目覚め
私は力を蓄えている。
私の力は日増しに強くなっている。
脳の損傷へのアプローチのイメージトレーニングは完璧だった。
私の頭の中はまるで脳外科医のように脳の悪い部分を切り取っていた。
脳は失敗がきかない。
下手すると言語を失う可能性もある。
実際にメスを入れるわけではない。
寝たきりの状態で治癒魔法をかけるだけだ。
それがどんなに大変なことなのかこの数カ月で思い知らされた。
五体満足とはよく言ったものだ。
体が自由に動くということは素晴らしいことであり奇跡のようなことだ。
今まで当たり前すぎて考えたこともなかったことを私はこうなって初めて考えるようになった。
私に限っては生きている事自体が奇跡のようなものかもしれない。
私が事件に巻き込まれたときには黄色くなり始めていたいちょうの木も葉が落ちて冬の準備でもしているようだ。
私は意識不明の自分を起こすべくできることは何でもしてきた。
それは時には辛く体はボロボロになるときもあった。
もう嫌だと諦めかけたときもあった。
しかし病室で応援してくれているお母さんや矢口さんを見ていると弱音なんて言ってられなかった。
この人たちの気持ちに報いたいと切に願った。
そして私は今日、2回目の治癒魔法をかけようとしている。
私は病室に行く前に悪魔に挨拶をした。
「これからあっちの世界で自分を救おうと思っています。そのときにこっちの私がどうなってしまうのかは全くわからない。もうここに戻ってこれないかもしれない。」
そう言うと悪魔は微笑んで、
「元々お前が勝手にやって来ただけだろう。勝手に帰ったって何も言わんさ。」
と言ってくれた。
後ろでニヤも優しい顔で頷いている。
私は一応感謝を告げた。
悪魔は「さっさと行け。」と言って執務室を追い出した。
ククルや屋敷で働いているみんなにも一応挨拶だけした。
「絶対にまた遊びに来るんだよ!」
ククルはそう言って私を抱きしめてくれた。
温かくて優しくていいにおいがした。
アリと妖精たちは「一緒に行きたい」と言いはった。
ムイは困った顔で3人を引き剥がしてくれた。
「またきっと会えると思います。」
ムイはそう言って握手を求めた。
私はそれを両手で受けた。
地下室の長椅子に横になり、私は意識を病室に移した。
────
病室には誰もいないようだった。
私は脳に集中した。
やるべきことはわかっている。
脳に向かって(元に戻れ)と念じた。
まるでパズルでも組み立てているような感覚になった。
バラバラだったものが集まってきて形を成す。
私は目の前が明るくなるのを感じた。
少しずつ明るくなっていく。
長いトンネルを抜けたような、そんな感じがする。
私は目を開けようとした。
今までびくともしなかったまぶたはピクピクと痙攣しているようだった。
(もう少しだ がんばれ)
ぼやっと何かが見えてきた。
白い何かが。
まぶたはゆっくりと開いた。
私は見慣れた病室で横たわった状態で天井を見ていた。
(お母さん…)
声を出そうとしたが出なかった。
起き上がろうとしたが体に力が入らない。
首を曲げようとしても動かない。
(もしかしてマヒしてる?)
