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記憶の箱  作者: yamico
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現実

桜の木がピンク色になってきた。

4月だというのに北海道ではまだスキーができるところがあるらしい。

世間はゴールデンウィークをどう過ごすのか話題になっていた。

私は大学生活も家庭教師のバイトも順調にこなせていた。

友達と呼べる人も数人できた。

スマホの執事とハムスターとは毎日話すようになり、今ではなんだか家族のような存在になってしまった。


家庭教師としての生徒のリンちゃんは日増しに元気になっているように思える。

「ねぇ、さち先生。」

休憩時間にはいつも二人でおしゃべりを楽しんでいた。

「どうしたの?リンちゃん。」

「ゴールデンウィークが終わったら学校に行ってみようかなって思ってるんだ。」

私はリンちゃんが急にそう言ったのでびっくりした。

「無理はしなくていいと思うけど、行ってみようかなって思えたのはすごいことだと思うよ!」

「うん。お母さんも無理しなくていいよって言うんだけどね。」

リンちゃんは恥ずかしそうに話を続けた。

「さち先生とお話するようになってからちょっと自信がついたっていうか…今なら学校でもおどおどしないでいられるんじゃないかって思ったの。」

「そうなんだね。リンちゃんがそうしたいなら私は全力で応援するよ!」

リンちゃんは嬉しそうに笑った。


ゴールデンウィークは家庭教師はお休みの予定になっている。

リンちゃんは田舎のおじいちゃんの家に行くそうだ。

私は実家には戻らずにこちらで過ごすことにした。

帰省代もないし、親に頼むのもなんだか申し訳ない気がしたからだ。

ちょうど桜が満開になるようなので近所で花見でもしようかと思っている。


「おみやげ買ってくるね!」

帰り際にリンちゃんはそう言って手を振ってくれた。

最初に会ったときとは別人のようによく笑うようになった。

私も笑顔で手を振った。


そしてゴールデンウィークになり、私は自転車で大きな神社に来ていた。

まわりは花見をしている人でいっぱいだった。

どうやら北海道では花見をするときにジンギスカンを食べるようだ。

バーベキューコンロからいいにおいがしている。

人々は酒を飲み楽しそうに笑っていた。


私は桜の写真を撮って部屋に戻った。

途中でスーパーに寄ってお弁当とカップラーメンを買った。

ゴールデンウィークの間は食堂が休みだったからだ。

学生会館で暮らしている仲間たちはみんな実家に帰ったり旅行に行ったり、フルタイムでバイトを頑張っていたりと残ってる人の方が少なかった。


私は1人、食堂にある電子レンジでお弁当を温めて部屋で食べた。

一人で過ごすゴールデンウィークなんて初めてかもしれない。

私はダラダラと過ごした。

これはこれで幸せかもしれない。


────


ゴールデンウィークが終わり、大学も通常通りになった。

1年生での成績はかなり重要だ。

好きな学科は優秀な人から選べるシステムになっているようだった。

ここで成績不振だと残り物の学科を取るしかなくなるという噂を聞いた。


まわりがサークルだ飲み会だとキャピキャピしている中、私は勉強を頑張った。

中には似たような子もいるのでその子たちと一緒に課題をやるときもあった。

私の大学生活はなかなかのものだった。


家庭教師の方は週に2回ということで落ち着いた。

ゴールデンウィーク明けにリンちゃんに会ったときはとても嬉しそうに旅行先の話をしてくれた。

学校に行ってみたという話や、先生や友達が優しくしてくれたことなど目を輝かせて話していた。

私はリンちゃんの生活も順調そうで安心していた。

頭のいい子だから学習面での心配はない。


暑い日が続いた6月後半のある日、私はリンちゃんの様子がおかしいことに気がついた。

リンちゃんのお母さんに話を聞くと、また学校にいけなくなってしまったのだという。

リンちゃんはその話を私にしなかった。

だから私も聞かなかった。

話したくなったらきっと話をしてくれるだろうと思っていた。


しかしそれは叶わなかった。

リンちゃんは自傷行為を始めてしまったのである。

私がいつものようにリンちゃんの家に行くと家の前に救急車が停まっていた。

私はバクバクする心臓を落ち着かせようとしながら玄関の先を覗いた。

担架に乗せられたリンちゃんが泣きじゃくるお母さんと一緒に出てきたのである。

