けなかった。


そして私は明日から外科に行くことになった。

八重樫くんをこんなにおとなしくさせた外科に。

中島さんは「手強いわよ。頑張ってね。」と言った。


怖い先生でもいるのだろうか。

私は帰ってから外科について予習をしっかりしようと心に決めた。


────

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