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記憶の箱  作者: yamico
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復活

医師は言った。

「あなたの生命力は素晴らしい。自叙伝でも書いてみたらどうでしょう。」


私は笑顔で病院を送り出された。

隅々まで検査されたが問題は何もなかった。

「レントゲンに写っていた影も消えていますね。」

医師は頭のCT写真と頚椎のレントゲンを指差して説明してくれた。


私の治癒魔法は完璧だった。

筋肉が衰えているのでまたリハビリをすすめられた。

大学はすでに単位が足りないので留年が決まっていた。

家族は1度実家に帰ってくるようにと言ってくれたが学べるときに学びたいと残りの授業も受けることにした。

お母さんは少し残ると言ってくれたがもう十分だと断った。

それよりも一年分の学費を無駄にしてしまった。

バイトも増やして返したいと言ったがそんなことは気にするなと言われた。


通常の生活に戻るまでもう少しかかるだろう。

だけど先が見えている。

それだけで私は前向きになれた。


────


学生会館に戻ると寮母さんが「おかえり」と言ってくれた。

私はなんだか嬉しくて「ただいま」と答えた。

住人たちも私をみかけると声をかけてくれた。

みんな同じようなことを聞いたり言ったりしてきたが私は嬉しかった。

こんな私なんかのことを気にしてくれたというだけで嬉しかった。


久しぶりの病院食以外の食事はとても美味しかった。

私は笑顔で「ごちそうさま」をして部屋に戻った。

私は入院中に悪魔の屋敷に戻れるかどうかを試していなかった。

失敗するのも怖いし、抜け殻の私をみつけられるのも怖かった。


部屋に鍵をかけた私はベッドに横になって目を閉じた。

(悪魔の屋敷に行きたい)と念じた。

いくら念じてもダメだった。

真っ暗闇にも行けなかった。

それではあの村はどうだろうか?

(ハピリナに行きたい)と念じてみた。


私はいつもの暗闇に来れた。

そしてドアが現れた。

私はドアを開ける。


そこは村のあの家だった。

テーブルに小さくした家電がそのまま置いてあった。

どうやら村には来れるようだ。

刺される前の状態に戻ったということか。

私は身分証を探したがアリが管理してたことに気がついた。


このまま長老のところへ行こうかとも考えたが、なんだか体が疲れていた。

久しぶりに歩き回ったからだろう。

(来れることはわかったからまた今度にしよう)