嫌な予感はしたがそんなはずない。
私の治癒魔法は完璧だったはずだ。
お母さんが「ただいまー」と部屋に入ってきた。
そして持っていたペットボトルを落とした。
「さっちゃん?!さっちゃん!!!」
お母さんはびっくりしてかたまっていた。
「誰か!!誰か来て!」
お母さんはやっと動けるようになって私のもとへ飛んできた。
私の顔を撫でて「わかる?お母さんよ!」と言った。
お母さんの手は温かくて優しかった。
私は手を動かしてお母さんの腕をつかんだ。
お母さんは私の手を取りギュッと握った。
看護師さんがやってきて驚いていた。
すぐに担当医が呼ばれた。
医師は私に「幸さんわかりますか?ここは病院です。」と言った。
私は声が出なかったので首を少し動かして頷いた。
前にもこんなことがあった。
医師が驚いて私を検査した。
手を握ってくださいと足を動かしてくださいをクリアした。
どうやら手足は動くようだ。
私は喋ろうと口を開けた。
かすれた声が出た。
「おか…さん…ごめん…ね…」
お母さんはそれを聞いて泣き崩れた。
看護師さんが泣き崩れている母親の代わりに父の職場に電話をしてくれた。
「幸さん、お父さんもすぐに来てくれるって!がんばったね!」
看護師さんも嬉しそうだった。
「詳しい検査をしてみないとなんとも言えませんが。とりあえず今は無理をしないで体力を回復できるように努めましょう。」
医師は看護師に何かを頼んで笑顔で消えていった。
お母さんは私の手を握りしめて離さなかった。
「さっちゃん…よく頑張ったね。」
「おかあ…さんも。あきら…めないで、ありがと。」
私はかすれた声で精一杯の感謝を伝えた。
「うんうん。焦らないで、ゆっくりでいいのよ。少し休みましょうね。」
お母さんはまるで子供をあやすように私の頭を撫でておやすみなさいと言った。
確かに疲れた。
私は目を閉じた。
────
どこからか妹の泣き声が聞こえる。
(また私は泣かせているのか)
私は重たいまぶたをゆっくりと開けた。
「お姉ちゃん!!」
「さち!!」
目の前に妹とお父さんがいた。
「ふたりとも…ごめんね。」
私がそう言うと、
「本当だよ!2回目だよ!お姉ちゃんのバカ!!」
妹は泣きながら私の手を握りしめた。
お父さんはうんうんと頷いて私の頭を撫でていた。
私が起き上がろうとするとお母さんは無理しないでと言ってベッドを起こしてくれた。
背中にクッションを入れていい感じに調整してくれた。
私は笑おうと試みたが顔の筋肉がうまく動かなかった。
「お姉ちゃん、変な顔!」
「うるさい。」
私たちを見てお母さんはまた泣きだしてしまった。
お父さんはお母さんに「大変だったよな。任せっきりですまなかったな。」と言った。
お母さんは「ぜんぜん大変なんかじゃなかったわよ!」と笑いながら言った。
看護師さんがやってきて「少し安静にしてもらいたいので、ご家族の皆様はまた明日いらしてもらえますか?安定してますので心配はないかと思いますので。」と言った。
お母さんは「一人にするなんて」と言ったが、お父さんが「ここは任せよう」と言って3人は私に手を振って出ていった。
私も手を振り返した。
時間の経過とともに私の体は動くようになってきた。
マヒを感じる場所はない。
看護師さんはベッドを倒して「今日はゆっくり寝てくださいね。」と言って点滴を調整すると出ていってしまった。
私は静かな部屋で一人になった。
悪魔の屋敷に戻れるか試してみたかったが今日はもう魔力が底をついたようだった。
体が重くて動くのがしんどい。
寝ようかと目を閉じるとノックの音が聞こえて聞き覚えのある声がした。
「色野さん、目を覚ましたって聞いて。顔だけ見に来たよ。」
矢口さんが笑顔でやって来た。
「ありがとうございます。」
私の言葉を聞くと矢口さんは上を向いて両目を押さえた。
「ごめん。泣くつもりはなかったんだけど。」
私はティッシュを一枚取って矢口さんに向けた。
矢口さんはそれを受け取って鼻をかんだ。
「すごいよ。本当によく頑張ったね。」
「うん。」
矢口さんはまた来るからと言ってすぐに病室を出ていった。
私が疲れないように気を使ってくれたのだろう。
目を閉じたが眠るのは怖かった。
これが夢だったらどうしよう。
次に起きたとき、目の前に見えるものは何なのか。
この白い天井でありますように。
私はそう祈って眠りについた。
重たい体がゆっくりと沈んでいくような感覚がした。
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