サトシ
私は8畳ワンルームの狭い部屋でパソコンのモニターと向かい合っていた。
病院の奥にあった謎の『相談室』にいた謎の人、サトシさんのことを調べるためだ。
ネットニュースにはそれらしき事件はなかった。
私は生霊になって市の図書館に向かった。
閉館後の図書館は非常灯の明かりしかついておらず物音一つしない静かな場所だった。
私は過去の新聞を閲覧できる場所を探した。
4年前の11月から遡って市内の事故や事件が載っていないか調べた。
調べたと言っても(助川サトシという名前のあるページ出てこい)とか(北大職員 事故という言葉出てこい)とまるで検索でもするかのように念じてみた。
名前では全く何も出てこなかった。
北大職員については何件かみつかったがどれもサトシさんの件ではなかった。
私はそのまま病院に向かった。
あの相談室はなかなかみつからなかった。
何度も同じ階をぐるぐるしているうちに急に目の前に現れた。
私は部屋の中に入った。
サトシさんはソファに横になってゲームでもしているようだった。
『こんばんは』
私は生霊のまま話しかけた。
サトシさんはビクッとしてきょろきょろしている。
『色野です。見えませんか?』
「色野さん?どこにいるの?!」
どうやらサトシさんには私の姿が見えないようだった。
『見えないなら気にしないでください。それよりも聞きたいことがあって。』
私はご家族のことや住んでいた場所の話を聞いた。
「家族と呼べる人はいないんだ。両親は早くに亡くなってね。兄弟もいないし、親は親戚付き合いが苦手なタイプだったのでね。家は爺さんの持ち家だったところに住んでいたよ。」
家族はなし、家賃もかからないとなると居なくなっても探してくれる人は少なそうだ。
私は『また来ます』と言って去った。
「ちゃんと調べてくれてありがとう。」
去り際にサトシさんは目をウルウルさせてそう言った。
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私は意識を部屋に戻した。
すぐにメモに聞いてきた住所を書き込んだ。
久しぶりに力を使ったからなのかすごく疲れてしまった。
それじゃなくても研修医で慣れない仕事をこなしてきているので身体的にも疲れている。
サトシさんのことは気になったがまた明日にすることにした。
翌朝、裏口からいつものように病院へ入るとこの前の警備員のおじさんが話しかけてきた。
「おはようさん。この前のモジャモジャ男の荷物がこの部屋の奥から出てきたんだが。知り合いなら返してくれないか?」
私は一瞬躊躇したが受け取った。
保管しておけないので捨てるだけだと言われたからだ。
私は小さなダンボール箱を受け取りロッカールームに向かった。
看護師さんたちに挨拶をしてロッカーに箱を押し込んだ。
仕事が終わるまでこれも保留だ。
人の命が関わる以上は仕事を疎かにしてはいけない。
私は一旦サトシさんのことを忘れることにした。
気になって失敗したら困るからである。
今日は昼に検討会がある。
いろんな症例を持ち寄っていろんな角度から意見を交換し合う若手医師たちの集まりだ。
研修医も参加が許されているので私も行くつもりでいる。
指導医の田端先生がファイルを渡してくれた。
「検討会でしょ?チャンスがあったら症例として出してみなよ。」
新しい抗がん剤を試した二人の症例が上げられている。
「この二人、条件はほとんど同じなのに効き目が全然違ったのよ。他の人の角度でみたらどんな意見が出るのか。あなたも時間があったら見てみて。」
私は「ありがとうございます」と言ってファイルを受け取った。
二人は初期の大腸癌で悪性腫瘍と診断されていた。
新しい抗がん剤で腫瘍を小さくするのが目的だったが一人は成功し、一人は腫瘍に変化はみられなかった。
私は暇ができるとそのファイルを見ていた。
データを見る限り二人は年齢も背格好も酷似している。
既往歴もない。
私はもっとよく考えたかったが外来のサポートに入ったので時間がまったくなかった。
外来に来る患者さんは半分くらい世間話をする。
聞き出したい情報だけくれればいいのだがなかなかそうもいかない。
しかしお年寄りの中にはその世間話こそが重要なときもあった。
私は話をよく聞くようにした。
看護師さんはいい顔をしなかったが適当に返すわけにも行かない。
そうしているうちに昼になり検討会の時間になった。
田端先生は行っていいよと言ってくれた。
私は一礼して会議室に向かった。
昼休憩を使っての検討会なのでみんなはおにぎりやカップラーメンを食べていた。