私は目を閉じて(元の世界に帰りたい)と念じた。


────


目を開けると部屋のベッドにいた。

問題なく帰って来られたようだ。

私はそのまま冷蔵庫の方を向いて(ペットボトルの水出てこい)と念じた。

冷蔵庫が開き、水がふらふらとこちらに飛んできた。

力も健在のようだ。


すぐに冬休みになる。

マキトくんは元気だろうか。

明日菓子折りでも持って挨拶に行こうか。

もう新しい先生がついちゃったかな。

そういえば教授に頼まれていた実験は終わったかな。


私は事件に遭うまでの記憶を整理した。

私がいなくなったことで迷惑をかけた人たちに挨拶をして回ろうと思っている。

ベッドでゴロゴロしながらスマホのメモ機能に箇条書きにしていった。

『矢口さん』と書いて彼には何か特別な何かをしないといけない気がした。

紙袋からあのハムスターのぬいぐるみを出した。

「何がいいかな?」

『何がいいかな?』

ハムスターは私の言葉を反復した。

私はそっとスイッチを切った。


────


私は入院中にお手紙をくれた小児科の子供たちに返事を書いて持ってきていた。

奥野さんに行ってもいいか聞くと「もちろん!待ってるわ!」と言ってもらえた。

私は少しドキドキしながら病棟を訪れた。


奥野さんや看護師さんたちは笑顔で迎えてくれた。

小児科の子供たちはメンバーが変わっていたけど手紙をくれた子はまだ入院していた。

返事を渡すと嬉しそうに受け取ってくれた。

「さっちゃんの退院のほうが早かったね。」

「まだリハビリに通わないといけないからなぁ。」

「私も頑張って早く元気になるね!」

「ピーマンも残さず食べないとね!」

女の子は舌をペロッと出して見せた。

二人でクスクスと笑った。


相変わらずここはエネルギーが感じられる場所だ。

みんな辛いはずなのに笑顔で過ごしている。

サポートしている人たちの力も大きいだろう。

研修医のメンバーが新しくなっていた。

「ローテーションの人は他の科に行ったわよ。小児科を専攻する人は残ってるけど。」

矢口さんはどうやら他の科に行ったようだった。


私は病棟のみんなに挨拶をして出てきた。

院内を歩いているとみんな忙しそうにしている。

私は本当にこの世界で働いていけるだろうか。

カフェに寄ってみた。

入院患者やお見舞いの人、外来に来た人など様々な人がいた。

私はそれをただぼーっと眺めていた。

見ただけではその人にどんなドラマがあるのかわからない。


苦しんでいる人すべてを救うことはできない。

救える人だけ救うことに意味はあるのだろうか。


私は力のことを考えるたびにそのことを考える。

目の前の命だけ救うということは自己満足に過ぎないんじゃないだろうか。


いつも結論は出ない。

力を使わずに救える医師になることが1番だろう。


私は飲み終わったカップを手に取り立ち上がった。

「色野さん?」

白衣姿の矢口さんがそこにいた。

「こんにちは、入院中はありがとうございました。今日はちょっと小児科に挨拶に行ってきたの。」

「退院おめでとう。俺、今は脳外科にいるんだよね。」

「そうだったんですね。また忙しそうですね。」

「研修医だからね。時間あるときまた飯でも行こう!退院祝いしないと。」

「はい。ぜひ。」

矢口さんは忙しそうにすぐに行ってしまった。

爽やかイケメン。

私なんかに話しかけてくれるだけでも性格のいい人だってわかる。

社交辞令かもしれないので期待はしないでおこう。


夕方になり、私はマキトくんの家に来た。

連絡をすると新しい先生は頼まなかったという。

マキトくんは笑顔で迎えてくれた。

私は近くの美味しいケーキ屋さんで焼き菓子をいくつか包んでもらって持ってきた。

マキトくんのお母さんは「気を使わないで!家族みたいなものでしょ!」と言ってくれた。

照れくさくてなんだか嬉しかった。


私は居間に通されてケーキと紅茶をごちそうになった。

一息ついたときにマキトくんがスクラップブックを持ってきた。

「僕、あの事件をずっと追ってるんだ。さち先生、嫌なら見せないけど…」

「見たいわ。」

私は事件の当事者であったが詳しいことを知らなかった。

マキトくんは新聞や雑誌の切り抜きやニュースで言っていたことなどを日付や時間を入れて記入していた。


「すごいね、よくこんなに集めたね。」

私が褒めるとマキトくんは悲しい顔になった。

「何もできないことが悔しくてね。」

と言った。


私を刺した男は無職の47歳、ギャンブルで借金を作り首が回らない状況だったという。

あの日はどこかに強盗に入ろうとしていたがうまくいかずに気がついたらあのいちょう並木にいたのだという。

『笑顔の人たちを見て殺したくなった』と供述していた。


私以外にも5人怪我をしていた。

私の名前も出ていた。

その場にいた5歳の男児をかばう形で背中を刺され意識不明の重体と書かれていた。

幸いなことに死者は出ていない。


私は一通り目を通してマキトくんにスクラップブックを返した。

「死者が出てなくてよかったよ。」

「うん、ほんとに。」

マキトくんは私の顔を見てニコリと笑った。


来週から家庭教師を再開することになった。

マキトくんには家庭教師など必要ないとわかっていたが「ぜひお願いしたい」と言われて嬉しかった。


自転車をこいでいると雪が降ってきた。

(来週からは歩きだな)


北海道に冬がやってくる。

寒くて不便になるけど私は雪が嫌いじゃなかった。

地上にある汚いものを白く美しく覆ってくれる。

この世界には汚いものがたくさんある。

目を背けたくなるようなものが。


私は急いで帰った。

雪で覆われてしまう前に。


────

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