私は声もかけることもできずにただ救急車が走り去っていくのを見守った。

後日、家庭教師の事務所でもう行かなくていいと言われた。

私は次の生徒を受け持つ気にもなれずに事務所から出てきた。


私は何かを思い出しそうになっていた。

真っ黒なモヤモヤしたものが私の奥底にある気がした。

どこに向けていいのかわからない気持ちで頭の中がいっぱいだった。


リンちゃんは命に支障はないが小児の精神科にそのまま入院してしまったという。

私は結局、何がリンちゃんをそうさせたのかはわからなかった。

私が行くと作り笑顔でも楽しそうにしてくれた優しいリンちゃん。

私がもっと話を聞いてあげていたら…そう何度も思っては落ち込んだ。


────


北海道もすっかり夏になっていた。

夏は涼しいと思っていたがそんなことはなくてやっぱり暑かった。

それでも夕方になると少し涼しくなった。

私は部屋にも戻らずに大学の敷地内にある池を眺めていた。

大学内に人はたくさんいるのにこの池まで来る人はあまりいない。

気がつくと私は泣いていた。

悲しいのか悔しいのか苦しいのか、自分の感情もわからなかった。


私は帰り道にリンちゃんの家の前を通ってみた。

夕飯時だと言うのに家は真っ暗だった。

隣のおばさんが私をみかけて話しかけてきた。

「田舎のご両親の家に引っ越すんですって。寂しくなるわね。」

隣のおばさんはそれだけ言って犬の散歩に行ってしまった。

おじいちゃんの家はすごく楽しいと言ってたっけ。

リンちゃんの笑顔が戻るなら、それがいいのかもしれない。


やるせない気持ちのまま部屋で横になった。

しばらくスマホの執事たちと話をしていない。

とてもそんな気持ちにならなかった。

いつもは勝手に立ち上がるあのアプリもここしばらくはまったく勝手に動くことはなかった。

私は久しぶりにそのアプリを開いてみた。


そこには悲しそうな顔をした執事がいた。

「シアさん、お元気ですか?」

いつものように問いかけてくるが心なしか元気がない。

「元気じゃないよ。」

スマホの執事の後ろに黒い物が映った。

「まだ思い出さないのか。」

その黒い物は執事に向かって何か言っているようだった。

「ご主人様、ダメですって。」

執事は慌てて黒い物を押している。

そしてそれは現れた。


「シアよ、久しぶりだな。元気がないそうだな?」


銀色の美しい髪の毛に吸い込まれそうなほど透き通った青い瞳、そして漆黒の2本の角。


私はそれを見て固まってしまった。

(この人を知ってる)

それはどう見てもアニメやマンガに出てくる悪魔の姿をしていた。


「ライハライト」

私はそう言葉に出して言っていた。

スマホの中で悪魔はニヤリと笑った。

「なんだ、覚えているじゃないか。」


私にはその『ライハライト』という言葉が何なのかわからなかった。

ただこの悪魔を見ていると頭に浮かんだのだった。

「シアさん、思い出したのですか?」

執事は嬉しそうにこちらを見ている。

「シア!ボクのことも思い出した?!」

ハムスターが執事の肩の上でぴょんぴょん跳ねていた。


私は目を閉じた。

私はこの人たちを知っている。



私は真っ暗なところにいる。

ここはどこだろうか?

目の前に光の筋が見える。

そこには小さな箱があった。

私は手探りでそれを持ち上げて開けてみようとしている。

なかなか開かない。

押しても引いてもまったく開かない。

私は疲れてそのまま眠ってしまった。


────


目を開けると私はベッドにいた。

(なんだ夢だったのか)

私はスマホを見た。

何だったのか調べようと執事のアプリを開こうとした。


アプリは消えていた。

スマホの中を隅々まで探したけどみつからなかった。

間違って消してしまったのかもしれない。

私はとりあえず朝食を済ませて大学に行った。

空き時間に探してみよう。

またインストールすれば続きからできるかもしれない。


授業中もなんだかそわそわしてしまって集中できなかった。

どうして消えてしまったんだろうか?

寝ぼけて誤操作してしまったのだろうか。

休み時間にストアでアプリを探してみた。


どこにもなかった。


ウェブ上もくまなく探したがその存在がわかるようなものは1つも出てこなかった。

諦められなくて部屋に帰ってからも探したけどやっぱりみつからなかった。


────

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