「お疲れ様です。今日の1例目はこれです。」
ホワイトボードに患者の情報を書き、モニターにレントゲン写真を出した。
いろんな科から集まっているだけあっていろんな意見が出た。
聞いているだけでもいろんな発見がありとても面白かった。
ここでは正解が出るわけではない。
検討会に出てくる症例では死亡してしまった人もいる。
また似たような患者が来たときのために勉強し続けることに意味がある。と主催の先生が言っていた。
時間はあっという間に過ぎた。
田端先生がくれたファイルに出番はなかった。
「研修医はあなただけだったわね。」
外科のホープと呼ばれている佐々木という医師に話しかけられた。
「みんなまだ時間のやりくりがうまくできないようで。」
と、私が言うと佐々木さんは笑っていた。
「いいのよ、興味が無い人がいることも確かだから。」
私はそう言われて苦笑いをした。
他の研修医たちは確かにそんなに興味があるようには見えなかった。
「どうだった?」と聞かれ、「すごく刺激的でした。」と答えると佐々木さんはニヤリと笑って、
「また来週も来てね。」と言って去って行った。
その姿はなんだかすごくかっこよくて、私もこんな女医さんになりたいなと思わせた。
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勤務時間はいつもあっという間に終わる。
内科病棟と外来を行ったり来たりしているうちに時間が過ぎていく。
いつもならすぐにロッカールームには行かないのだが今日はやりたいことがある。
私が着替えていると「デートにでも遅れそうなの?」と聞かれた。
「そんなんじゃないです。」
(幽霊の家を見に行きます)とはさすがに言えなかった。
私はニヤニヤする仲間たちをスルーして急いで外に出た。
サトシさんに聞いた住所はそんなに遠くない。
私はスマホにナビ設定をして自転車に乗りこんだ。
20分くらいこぐと目当ての家が見えてきた。
古い家だが立派な佇まいだった。
しかし玄関までの道は草がぼうぼうで住んでいる感じは全くしなかった。
私は草をかき分けて玄関に向かった。
鍵はかかっている。
私は不審者と間違われそうなのでとりあえず敷地内から出てきた。
あとで生霊になってくれば中を見れるだろう。
静かな住宅街で1軒あたりの土地の面積も広いようで隣が遠かった。
近所付き合いは昔ほどないのだろう。
私がこの家の周りをうろちょろしてても誰も出てこなかった。
私は通報でもされる前にと自転車に乗った。
今日は晴れて気持ちのいい日だったが、日が沈むと一気に寒くなる。
私は漕ぐ足を早めた。
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部屋につくと私はひとまず腹ごしらえをした。
帰りにコンビニでパスタを買ってきていた。
自炊ができるようにキッチンはついているがほとんど使っていない。
節約のためには自炊すべきなのはわかっているがなかなか気が向かなかった。
食べ終えて一息つくと私は座椅子に持たれてあの家へと生霊をとばした。
夜も更けるとお化け屋敷のように見えなくもない。
部屋の中は埃っぽくて蜘蛛の巣もかかっていた。
ここしばらくは中に入った人はいないのだろう。
中は思ったよりも散らかっていなかった。
モジャモジャ頭に髭面だったのでだらしない人なのかと思っていたがそうではないようだ。
生活感が残っていた。
洗濯物が干されていたり食べかけの食パンが置いてあったり。
食パンは真っ黒に変色していた。
どうやら誰もサトシさんを探そうとはしていない。
もしかしてここに遺体があるかもしれないと思ったが隅々まで見たけどその姿はどこにもなかった。
私は意識を部屋に戻した。
目を開けて次はどうしたものかと悩んだ。
サトシさんには記憶がない。
私はあることを思いつき、試してみることにした。
私はまた生霊になってサトシさんのところへ向かった。
サトシさんは話しかける前にきょろきょろしだした。
「誰かいるの?」
『こんばんは。色野です。』
まだ姿は見えないが気配は感じるらしい。
私は調べてわかったことを話した。
『それでね、やっぱりサトシさんの記憶に頼るしかないと思うの。』
「何も覚えてないんだよなぁ。」
『ちょっと試したいことがあるの。目を閉じてくれる?』
私は目を閉じたサトシさんの両手を掴んだ。
(あの箱のある暗闇に私たちを連れて行って)
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